夕暮れでさらに赤く染まった赤雲の空。
石畳の中央通りは、大小いくつもの屋台とそれを求める人でごった返し、賑わう市はイベント特有の熱気と喧騒に溢れている。
「わ、わ! すごいママ! おまつりみたい!」
「ママっリアみえない! リアもかたぐるま!」
そして、負けじと子供たちのテンションも上がっていた。
先ほどまでつまらなそうにぼやいていた子供たちだが、今や目を輝かせ、ワクワクとした様子で周囲を見回している。
「肩車はー……さすがに今は無理かなぁ。抱っこじゃだめ?」
「ヤダ!」
「そっか~嫌かぁ、じゃあ歩く?」
「やーだー!」
「ねぇ、おにいちゃん。これっておまつり?」
ヒナタとアステリアのやり取りをよそに
夕暮れと相まって、なおも赤く染まった空の下。
塩漬け肉や香草、果物の店に混じって、香ばしい匂いがあちこちから漂ってくる。
「これは夕市と言ってね、陽が沈むまでほぼ毎日開かれている屋台市だよ。何か食べるかい?」
「「たべるー!」」
元気のいい声に思わず藍飛が噴き出し、ヒナタも少し恥ずかしそうに頭を押さえた。
先ほどまでのアステリアの駄々こねもどこ吹く風で、早く行こうと藍飛の青い衣を引っ張る。
「……すみません、藍飛様……」
「いやいや、ヒナタ殿が謝ることはないよ。子供は正直なのが一番だ」
笑いを噛み殺しながらも、藍飛は目の前の屋台を指差した。
「ひとまず、黎煌国に来たのなら
風に乗ってふわりとせいろで蒸された蒸気が鼻先を掠める。
薄茶けた竹皮で包まれた小ぶりな粽は、もち米に塩漬けの肉や山菜を混ぜ込んだ、腹持ちも良く値段も安い――いわば黎煌国のソウルフードだ。
基本は食事として作られているためしょっぱめの味付けが多いが、変わり種として甘く煮た豆や干し果物や甘葛などで作るおやつ粽まであり、その手軽さと腹持ちの良さから特に庶民からの人気が高い。
それ以外にも、黒米に少量のもち米を混ぜて蒸し果蜜をかけて食べる蒸し団子や、鮮やかなピンクや紫がかった生地に肉や魚、薬膳や冷菜を包む
夏にぴったりな香味ダレや薬草スープのあっさり麺や、細かく刻んだ柑橘果皮を葛で固めたデザートまでとなかなかのラインナップが揃っている。
蒸籠の隙間から上がる湯気の向こうで、蒸し上がった粽が次々と並べられていく。
慣れたように呼びこみをする売り子に声をかける藍飛は、どうにも貴族には思えないほどに庶民じみていて、それがヒナタには少し不思議だった。
「……藍飛様って、随分と市井に慣れていらっしゃいますよね」
近くの食事用の長椅子に座り、子供たちを挟むように反対側に座った藍飛にヒナタは何となしに尋ねた。
買って来てもらった粽はまだほんのりと温かい。
「え? そうかい? 意外と市井に遊びに来る貴族も多いんだけど……まぁ私は特に母が庶民だからねぇ」
「え……」
これはとんでもない地雷だった、と一瞬ヒナタが受け取った粽片手に静止する。
身分制度の色濃い国で片親が庶民というのはあまり体裁がよくないことだろう。
だが、二の句を告げずにいたヒナタを気にすることなく藍飛は続ける。
「父上が外で私を作ったのはいいんだけど、当の
「その……お母様とは?」
「うーん、六つを最後に会ったきりかなぁ。私を本家に渡すのを条件に、一生遊んでも困らないだけの金子を渡して地方にやったらしいから」
「おにいちゃん、ママがいないの?」
「はは、形だけの母上はいるけどねぇ。まぁ、あちらはあまり楽しい家でもないし、今こうやってみんなで粽を食べてるほうが私は好きだよ」
竹紐解きに苦戦していたアステリアの手伝いをする藍飛は、確かに貴族らしくはないかもしれない。だが、それを聞いたヒナタはようやく納得した。
(なるほどね。母親が庶民で家に居場所のなかった藍飛様と、理由は知らないけど冷遇を受ける宝珠様。年も同じくらいだし、碧家は冬家の傍流。それであんなに仲がいいんだ)
ひとりで竹紐を外せてご満悦なルークを見守りながら、ヒナタもこっそり情報解析で全員分の安全性を確認してから竹皮を開く。
出てきたのは、子供たちの拳より少し大きめな粽だ。
大人なら数口で食べ終わってしまいそうなサイズだが、気に入った味をたくさん買うか、それともいろんな味を楽しむのもいいかもしれない。
はむっと口にすれば、ねっとりとしたもち米特有の食感と、細かく刻まれた甘じょっぱい肉の味が口いっぱいに広がる。
小さいながらもずっしりとした質量は、さすが庶民のソウルフードと敬意を表したい。
「そうだ、知り合いが店を出していてね。ちょっと行ってみてもいいかい?」
ぺろりと粽を食べきった藍飛の言葉にヒナタたちは頷く。
せっかくの外出だ。もう少しだけ、このお祭り気分の夕市を楽しんでみたい。