第37話「愉快な名付けと、兄弟たちの学び」
ナイア邸の広間。
ずらりと並んだ新たな“バイトたち”を前に、ナイアは嬉々としてマイクを握っていた。
「えーでは、みんなのお名前を発表したいと思います!」
バイトが隣で小首をかしげる。
「……名前、ですか?」
「そう! まずはあからわまで! さとば以外のイトとの組み合わせで!」
意味不明な言葉遊びに、ハイネたちが怪訝な顔をする。
「じゃあ発表するぞ~!
アイト! イイト! ウイト! その他大勢! ――以上!」
どや顔で両手を広げるナイア。
ナナミが頭を抱えた。
「いや適当すぎるでしょ!? その他大勢ってなに!?」
リラリは小さくため息をつき、センドは苦笑を漏らす。
そしてバイトは、少しだけ考え込んでから呟いた。
「……愉快ですね。」
―――
その後、バイトは兄弟たちの教育係を務めていた。
整列した兄弟たちの前で、淡々と説明を始める。
「ナイア様の命令は絶対……いえ、優先……いえ、ある程度聞き流してください。」
「……え?」と兄弟たちが機械的に首を傾げる。
背後からナイアが笑い声をあげた。
「わかってきたな~バイト! 俺の扱い方が!」
ハイネは肩を震わせて笑いをこらえる。
兄弟たちは顔を見合わせ、どう反応していいのか分からないようだったが、バイトは続ける。
「……心とは、暖かいものです。」
静かな声で、しかし確かな温度を持って。
「例えば、兄弟が……みんな生きていた。これは、暖かい“愉快”です。」
その言葉に、兄弟たちの視線がほんのわずか揺らいだように見えた。
少しして、一体の兄弟が恐る恐る問うた。
「……バイト、ナイア様の命令は愉快ですか?」
バイトは微かに笑って、ゆっくり頷く。
「はい、愉快です。今後関わっていくハートシールドの皆様も、愉快ですよ。」
広間に柔らかな空気が流れる。
ナイアは後ろでにやにや笑い、ハイネはそのやりとりを見て小さく息をついた。
――兄弟が増えても、この絆はきっと強くなる。
そんな確信が、皆の胸に宿っていた。
―――
バイトが広間で行っている“愉快の授業”は、いつしか兄弟たちの楽しみになっていた。
「……愉快とは、心が暖かくなる感覚です。」
バイトが語ると、兄弟たちは小さく頷き、次々と質問を投げかける。
「その感覚は、どうすれば増えるのですか?」
「……みんなで何かをする、誰かに喜んでもらう……そういうとき、きっと増えます。」
真剣に耳を傾ける兄弟たち。
その表情に、確かに柔らかさが宿っていた。
その光景を見て、ナイアがぽつりと呟く。
「好評だなぁ。それ自体が、もう心がある証拠だよな。」
ハイネは笑みを浮かべた。
「……ああ。」
―――
その後、兄弟たちはナイア邸の家事を手伝うようになった。
お掃除に洗濯、食事作りにベッドメイク、そして庭の手入れまで。
整然と、しかし楽しげに動く兄弟たちを見て、リラリが穏やかに笑う。
「……とても、上手になっていますね。」
ナイアは手を腰に当てて大声で命じた。
「好きなところで好きなことやってなさい!」
その号令で、兄弟たちは一斉に動き出す。
ある者は台所へ、ある者は庭へ、またある者は廊下の拭き掃除へ。
そのばらばらな動きを見て、ハイネがぽつりと呟いた。
「……個性、あるんだな。」
「ええ、皆違うんですね。」リラリが頷く。
―――
しばらくして、ナイアは研究室からひょっこり顔を出した。
手にはカラフルな染料のボトルが握られている。
「よーし、個体識別コードを作ってやろう! バイオロイドの髪を染めようぜ! 白いからいい色入るって!」
その勢いで兄弟たちにぐいぐい詰め寄るナイア。
兄弟たちは顔を見合わせ、機械的ながらも戸惑うような仕草を見せた。
「や、やるのなら私を……!」
バイトが思わず前に出て、兄弟たちをかばうように立ちはだかった。
その真剣な顔を見て、ナイアは腹を抱えて笑い出す。
「はははっ! 冗談だって! 安心しろ、識別コードは別に埋め込んである。兄弟同士なら、もうわかるようになってるよ。」
バイトはほっと息をつき、後ろの兄弟たちも小さく胸を撫でおろした。
リラリが微笑んで言う。
「……皆、違うようでいて、ちゃんと繋がっているんですね。」
ハイネはそんな光景を見ながら、ゆっくりと頷いた。
「……ああ、愉快だな。」
その言葉に、バイトはまた少し笑って、胸の奥に暖かさを覚えるのだった。