目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第7話 鳥居~! 銭湯行こうぜ!

「鳥居ー! 銭湯行こうぜー!!!!」



 部屋の真ん中で寝ている鳥居の背中を蹴っ飛ばす。

 鳥居は「う……」と唸ったが、デカい図体を丸めて

寝転んだままだった。


 今日の夕飯は鶏肉と長ネギの塩レモン炒めと

味噌汁、自家製漬物に焼き海苔だったんだが、

鳥居は『美味い美味い』と言って白米を4杯もおかわりしていた。

 土鍋で炊いたゴハンが気に入ったらしく、とにかく食う!

 よそったと思ったら、ペロッと食べてる!


 そんな鳥居は腹を抱えて丸まっている。

 一人で大量に食べるからだよ! 食いしん坊だなお前! と

呆れていると、鳥居は『樺が作ったものは食べれるだけ食べたい……』とか

言い出した。太るぞ。


 と思ったが、こいつは食っても食っても

太らないという『ギャル曽根体質』らしく、

今日も筋肉質で羨ましい……。オレは気を抜くと直ぐに

肉がつくから鳥居のような奴は羨ましいを通り越して憎い。

 憎しみに駆られるように、オレは鳥居を起こし続ける。


「起きろよー鳥居ー。深夜になると銭湯の料金上がるだろー」

 踵で鳥居の背中をガスガス蹴って起こそうとした。我ながら

非道だが、こうでもしないと風呂嫌いのコイツは起きない。

 とにかく鳥居はズボラだ。そして外出嫌いだった。

 鳥居は背中越しに視線を向けてきた。


「……樺、今日は風呂は止めよう……」

「『今日は』じゃないだろ! お前、一昨日から風呂に入って

ないぞ! そろそろイヤなニオイとかしてくるんじゃないか!?」

 残念ながら鳥居の体臭は何かいい意味で男臭いので不快に

臭くならない。お前は何処までモテ体質なんだと問い詰めたかった。

 だが本人は気づいていないのか、慌てて飛び起きて

自分の服をクンクンし始めた。


「……おれは臭かったか?」

「おう。何かむせかえるような色っぽいニオイがするよな」

「? 何だそれは?」

「フェロモン的なニオイじゃないか? 蝶とか蛾とかが

発してるアレみたいな」

「蛾と同じは嫌だな……。そろそろ風呂に入るべきか……」

「毎日入れよ」

「……タライじゃ駄目か?」


 鳥居が台所の片隅に置いてある金タライを指差した。

 オレは目を見張った。子供の行水なら分かるけど、

21歳の成人男が使うモンじゃないだろ!?

 スイカとかラムネを冷やす為に使うくらいじゃないのか!?


「あれが風呂代わりかよ!? どう考えてもオマエの

身体のサイズに合ってないだろ!?」

「ヤカンで湯を沸かして頭とか洗っていた」

 金がある癖に貧乏くさいなオマエ!!! と怒ると、

「金は全部樺にやる」と貢ぐ宣言をした。

 い、いらねーよ!! ちょ、ちょっと

『新しいゲーム機買えるなー』とかグラッときたけど!


 オレは金タライを逆さに置いて『使用不可』の

紙をガムテで貼り付けた。

 鳥居が「ああ……」と唸っていたが、華麗にスルーしておく。

 そして鳥居の腕を掴んで起こした。


「いいから銭湯に行くぞ! 銭湯! 銭湯! さっさと銭湯!」

「……」


 鳥居は渋々起き上がると、タンスから着替えを取り出した。

 その様子を見守っていたが、思わず声をかける。

「おい、鳥居、パンツ忘れるなよ」

「最後の砦は忘れない」

 いや……オマエ、今まで2回くらいパンツ忘れてジーンズに

ノーパンで帰宅してたじゃないか……と思ったが、それを言って

「やっぱり銭湯に行かない」とか言い出したら困るので

オレはお口にチャックした。


 だがヤツは見るからに渋々と

財布をジーンズのケツポケットに入れていた。

 そしてノロノロとスローな動きで玄関に向かっていた。

 そこまで嫌そうにするなよ! フケツだな! と

呆れていると、鳥居はまた渋々しながら

玄関でスニーカーを履いていた。

 そのまま玄関で棒立ちしているので、腰を蹴ると

嫌そうにドアノブに手をかけて振り返ってくる。


「何でそこまで風呂嫌いなんだよ!?」

「風呂は好きな方だ」

「嘘つけ!」

「……銭湯に行くと、女湯に入ろうとする客に騒がれて

出待ちまでされたので銭湯は嫌だ」

 何処の宝塚のトップスターだよお前は!!!!


