目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報
45歳、妊娠しました
45歳、妊娠しました
菊池まりな
文芸・その他ノンジャンル
2025年08月09日
公開日
6,592字
連載中
45歳のキャリアウーマン・佐藤美香は、大手商社で責任あるポジションを担いながら、19歳の娘・結衣と夫・健一とともに忙しい毎日を送っていた。体調不良を更年期だと思い込んでいたある日、突然のめまいで倒れた美香は、病院でまさかの「妊娠」宣告を受ける。 高齢出産という現実に戸惑いながらも、夫は徐々に喜びを見せるが、娘は「今さら弟や妹なんて」と反発。職場や親族の反応も賛否に分かれ、美香は孤独と不安のなかで、自分の人生を見つめ直していく。 仕事、家庭、年齢、そして新しい命。揺れる心の中で、美香は「産む」ことを決意。家族との衝突と和解を経て、ひとつの命が家族の絆を再びつなぎ始める。 やがて迎える出産と、家族の変化。45歳で再び「母になる」という選択が、彼女の人生に新しい光をもたらしていく──。

第1話  兆し

朝、目覚めた瞬間から、体の重さに違和感があった。


佐藤美香はゆっくりとベッドから起き上がり、額に手をあてた。うっすらとしためまいが残り、体がふわふわと浮いているようだった。


「……更年期かしら」


ぼんやりとした頭のまま洗面所に向かい、鏡に映る自分の顔を見つめる。淡いクマと、乾燥した肌。45歳の現実が、そこにははっきりと刻まれていた。


娘の結衣はすでに朝食を済ませ、大学の予備校へ出かけていた。夫の健一は出社の準備をしている。家族の時間はいつも短く、交差するだけのような毎日だ。


「ちょっと最近、調子が悪いのよね……」


味噌汁を火にかけながら、ふとつぶやくと、背後から声がした。


「疲れてるんじゃない?最近ずっと帰り遅かったし」


健一が新聞をめくりながら言う。悪気はない。だがその言葉に、美香は言いようのないもやもやを覚えた。


「……そうね。そうかも」


笑って返すが、本当は違和感が積み重なっていた。


夜になると、今度は吐き気。食欲がなく、冷蔵庫の前で立ち尽くす。胃薬を取りに行こうとした瞬間、視界が歪んだ。


次の瞬間、視界が真っ暗になった。





目を覚ますと、そこは病院のベッドだった。


白い天井、点滴、そして心配そうにのぞき込む健一の顔。


「倒れたんだよ。リビングで。俺が帰ってきたら、君、床に倒れてて……」


声が少し震えている。こんな健一を見るのは何年ぶりだろう。


そこへ、担当医がやってきた。白衣の女性医師は、静かな口調で告げた。


「佐藤さん。驚かれるかもしれませんが……妊娠されています。今のところ、5週目です」


しばらく言葉の意味が理解できなかった。


「……妊娠?」


美香は自分の耳を疑った。まさか、自分が?この年で? 


「間違いじゃ……」


「血液検査と超音波で、間違いありません。高齢妊娠ということで、リスクについては丁寧に説明しますが、まずはお体を大事にしてください」


言葉が、遠くで響いていた。


横にいる健一も、目を丸くして医師を見ている。しばらく口を開けたままだったが、ふと目を細め、ぽつりとつぶやいた。


「……本当に、俺たちの子どもが?」


その言葉に、ようやく現実感が襲ってきた。


お腹に、新しい命が──。


混乱と驚きのなかで、美香の胸に、これまでにない震えが広がっていた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?