第39話「やり直しと守られる顔」
その日、オルド側は一つの策に出た。
――バイトを孤立させるため、かつての主であるサイトの顔を、各地の大型スクリーンやネット配信で一斉に公表したのだ。
「この顔を見たことがあるはずだ。彼は人を殺め、バイオロイドを壊してきた。彼と共にいた者を疑え。」
そんな宣伝文句が流れる中、町の人々が街角に集まり、掲示された写真をじっと見つめる。
「……どの方がサイトさん?」
「いや、私だよ。ハイトっていうんだ。」
「私はモイトだ。」
「私はシイトだねぇ。」
次々と自分の名を名乗り出す人々に、監視していたオルドの黒服たちは顔をしかめた。
――サイトの顔は、見つからない。
それどころか町中が笑顔で名乗りをあげ、バイトを守るようにごまかしていく。
―――
その頃、広場でお手伝いを終えたバイトのもとに、小さな子が駆け寄ってきた。
大きな瞳を揺らしながら、バイトの袖を引っ張る。
「……お兄ちゃんのお兄ちゃん、悪い人なの?」
バイトはほんの一瞬だけ言葉を探し、そして優しい目でその子に微笑んだ。
「えぇ……スッゴク悪い人でした。」
その声は柔らかく、けれど確信に満ちていた。
子どもはそれを聞いて安心したように笑い、「ありがとう!」と言って走っていく。
バイトはその背を見送りながら、小さく息を吐いた。
―――
一方、ナイア邸の広間では……。
兄弟たちがナイアをぐるりと囲んでいた。
「ナイア様、整備の仕方を教えてください。」
「いえ、兵器開発の基礎を。」
「その前に、戦術理論を――」
あちこちから矢継ぎ早に声が飛ぶ。
「え~困ったな~!」と両手を上げるナイアだが、その顔はどう見てもニヤついていて、困っているようには見えなかった。
ハイネは、その様子を見てそっと呟く。
「……やっぱ、やり直してるんだな。」
その目は、少しだけ優しかった。
―――
夕暮れのナイア邸、兄弟たちのざわめきが静まった後。
バイトは広間の窓辺に立ち、外の風を受けながら小さく呟いた。
「……兄か……。」
その言葉に、近くにいたハイネが顔を向ける。
バイトは少し目を閉じて続けた。
「あの方は親であり、兄弟機であり、そして一番……憎い人でした。」
ハイネは言葉を失いかけたが、バイトの瞳がどこか遠くを見ているのを見て、静かに待った。
やがて、バイトが問いかけるように呟く。
「……なんでとどめ、させなかったんでしょうか?」
ハイネは苦笑いしながら肩をすくめる。
「そういうのも……いわない方がいいぞ?」
バイトは一瞬だけ考え、そして「……はい」と短く答えた。
―――
その後、バイトは広間に戻り、整列した兄弟たちの前に立つ。
ゆっくりと周囲を見回し、真っすぐな声で告げた。
「……私が今日から君たちの兄です。長男、サイトが亡くなったので……実質の長男となります。」
兄弟たちは一斉にまばたきをし、興味深そうに顔を見合わせる。
「これからも、どうか末長くよろしくお願いします。」
その言葉に、兄弟たちは小さな拍手を送った。
その音が、妙に温かかった。
―――
その後ろで、ナイアはせっせとホワイトボードに書き込みをしていた。
「はい! こっからここまでが授業内容! 参加したいときに参加してくれな!」
“整備基礎” “戦術理論” “兵装カスタム”と並んだ時間割に、兄弟たちが「参加します!」「こちらも!」と次々と手を挙げる。
「お前ら、真面目だなぁ~」ナイアは笑い、チョークを回した。
ハイネはその光景を見て、ふっと笑みをこぼす。
かつてバイオロイドと人間の間にあった隔たりは、今この瞬間、ここにいる皆の手で少しずつ埋められているのだ。
――新たな兄を得て、兄弟たちと共に進む日々が、また始まろうとしていた。