屋敷に戻った四人はそのまま家事室へと向かう。
子供たちの手には先ほど摘んだばかりのサボンソウが握られており、それを軽く水で洗ったら準備完了だ。
「ねぇママ。このおはな、なにするの?」
「ん-? ふふ、ちょっとした実験」
「じっけん?」
「そう、ちょっと見ててね」
ルークの問いに、ヒナタはサボンソウを二本引き抜いて水に浸すと葉を両手で揉み始める。
それを興味深そうに覗いていた子供たちが、思わず声を上げた。
「みどりのあわっ!」
「そう、泡だよー。これはね、別名シャボン草っていって洗剤になるお花なの。口に入れたら気持ち悪くなって吐いちゃうから食べちゃダメ。いい?」
そう言ってそれぞれの小さな手の平に、サボンソウと薄緑色の泡を乗せてやればキラキラとした目で子供たちは泡遊びを始める。
「よし、これでしばらくは時間を稼げるわね」
「……洗剤と言うことは、この花で汚れが落ちるのですか?」
どこにでもあるような花が洗剤になるとは思わず、
「そう。これを生のまま刻んで、鍋でゆっくりと煮出して濾すだけ。薬湯と近い感じね。ちょっと香りづけの薬草なんかがあったら嬉しいんだけど……」
「それなら
「
そうしてヒナタの実験は始まった。
子供たちが摘んだ一束分のサボンソウを、葉・茎・花まで全部細かく刻んで水と共に鍋に入れ、弱火でコトコト三十分ほど煮出せば白っぽく濁った液が出てくる。
粗熱を取り、目の細かい麻布を使って漉せば、緑色の洗剤――シャボンソープの出来上がりだ。
「あとはここに、ミントを入れて……っと」
「ヒナタ様、ついでに柚子皮はいかがでしょう?」
「あ、それすごくいい感じ。これは匂い付けだから十分くらいで取り出して……最後にお酢を少し加えたらかんせーい!」
作業工程は少ないながらも、完成までには結構時間がかかる。
だが、それでも灰汁や油脂の準備から始める石鹸よりも早く、しかも花一つで手軽に作れるから挑戦難易度は低い。
「ねー、ママ。おわったぁ?」
「うん。ほとんど終わったよ。積み木はもう飽きちゃった?」
「あきたー」
「ぼくもあきたー」
とっくの昔に泡遊びに飽きた子供たちは、隣の軽膳室の卓上で本やぬいぐるみ、李姜が持ってきてくれた積み木を広げて遊んでいたのだが、どうやらそれにもすっかり飽きてしまったようだ。
お気に入りのぬいぐるみを抱いたアステリアがつまらなさそうに体を揺らす。
「ママ―、テレビみたい~おともだちとあそびたい~」
「ねぇママ、おむかえっていつくるの?」
「アイスたべたいーゆうえんちいきたいー」
際限なく沸きあがる気持ちを、まだ三歳の子供たちに抑えろというのは不可能だ。
それこそ少しの間なら旅行気分でいられるが、生活するとなると話は違う。
この黎煌国での生活はよくいえばのんびり、だが、子供たちの立場から言えば娯楽のない、つまらない世界なのだ。
「アイスかぁ……まずはこの国では夏の氷が希少だと思うからなぁ……お友達にもね、会いたいよね」
家事室から軽膳室に移動したヒナタは宥めるようにアステリアをよしよしと抱きしめ、ルークの髪を優しく梳く。
「お迎えはね、必ずくるよ。でもここは
「……ボタン? ううん、さがせない。だってこうえんはひろいもん」
「そうだよね。GCOもね、今はひろーい宇宙からママたちを探してるから、どうしても時間がかかっちゃうの」
「……それ、みつかるの?」
不安げに揺れた声に、安心させるようにヒナタは笑う。
「大丈夫、絶対に見つけてくれる。だってママは最強のコードネアだよ? ママがいなくなったら銀河のほうが困っちゃうんだから」
そう言って幼い子供たちをぎゅーっと抱きしめ、笑いに満ちたヒナタの様子を、李花は少しだけ寂しげに見つめた。
ヒナタがいつか元の国へ戻ることは、理解している。
ただ、例え偽りの婚約であったとしても、迷わず自身の主を選んだヒナタに、ほんの少し……彼の孤独を癒せるのではないかという淡い希望を抱いているだけだ。
ヒナタたちが着ている絹の青衣は、宝珠の指示で揃えた一級品のものばかり。
初日の朝餉で出した白米だって、この日照の少ない黎煌国では四大貴族であろうとも滅多に口にできない最高級の品。
だが、主人が黙する以上李花たち家人は何も言えない。
だからこそ、この時間が少しでも長く続くように祈ることしかできなかった。
ふと――来客が訪れる音がする。
しばらくすると話し声が近づき、一人の男がひょいと軽膳室を覗き込んできた。
「やぁヒナタ殿。子供たちがずいぶんと退屈そうだね、外にでも行くかい?」
そうして青衣をまとった自称:退屈嫌いな男が、やけに満面な笑みでやってきたのだ。