 モテ自慢のように聞こえるが、鳥居はモテ過ぎてモテ過ぎて

トラウマになるくらいモテているので、心底嫌らしい。

 普通が一番だな……と思っていると、鳥居が溜息をついた。


「それに番頭の婆さんに裸を撮られたので怖い。行きたくない」

「は!?」


 驚愕の声を上げてしまったが、鳥居は

淡々と恐怖体験を語った。

「画像をネットにあげられたくなかったら、死んだ爺さんの

後釜になれと言われた」

「なにそれこわい!」

「おれの顔が爺さんに似てて、つい激写したらしい」

「それ確実に嘘だろ! そんな銭湯に行くなよ!!!!!!」

「もうその銭湯は潰れた」

 鳥居の全裸がネット上にUPされるのは阻止されたようだ。

……ってか、潰れた銭湯の話をするなよ! 紛らわしいな!



「ただ単に、オマエは風呂が嫌いなだけだろ?」

「いや、好きだ。ポンデリングの次に好きだ」

「……強情者め」


 なら風呂のある部屋に引っ越せばいいのに、鳥居は

この部屋の窓から見える景色を凄く気に入っているらしい。

 オレ達の母校である高校も、その前を流れるちまき川も

見えるし、夕焼けも朝焼けも夜空も絶景だもんなあ~!


 特に夕焼けになる前の空とか最高! 青と紺色、オレンジが

白い雲を染めて、ちらほらと星が姿を見せてたりする。

 高い建造物が無いから、部屋の真ん中で大の字になって

窓を見つめると、空がオレだけのものになったみたいで

子供の頃みたいにワクワクドキドキしちゃうんだよな~!


 こんな景色を見ながら、窓の桟に座って

オレンジジュースを飲むのが鳥居的にはお気に入りらしい。

 インスピレーションも湧くとか。

 しかし窓際で晩餐するなら酒とか飲まないのかよ。

 お前、ブランデーとかワインが似合いそうな外人っぽい

カオしてるのに……と思っていると鳥居は『下戸』とだけ答えた。

 カエルの鳴き声みたいな返答するなって……。



 あと、このアパートはミスドとコンビニが近くにあるからとか、

お気に入りの本屋や図書館があるからいいんだ とか、

鳥居なりにコダワリがあるようだ。

 オレも駄菓子屋が近いのが嬉しいし、自転車の距離には

映画館もあるから、何気に便利な場所だった。


 それに朝の7時になると、向かいのアパートから

お経が聞こえてくるので目覚ましがいらないしな。

 そうそう、ご近所付き合いも良好だ☆隣りの十勝さんは

スッゲーいいひとだし、階下の細井さんは大人しいけどいいひとだし!

 十勝さんとは逆の隣室の人にはまだ会った事は無いんだけど、

多分いいひとだよな! と、御近所を褒めていると、鳥居は少し

むくれたような無表情を見せた。

 仕方ないので、ムチばかりじゃなくアメもやるか。


「じゃあ、銭湯に行ったら、コンビニで酒のツマミでも

買って、窓際で一杯やろうぜ!」

「下戸……」

「お前、Qooのオレンジでいいだろ? 二人で飲み会しようぜ?」

「樺もオレンジジュースなのか?」

「オレはメッツコーラかな(ダイエットを意識しつつ)」

 下戸の鳥居の前でビールとか飲む気にならないしな。

 鳥居は「……飲み会……樺と二人か」と、そわそわしだした。


 そして「コンビニでアイスを買ってもいいか?」と言い出した。

 アイス……。

 オマエ、オレンジジュースやらアイスやら、

味覚が結構お子ちゃまなのな……。


「3月っていっても、まだ寒いだろ? 湯冷めするぞ?」

 そう言いつつも、銭湯の帰り道でアイスを食べるのも

いいなあ~なんて思っているのが鳥居にも伝わったらしい。

 ヤツは靴を脱ぐと、タンス貯金の場所から万札を

取り出し、手渡してきた。両手を使って札を握らせられる。

 そして鳥居が告げた。


「樺は、これで好きなだけハーゲンダッツを買えばいい」

 うぉい!!?? 万札でハーゲンダッツって、どれだけ

食う気だ!? てか、オレんちはハーゲンダッツなんか

全然買ってくれない家だったぞ!?


「ハーゲンダッツは誕生日とか特別な日だけだ!

今日はガリガリ君でいいだろ!!!」

「シチュー味を買うか」

「よりにもよってソレかよ!!!」


 こうしてオレと鳥居は銭湯に向かったのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?