「寒いね、ノエル。」
「寒いね、シエル。」
ぴったりと手を繋いだ幼い子どもが二人、ある屋敷の門の前で足を止めました。
その豪奢さから、とても裕福で、とてもセンスのいい建物であることが分かります。
真冬の、雪がちらほらと降る寒い日でした。それは曇天で、辺りは暗く。二人の首元に巻かれたマフラーが、二人の両親の最後の愛情でしょう。
二人はとても可愛らしい子どもであったのですが、そうですね、奇妙な点を挙げるとしたら、顔が全く同じなことと、お互いの片目が欠けていることでしょうか。シエルは右目が、ノエルは左目が、黒い眼帯に覆われていました。
「「ヴィッラ・メメント・モリ……」」
門に刻まれた文字には、そう書いてありました。黒くて、捻じ曲がっていて、変に細長い門でした。双子の身長では、見上げることしかできません。一体どこに呼び鈴があるのでしょうか。
「あそこだよ、シエル。」
ノエルが指差した先には、不可思議なボタンのような物がありました。箱に一つのボタンが付けられていて、そこから管が何本も、屋敷の敷地内へ繋がっているようです。二人は、これが何かの機械であることは分かりましたが、呼び鈴とは知りませんでした。
「押そうか、ノエル。」
「怖いなら、僕が押すよ。シエル。」
結局二人は、お互いの手を繋いだまま、いっせーのせ、で一緒に押すことにしました。
カ、チ
「ビリリリリリリリリリリ!!!!!!」
突然の警報音に、双子は飛び上がります。まるで悪いイタズラでもしてしまったかのような気持ちでした。それと同時に、とても怖くなりました。もう後戻りができないような気がしたのです。
「ジジッ……ジジッ!あー!!もしもし?聞こえてるかァ!?」
「ご主人様、ここは私が」
「オマエら双子か!?双子だな!?」
「ご主人様」
「門を潜れ!!この私が許可する!!」
「ご」
バチッ
通信が切れると、辺りは一気にしーんとなりました。シエルとノエルは、硬くお互いの手を握り合って、座り込んでいました。さっきの声の人たちは、何なのでしょうか?
ぎいぃぃぃぃ
あの声から数秒後、門が一人でに開きました。双子はさっきから驚いてばかりです。滅多に人が来ないのか、門には黒い蔦が絡まっていました。門が開くと道があって、まっすぐ行けば屋敷に辿り着けそうです。
「「……」」
二人はどちらともなく敷居を踏み越えて、広大な庭に歩き出しました。双子の目線はちらほらと定まりません。だって、見たこともない植物で溢れているのです!真っ黒な薔薇、まるで桃を逆さまにしたような形の植物、真珠のような実のなっている木。
屋敷に続く道を半分くらいまで来ると、美しい女性の彫刻が施された噴水がありました。ですがおかしなことに、その女性は髪の毛が
「ふふ!嫌いじゃないね。ノエル」
「けっこう好きだよね。シエル」
二人は一旦手を離して、ぐぅるりと丸い噴水を二手に分かれて走り出しました。そしてまた一つの道に合わさっても、二人はきゃらきゃら笑いながら、屋敷の扉の前まで走って行きました。
今度の扉の取手は、ライオンでした。さっきの珍妙なボタンでなくてよかった、と思いつつも、双子は困ってしまいました。扉の取手に背が届かないのです。どっちかが肩車しないのかって?そんなことしたら、手が繋げないじゃないですか!
