朝、目覚めた瞬間から、体の重さに違和感があった。
佐藤美香はゆっくりとベッドから起き上がり、額に手をあてた。うっすらとしためまいが残り、体がふわふわと浮いているようだった。
「……更年期かしら」
ぼんやりとした頭のまま洗面所に向かい、鏡に映る自分の顔を見つめる。淡いクマと、乾燥した肌。45歳の現実が、そこにははっきりと刻まれていた。
娘の結衣はすでに朝食を済ませ、大学の予備校へ出かけていた。夫の健一は出社の準備をしている。家族の時間はいつも短く、交差するだけのような毎日だ。
「ちょっと最近、調子が悪いのよね……」
味噌汁を火にかけながら、ふとつぶやくと、背後から声がした。
「疲れてるんじゃない?最近ずっと帰り遅かったし」
健一が新聞をめくりながら言う。悪気はない。だがその言葉に、美香は言いようのないもやもやを覚えた。
「……そうね。そうかも」
笑って返すが、本当は違和感が積み重なっていた。
夜になると、今度は吐き気。食欲がなく、冷蔵庫の前で立ち尽くす。胃薬を取りに行こうとした瞬間、視界が歪んだ。
次の瞬間、視界が真っ暗になった。
目を覚ますと、そこは病院のベッドだった。
白い天井、点滴、そして心配そうにのぞき込む健一の顔。
「倒れたんだよ。リビングで。俺が帰ってきたら、君、床に倒れてて……」
声が少し震えている。こんな健一を見るのは何年ぶりだろう。
そこへ、担当医がやってきた。白衣の女性医師は、静かな口調で告げた。
「佐藤さん。驚かれるかもしれませんが……妊娠されています。今のところ、5週目です」
しばらく言葉の意味が理解できなかった。
「……妊娠?」
美香は自分の耳を疑った。まさか、自分が?この年で?
「間違いじゃ……」
「血液検査と超音波で、間違いありません。高齢妊娠ということで、リスクについては丁寧に説明しますが、まずはお体を大事にしてください」
言葉が、遠くで響いていた。
横にいる健一も、目を丸くして医師を見ている。しばらく口を開けたままだったが、ふと目を細め、ぽつりとつぶやいた。
「……本当に、俺たちの子どもが?」
その言葉に、ようやく現実感が襲ってきた。
お腹に、新しい命が──。
混乱と驚きのなかで、美香の胸に、これまでにない震えが広がっていた。