目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
未定ではだめなのかな
未定ではだめなのかな
いごすんほに
現代ファンタジー都市ファンタジー
2025年08月08日
公開日
1.2万字
連載中
気づいたら悪魔のお嬢様の眷属にされていた俺、今日も理不尽に巻き込まれます

第1話 銀髪の転入生は魔界の皇女

――魔界。


血のように赤黒く染まった木々が鬱蒼と茂り、ざわめく風が枝葉を擦れ合わせ、不吉なざわめきを響かせている。鼻孔を刺すのは、鉄を焼く匂い。暗く重い空に、稲妻が裂けるたび、青白い光が森を鮮烈に切り刻む。


その巨木の根元に立つのは、魔王のひ孫――リュシエル。背筋はまっすぐ伸び、瞳は冷たく澄み渡り、辺りの闇を射抜いていた。


「……やれやれ、また面倒な影が忍び寄ってくる」


小さく呟く声に、背後の闇がわずかに揺れ、湿った低い声が答える。


「ここにいたか……リュシエル」


長くねじれた角と裂けた口を持つ悪魔が、紅く光る瞳で彼女を捕らえている。その視線はまるで心臓を握り潰すかのような圧力を放っていた。


「君は魔界の王位継承者だ。私にとっては障害だ……ここで消えてもらう」


声の奥底からは、冷たく震える怨念がじわじわと滲み出ている。


「俺の力にお前では勝てない。俺の配下になれ、いや、彼女になれ、いや、嫁でもよい」


その言葉に、リュシエルは静かにため息をつき、口元にわずかな笑みを浮かべる。


「あなたの嫁? 妄想が過ぎるわね。超ロリコンじゃない。私は“ひ孫”。継承権を持つ魔族は百人以上。おじいさまだってまだまだ健在よ」


悪魔の笑い声が周囲に響き渡ると、木々が呻き声をあげ、幹はまるで触手のようにねじれて伸びていく。稲妻がその影を不気味に揺らしていた。


「くだらない。そんなことはどうでもよい。お前は死ぬべきだ」


リュシエルは冷たい声で吐き捨てた。


「悪魔はバカばかり。奇人しかいない。もう、魔界はうんざり」


その声は静かながら、火山の底から湧き上がる熱のように内に秘めた怒りを帯びている。


足元から霧が立ち昇り、世界の色彩が溶けていく。冷たい風と温かな風が交互に頬を撫で、焼け焦げた鉄の匂いが、春の花と土の柔らかな香りに変わっていった。


「私は人間界に行くわ……ついてこないで」


輪郭が霧にかき消される中、最後に彼女の真っ直ぐな視線だけが残った。


その瞬間、彼女は消え、淡い春の香りだけが風に乗って漂っていく。


悪魔は歯噛みし、舌打ちを森に響かせていた。


春の陽光が柔らかく教室に差し込んでいる。窓の外では野球部の掛け声が響き、芝生の緑が爽やかな匂いを運んでいる。


黒板には「転入生紹介」の文字が大きく書かれ、休み時間のざわめきが波のように教室を満たしている。


男子たちは肩を寄せ合い、声を潜めながら笑いを堪えている。女子は机に肘をつき、小声で誰が来るのかと話し合っている。


静かに扉が開くと、長い銀髪が光を弾きながら揺れた。透き通るような白い肌と整った顔立ち、吸い込まれそうな瞳。その存在が瞬時に教室の空気を凍らせる。


男子の何人かは言葉を探し、喉を鳴らす。女子のひとりは息を呑み、握るペンが微かに震えている。


真田悠斗はその場にじっと立ち尽くし、銀髪の煌めきと頬に落ちる光影から目を離せなかった。胸の奥で、説明のつかない鼓動が高鳴っている。


「俺には関係ない。無理ゲーだな」


担任が「今日からこのクラスで一緒に勉強します」と紹介し、教室の緊張が少し和らぐ。


リュシエルは銀色の長い髪を指でかき上げ、「リュシエルです」とだけ答えた。


「……銀髪だよな」


「やば、本当に光ってる」


男子たちは声を潜めながらも、彼女に釘付けだった。


「顔、小さい……目は宝石みたいだ」


「隣の席だったら死ぬな」


笑い声とため息が入り混じり、くだらない冗談が飛び交う。


女子たちは机に視線を落としつつ、耳を澄ませている。


「……あの髪、地毛じゃないよね?」


「学校は染髪禁止なのに」


「初日であれは……ありえない」


声の端に警戒と羨望が混ざり合っている。ペン先で机を軽く叩きながら、横目でリュシエルを追っていた。


リュシエルはそんな視線を気にせず、静かに歩みを進める。


窓際を通り抜けるとき、風が入り込み、銀髪が陽光をはじく。ふっと花の香りが漂い、近くの席の男子が思わず敬語で「……すごいですね」と呟いた。それに友人は肩をすくめた。


担任が示した席は、悠斗の斜め前だった。


悠斗はいつもより高鳴る鼓動を感じつつも、理由がわからない。


椅子に座る前、リュシエルがこちらに一瞬視線を向けた。その瞳は光を含み、唇がわずかに動く。


――笑みか冷笑か、曖昧な表情が心に残る。


隣の男子が勇気を振り絞って「よろしく」と声をかける。


リュシエルは静かに顔を向け、透明で澄んだ声で「なにかしら」と返した。男子は思わず姿勢を正し、顔が赤くなる。


女子の一人が囁く。


「……異世界の人みたい」


もう一人が応える。


「たぶん、普通じゃないよ」


“普通じゃない”という響きに、魅力と警戒の両方が含まれている。


チャイムが鳴り、授業が始まっても視線はリュシエルから離れなかった。


銀髪はこの世界の色を跳ね返すように揺れ、悠斗は黒板を見つめながらも、先ほどの声と視線の熱を反芻していた。


その日、教室にいる全員――男子も女子も――「リュシエル」の名を忘れはしない。


そして、これを境に学校に予想もできない大事件が起こるのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?