「困ったね。ノエル。」
「シエル、ここで待とうよ。あの声の人たちが開けてくれるかもよ。」
双子はじぃっと巨大な木の扉を見つめました。そうすると、徐々に徐々に、その重厚な扉が開いていくのです。ですが今回は一人でにではありません。白い手袋をした手が、ゆっくりと扉を開いているのです。
「お待たせして申し訳ありません。どうぞ、お上がりください。」
そう言って優雅に礼をしたのは、男性なのか女性なのか、よく分からない人でした。ですが一つ言えるのは、この人がとても美しい人だということです。
背中まであるふわふわした髪の毛は真っ黒で、夜の闇夜を思わせます。顔は卵みたいにつるんとしていて、繭のように真っ白でした。閉じているように見える目は、黒くて長い睫毛で覆われていて、ちょっと色っぽい泣き黒子がありました。それに執事のような燕尾服のスーツを着ていて、それもまた真っ黒でした。全身で夜を纏っているかのような人でした。
「ご案内致します。」
優しくて、やっぱりちょっと性別の分からない声で、執事風の人は双子を迎え入れてくれました。屋敷の中から漏れる温かい光に、双子はふらふらと足を進めます。
一歩進んで思ったのは、お金持ちは歩いてる地面も違うんだな、ということです。あんまりにもふわふわで、すべすべで、光沢のある絨毯です。これも黒でした。足がゆっくり沈んでいくようでした。
執事は時折こちらを振り返りながらも、双子の小さな歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれました。双子は彼(彼女?)の背中で揺れるふわふわした髪の毛を、じっと見つめていました。彼が歩くたびに波打って、まるで深海の砂のようでした。
屋敷はまるでお化け屋敷のようなものを予想していたのですが、それとは裏腹に、よく整えられた完璧なお屋敷でした。ただ……少しだけ、独特なセンスのもとに造られているようでしたが。壁はお葬式みたいなグレーで、絨毯は黒、壁にかけられた絵画はどれも悲しんでいるか、泣いているかでした。天井のシャンデリアは細かな装飾がなされていて、時折キラキラと輝いています。
「こちらになります。」
執事は一礼して、並ぶ部屋の中でも一際大きな扉を持つ部屋の扉を開けました。そこは……遊園地のようでした!壁は可愛いピンクと黒のシマシマで、地面は間抜けな顔をしたくまのぬいぐるみや、ツギハギだらけのうさぎや、頬がヒビ割れたお人形なんかで溢れていました。そしてベッド!なんて大きいのでしょうか!またしてもピンクとフリルで彩られた巨大なベッドは、双子が何回寝返りを打っても、こぼれることはなさそうでした。あのフリルまみれの枕なんてきっと、中身は最高級な鳥の羽で作られているに違いありません。背の高い本棚の中には分厚い本が沢山並んでいて、部屋の持ち主の頭の良さが伺えます。
「ご主人様、お二人をお連れ致しました。」
部屋にある大きな窓から、外を眺めていた車椅子の人が、静かに振り向きます。その人を見た瞬間、双子は天使が降りてきたのかと思いました。それほど美しい人でした!執事も美しかったですが、ここまで華美な美しさではなく、静かに佇むような美しさでしたから。
最も目を引いたのは、彼の瞳です。まるで夕焼けをそのまま切り取ったかのような、オレンジ色とヴァイオレット色が溶け合うような……。その瞳が、きゅう、と緩められ、そして、
「やァやァ!来たかツインズ!」
派手に、八重歯を尖らせて、笑いました。
「私はこの《ヴィッラ・メメント・モリ》の主人!エーデルシュタインである!!そして同時に、偉大なサイエンティストでもあるのだ!敬いたまえよ!」
「失礼。主は少々、尊大なところがございまして。」
「さァ、君たちの名前をきかせてくれたまえ!私は君たちにとても興味がある!」
エーデルシュタインは好奇に顔を染めながら、双子に尋ねました。双子は顔を見合わせ、くすくすと笑いながら、声を揃えて言いました。
「僕はシエル!」
「僕はノエル!」
「「僕らは二人で一人!生きるときも、死ぬときも一緒さ!」」
とびきりの笑顔で答えました。
「〜〜!!素晴らしい!!君たちは全く持って美しい存在だな!!そう思うだろう!?ヨハネ!」
「はい。ご主人様。」
車椅子のエーデルシュタインの後ろに控えるようにして立っていた、ヨハネ、と呼ばれた執事が言いました。
「アァ!紹介してなかった!彼はヨハネ・クィントゥス。私の執事だ。」
「ヨハネとお呼びください。私はお二方のお世話をさせていただきます。よろしくお願い致します。」
丁寧に礼をして、ヨハネは答えました。一応、彼は男性のようです。ですがエーデルシュタインを見る目は、慈母のように慈しみに溢れていました。見た目も相まって、恋人のようにも見えました。
「お二人は同じ部屋でよろしいでしょうか?」
「うん。」
「僕らはずっと一緒だから。」
「可愛いヤツらだなァ!!」