第36話「兄弟との邂逅」
拠点の隅、ナイアとレントはいつになく真面目な顔で帳簿を広げていた。
「なぁ、レント。俺はいいよ? けどさ……ハイネやナナミ、タイチは一般家庭だ。いや、ハイネに至っては貧しいと言ってもいい。そっちには予算、回してやれよぉ~。」
レントは静かに目を閉じ、数秒考えてから頷いた。
「……わかった。検討しよう。」
ナイアはにっと笑い、「ありがとよ、やっぱ頼りになるなぁ」と帳簿をパタンと閉じた。
―――
そのころ、郊外の廃工場。
ハートシールドが巡回中、遠くから聞こえてくる金属音と、微かに漂うオイルの匂い。
「……あれを見て。」リラリが指さす先、瓦礫の影から現れたのは、冷たい瞳をした複数の人型機械だった。
バイトが一歩前に出る。
「……あれは……。」
どこか、自分に似ている。構造も、顔立ちも。
兄弟――そう呼ぶべき存在たち。
「バイト……?」
ハイネが問いかけると、バイトは唇を震わせた。
「彼らに……心は……ないのでしょうか?」
ハイネは言葉を失い、拳を握る。
「……わかんねぇよ。俺も……。」
迷いが胸を締めつける。
だが、そんな迷いを断ち切るように、ナイアの声が響いた。
「――新生バイト! 起動だ!」
バイトの身体から光が走る。次の瞬間、腕部のカバーがスライドし、そこから高出力の刃が展開した。
さらに脚部にも鋭いブレードが出現し、戦闘用の光沢を放つ。
「……戦闘型に……?」
リラリが目を見開く。
ナイアはにやりと笑って親指を立てた。
「戦闘型に改造しちゃった☆ センド!防御は任せた! ――バイト! いけー!」
「承知しました。」
センドが即座に前に出て、展開型シールドを張る。
バイトは刃を構え、迷いを胸に抱えたまま、兄弟と呼ぶべき機械たちに向かって駆け出した。
風を切る音、火花を散らす刃。
その胸には、確かに新たな「心」が宿り始めていた。
バイトと“兄弟たち”の戦いは苛烈だった。
兄弟機たちは人間をも攻撃できるよう改造されており、狙いを定めて突進してくる。
そのたびにセンドのシールドが火花を散らし、リラリはハイネの背を守るように動く。
ナナミとミミミも援護射撃を繰り返した。
ナイアの声が通信機から響く。
「アイツらに心臓はない! 足ねらえ、足!」
ハイネがすぐに叫ぶ。
「了解!」
タイチとユウロが狙撃ポイントから次々に脚部パーツを撃ち抜いていく。
脚を破壊され、動きを失った機体たちは、センドのシールドに弾かれて転がった。
ナイアは戦闘区域の後方でタブレットを操作しながら、にやりと笑う。
「リサイクル、リサイクル~っと。顔がサイトなこと以外は有能だしね~!」
破壊された脚部の機体を回収ドローンが次々と運んでいくのを見て、ハイネは思わず苦笑する。
「……ほんと、そういうとこだよな……。」
―――
戦闘が終わり、夕暮れの中、ハートシールドの面々はナイア邸へと帰還した。
玄関を開けた瞬間、ハイネたちは固まった。
広間いっぱいに、さっき戦場で見たあの顔が――いや、何体もの“バイト”がきちんと座っているではないか。
「……な、なんだこれ。」
ミミミがナナミの背に隠れ、リラリも一歩下がった。
その中央で、ナイアが両手を広げて宣言する。
「――全員雇っちゃった☆ えへっ!」
ハイネは額を押さえる。
「……いやいやいやいや!? どうすんだこれ……!」
「大丈夫だって! これからしっかり調整するし、バイトくんが兄弟の教育係だ!」
「……え、えぇ……?」
バイトは戸惑った声を漏らしたが、すぐに広間の“兄弟たち”を見回すと、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
「……愉快、ですね。」
そう小さく呟いたバイトを見て、ハイネはため息をつきながらも微笑をこぼすのだった。