「あぁぁぁ……やっぱり髪がきしむー」
子供たちがすやすやとお昼寝中のなか、指先でつまんだ髪を寝転びながらじっと見つめたヒナタは、深い深い溜息をつく。
衣食住は保障されているし、婚約者、という名目の居候一家なので文句を言えないのだが、これでは辺境のキャンプ地にでも来たようだ。
《こっちは超ナチュラル成分の薬湯シャンプーだしな。ガイア製と比べるってのも酷だろ?》
「そりゃそーだけどっ! でもこのキシキシ感はやーだー……ライ、なんとかしてよぉ……」
声を抑え、最低限の動きで両手足をバタバタさせるヒナタは、
この国の人間から見たヒナタは、聡明で思慮深く、子を一途に守る見本的な母親だ。
けれどそれは、ヒナタの一側面にしか過ぎない。
《はいはい、髪が痛んでもヒナは可愛い可愛い。……それにしてもあの星間事故……まさか強制転送先が|裏律界《ディスコードゾーン》だとはな。さすがに捜索中断にはならないだろうが、捜索範囲が広すぎる》
「……
むぅっと拗ねたようなヒナタの声に、彼は喉を震わせるように笑った。
青年のようなその声は、ヒナタの指輪から直接聞こえてくる。
「それに、ここじゃライの電力供給もうまくいかない」
《常に雲に覆われた……しかも赤雲だろ? 間違いなく何かしらの歪みが原因だろうな》
「……うん。でもまだ情報もないし、何よりライなしでやれることなんて限られてる」
そう呟いて身を起こしたヒナタは、子供たちの寝顔を眺めた。
朝から蒸し風呂に入り、屋敷内外を探検した子供たちはとても穏やかな寝顔で眠っている。
「……あたしとライだけなら強行突破で解決する。けど、子供たちが一緒となれば無茶もできない」
《……そうだな。ごめんな、ひとりにして》
その言葉に、ヒナタはそっと指輪を愛おしげに撫でた。
左手の薬指にはめられているのは、ただの結婚指輪ではないのだ。
いついかなる時もコードネアを守り、寄り添い、行動を共にする。
それこそ病める時も健やかなるときも、コードネアと生涯を共にし、コードネアと共に死ぬ運命にある存在。
それこそが――
型式名:RAI-01(Railgun Artificial Intelligence)機体属性:電磁制御型戦闘アンドロイドAI。
――通称"ライ"という存在だった。
彼の本体は、指輪内部に格納された
銀河ネットワーク圏では恒常供給電力により常時最大稼働が可能だが、統制のない
なにせこの指輪には、ライの他にも空間測位システム、解析機能、生体スキャンなど多くの機能が備え付けられているからだ。
そして、それを維持するためにもエネルギー供給システムとして、太陽光での常時充電が施されているのだが、常に赤雲が空を覆う黎煌国ではそれさえ不利な状況だった。
はぁ、とため息一つ吐いてヒナタは天井を眺める。
愚痴を言っても、現状は変わらない。考えることも、やるべきことも、守るべきものだってある。
「
《そこで無茶しないって言わないのがヒナだよなぁ》
「だってこの国の文化系統から考えて、どう見ても男尊女卑でしょ。ある程度はこの国のルールを尊重するけど、限界はあるよ。……大丈夫、バレないようにやる」
《バレないよう物理で?》
「そう、物理で」
挑発的な笑みを零したヒナタに、ライも少し安心したように笑った。
世間一般的にコードネアは、
それゆえにコードネアは
だが、コードネアは圧倒的に人材が少ない。
宇宙の原初語とも言われる特殊な言語――
《……ヒナ。最悪は、俺が出るぞ》
ライの頑として譲らない意志を感じてヒナタは目元を緩ませる。
ヒナタの
……きっと、誰かさんに似て。
「ふふ、分かってる。そうならないよう、うまく立ち回るから」
そう呟いて、柔らかく微笑んだヒナタは静かに指輪にキスを落した。