単純に思考放棄というには
実際、この怪奇現象に驚くのは束の間の出来事だった。だが、追って全身を襲った猛烈な倦怠感に、思考の大部分が飲み込まれてしまったのは、紛れもない真実である。これが思考の続行を妨げた原因に、他ならなかった。
前日にどんな行動を取れば、こんなにも疲れが骨身に応えるのか。体調不良と心身疲労が幾重にも折り重なった消耗感は、酷く壮絶なものである。身体は重い上に、節々は痛む。【未知の場所に迷い込む】だなんてゲリライベントさえ生じていなければ、凄まじい睡魔に抗いもしなかっただろう。言ってしまえば、大手を振って眠りに身を委ねていた可能性すら大いにある。
そう。異色の情景を無視して、事実解明を
そんな中、辛うじて意識を繋ぎ止めていられた要因とは一体何だったのか、という議題が浮上する。だが、その議題には、そこに確固たる理由があったから、としか答えようがない。「何故こんな事態に陥っているのだろう?」と、自らに迫った謎を解き明かさんとする、強固な意志があったからなのだ。「どうせ、レム睡眠が見せる壮大な夢に決まっている」と漫然と断定できたなら、今より何倍も楽だっただろうに。分かっていながらそうしなかったのは、揺るぎない意地が根底にあるからこそ。
無論、そこまで楽観視するには無理もあった。残念なことに、知能やら知識やらが発達し過ぎてしまっている、という条理的論点が大きく寄与するからだ。そして、夢にしてはやけに写実性が高い世界。——これを呑気に「夢ではなかろうか?」と考察する選択肢は、一般的な人間ならまず取らないだろう。
では、【一時的に知的活動を中断してなお、未だに解明を諦める気になれないのは何故か?】——この問を端的に紐解くのなら。それは、大方元来の負けず嫌いな性分とやらが、遺憾なく発揮されているからだと言えよう。表面上、摩訶不思議な境遇に
無意識の内に自力でここに辿り着いたか、はたまた就寝中第三者の手によりここに運び込まれたか。あらゆる仮説を想定するものの、
ことの発端に見渡した時こそ、きちんと片付いているように見えた部屋ではあるものの。よくよく目を凝らせば、なるほどそうでもないらしい。モデルルームと
ところが何か妙だった。
不審感を覚え、もう一度辺りを一望するも、やはりその得体は知れず。冥々の
「今、何時なんだろう?」
それにしても薄暗い部屋だ。元より家主が不在であるため、照明が全て消えていようが、カーテンが閉じていようが、当然と言えば当然なのだろうが。流石に室内のどこにも時刻を表示する機器が一切ないのは、不便極まりない。光源さえ差し込まぬ部屋の中で、時間の予測を付けるなど、無理に等しいことだ。
依然として、僕は窓際に面したベッドの上に座り込んでいた。そんな中、ただ何となしに、ドレープカーテンのプリーツに右手を伸ばす。「静寂しか聞こえないこんな一間でも、この厚い覆いを取り去れば、更なる向こう側には見知った景色が広がっているのではないか?」なんて。もしかしたら、心のどこかでそんな淡い期待を抱いていたのかもしれない。
真相を確かめるように。僕は気の向くまま、勢い良く
途端に窓から入り込む、目映い
「なん、だ……これ、は……?」
——辺り一面の、白。壁があるでもなく、ただ真っ白な地面が坦々と続いている。
こんな場所知らない。こんな場所見たこともない。ここに来て突然肥大化した異常性に、当然の如く呆気に取られてしまった。
誰の思惑とも知れない展開に驚きを隠せない。しかしそれ以上に、己がそこに紛れ込むこと自体、嫌に作為的ですらあった。
果て
我ながら、馬鹿げた発想だとは思う。がしかし、これを「荒唐無稽」「くだらぬ問題だ」などと、一緒くたに否定し切るほどの確証もない。
まずはこの隔離区域が現実的に存在し得るものなのか、探りを入れなくては。状況把握すらままならぬ危機から、脱しなくてはならない。
可能なら、タイムリープ説やパラレルワールド説、そして異世界転生説を棄却し、迷子説を採択したいところではある。しかしそのためには、まず裏付けに相当する物的証拠を発見するしか、進む道はなさそうだ。
手始めに、この私室から抜け出せないか試してみる。唯一屋外へと連絡する手段のありそうな扉へ向け、緩やかなペースで身を進めた。
壁伝いにベッドから立ち上がる。埃の溜まったフローリングをひたひたと歩く度、足跡が付着していく。真新しい雪原を駆ける時のような愉楽はなく、
しかし、がしりと頑丈に閉ざされた扉には錠前があり、鍵を必要とするということは論を