目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第12話 夕市(2)


 粽で小腹を満たした一行は、藍飛ランフェイの案内で人混みの中を進んでいく。


 雲に覆われたこの国では育つ作物も限られそうなのに、夕市の利用顧客の大半を占めるであろう庶民たちは活気に溢れ、食料に困窮している様子は見受けられない。



 (ま、どの世界も一歩裏側アンダーグラウンドに入ったら分からないものだけどね)



 布を被ったまま、それとなく周囲を観察しながら前方に視線をやれば、粽に釣られた子供たちはすっかりと藍飛に懐き、今度はアステリアが抱かれてルークが藍飛の手をぎゅっと握っている。

 同じような青衣を着ているし、傍から見たら完全に父子だ。


 ――帰ったら子供たちに、食べ物に釣られて他の人間に付いて行ってはダメと口酸っぱく教えておかねば。



 「やぁ静阿せいあ。今日の売れ行きはどうだい?」



 いつの間に目的地に着いたのか、藍飛の足が止まった。

 藍飛の呼びかけに屋台の奥にいた青年が顔を上げ、営業スマイルさながらの笑みを向けてくる。



 「はい! いらっしゃ――……って、あれ? 藍飛様だ。いつのまに二人も子ども増えたんですー?」

 「増えてないよ。この子たちはどちらかと言えば宝珠の子」

 「宝珠様の?!……それって今ウワサの婚約者様ですか?!」



 爽やかな風貌でいかにも人好きされそうな青年は、ガバっと屋台から飛び出すとキョロキョロと周囲を見渡し首を傾げた。



 「あれ? 宝珠様は?」

 「いないよ。ただ子供たちが屋敷で暇そうにしてたから私が連れ出したんだ。ちなみに後ろの彼女が宝珠の婚約者殿」

 「つーれーだーしーたぁぁぁ?! しかも婚約者ごと?! ……はー……藍飛様って相変わらずぶっ飛んでますねぇ……」



 驚きの声に一瞬だけ周囲のざわめきが静まったが、すぐに何事もなかったように元の喧騒にかき消されていく。



 (婚約者がいる女性が他の男と出歩くなんてはないんだけど、まぁ宝珠様の婚約者は異国人って話だし、そのへんの考え方はこっちとは違うんだろうな~)



 そう自分を納得させた静阿は、この王都でも有数のリン商会の若旦那であり、柔軟な思考の持ち主だ。

 だが、今納得した答えがまさか無意識下の"同調"による作用だとは生涯知るよしもないだろう。


 呆けた様子の静阿に、アステリアを地面に降ろしながら藍飛が笑った。



 「それは私が実に新進気鋭の男だという誉め言葉として受け取っておくよ。さぁ子供たち、好きなものを選んでいいよ」

 「ぼく、のどかわいた」

 「リア、あまいのー」

 「……だってさ、静阿」



 軽くウィンクして見せる藍飛に、静阿は肩をすくめる。



 「はいはい、甘くて美味しい飲み物のご注文ですねー! ちょっと隣の席で待っててくださーい」



 そう言って彼は店の中へと戻っていき、しばらくしてから子供用の竹筒二つと陶製容器を二つを盆に戻ってくる。



 「お待たせしましたー! 当店名物のすももの冷やし水です~。はい、子供たちには蜂蜜多め」



 そう言って静阿から渡された陶器はひやりと冷たい。

 冷蔵庫もないこの国でどうやってこんなに冷やしたんだろうと小さく驚けば、答えはすぐに得意げな静阿からもたらされた。



 「うちは容器ごと地下水路で冷やしてるから、市でも珍しい冷やし水の提供ができるんですよー」

 「そうそう。なんせ林商会は専用の地下水路を持ってるからね」



 水源豊かなこの国は、水路や側溝がそこかしこにある。だが、近代的な重機などがない中、独自の地下水路を造るのは誰から見ても至難の業で、それだけで林商会のこの王都での勢力規模が窺えた。



 「つめたーい!」

 「ママ、おいしい!」

 「ほんと? じゃあママも飲んでみようかな」



 子供たちの元気な声に誘われ、ヒナタも冷やし水を口にする。

 李の爽やかな酸味が喉を潤し、火照った体にひんやりと染み渡っていく。



 「ほんとだ、美味しい」

 「ねー! リア、これすき! つめたいのひさしぶりっ」

 「そっか、リアちゃんの国にも冷たい飲み物はあった?」

 「あるよ! のみものもたべものもいっぱい! こおりもね、いっぱいあるよ!」

 「え、なにそれ。ちょっとその話詳しくお兄ちゃんに聞かせて」



 商売魂がかき立てられたのか、三歳児にずいっと詰め寄る静阿の首根っこが思いきり掴まれ強引に引き戻される。



 「うぉお!?」

 「……何してるんだ、静阿。子供相手に」



 大人にしてはやや幼い声が咎めるよう静阿を制す。

 目線を向ければ、黒檀色の髪と目の――まだ十代と思われし青年が静かに静阿を見下ろしていた。

 そして、ふいにその怜悧な目がヒナタへと向けられる。



 (……へぇ?)



 思わずヒナタの目元が細まった。


 同調作用は無意識下に浸透するから普通ならばまず気付かないが、ごく稀に、違和感を持つ人間が現れることがあるのだ。

 目の前の幼げな青年はその類いの人間らしく、無作法に近い懐疑の目をヒナタに向けてくる。


 だからヒナタは、布の奥であえて柔らかな表情を作った。

 これは――小さな宣戦布告だ。

 この手の人間とは何かとご縁が続くのだから、第一印象ファーストコンタクトは抜かりなく猫を被らなければ調律士コードネアとして名折れになるに違いない。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?