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最終話 ああ、今年も邪魔をして輝く七夕の星

 数年の月日が過ぎた。


 心も体も成熟した、比子星ひこぼし乙里姫おりひめが、天の川で運命の出会いを繰り返し、息が合った二人は同じ夫婦になることを決意した時期でもあった。


 夫婦になれば、七夕の日限定じゃなくても、一緒に居られるからだ。


「さて、今年は、どんな願いが書かれているのやら」

「今年も頑張ろうね!」

「おっ、やけにやる気だな?」

「気合いと根性なら負けないわよ」

「その負けず嫌いは相変わらずだな」

「比子星もそうでしょ」


 夫婦になった条件の一つとして任されるのが、毎年、七夕の日に、この星や地球で書かれ、翌日に銀河郵便委員により回収された、短冊の願い事を間接的に叶えるという業務がある。


 工賃は微々たる金額だが、七夕を過ぎて、一週間は本職で勤務している職場は本人の意思に関わらず、会社の有休が足りなくても、臨時有休扱いになるため、それなりに評判は上々な良いシステムでもあった。


 ただし、この職務には個別な面接による責任能力などが試され、ただ夫婦になるのではなく、子供が好きなこと、さらに二人でもうけた子供がいることなどの必須条件を満たしていないといけない。


 短冊には圧倒的に子供が書いたものが多いからだ。


 そんな沢山の短冊が詰められた、幾つもの段ボールが宅配便で届いた乙里姫の城内にて事件は起きた。


「ふむふむ……。おい、これ見ろよ、乙里姫!」

「どうしたの、そんなに興奮して。若い子からのデートのお誘いでも書いてた?」

「ああ、まあ若い子には変わりはないんだけど、相手は男の子だな」


 至って、女の子を愛するノーマルな比子星は、乙里姫にその短冊を見せる。

 乙里姫も同様でノーマルである。


「えっと? “親愛なるひこぼしとおりひめへ”……って私たち宛の文章!?」

「そうみたいだな。読んでみなよ」


 乙里姫は短冊に書かれた文面に目を通す。


『僕はこの際、大切な恋人ができました。彼女を守るために救急救命士になりたいです。あの時、溺れた僕を救ってくれた二人のように』


 乙里姫は、目から伝ってきた熱い涙を服の袖で拭う。


「これって、あの時の男の子からの?」

「確信は持てないけど、そんな内容だったからさ、気になって」

「でも救命士になる確率って結構ハードルが高いって噂よ?」

「じゃあ、素人が見ても分からないカンニングペーパーでも書いて送ろうか。特殊な暗号に変えてさ……いでで!?」


 乙里姫は比子星の太ももを思いっきりつねる。


「こんな時にふざけないの!」

「何の。俺は勉強も遊びも、いつも大真面目だぜ……いでで」

「だからって、もしバレて、試験が受からなかったら誰のせいよ?」


 比子星が無言で乙里姫の方を指さす。


「ちょっと、私を共犯者にしないでもらえる!」 


 乙里姫が指先の力をもう一段階上げる。


「いだだ……恐妻家による独裁政治反対!?」

「あのねえ、私はあなたの妻なんですけど、ねっ!」


 比子星も何だかんだで妻の尻に敷かれているらしい。

 二人の喧騒は約三十分にも及んだ……。


****


「じゃあ、これで全部ですな」


 お祖父ちゃんが願い事を書いた短冊が入った、目新しい段ボールを自家用車に積む。


 こうやって願い事を読み上げた短冊は、専用の焼却センターに持って行かれて燃やされる。


 最終的には、その灰は畑の土壌改良や、無農薬の肥料として使われ、無駄なく使われるという仕組みだ。


 ちなみに紙を溶かして、新しい紙に再利用するという策略もあるが、逆にエネルギーがかかる可能性を視野に入れ、このザブーン星では極力、無駄になるようなことはしない。


「お祖父ちゃん、何なら比子星に運転させたらいいのに」

「何の。まだワシはバリバリの現役ですぞ」


 お祖父ちゃん、今年で85だよね。

 その元気は、どこから出てるの?


「それに乙里姫お嬢様は母親になるのですから。いざという時は若い男手が必要でしょうぞ?」


 お祖父ちゃんの大きな手が、乙里姫の小さな肩に乗る。


「お腹の子は三ヶ月じゃったかのお。もう名前は決めたかの?」

「ううん、中々良い名前が思い付かなくて」


 乙里姫は姓名判断の本を何冊か読んでみたが、どれもしっくりこなかった。


「だって一生を左右する名前なんだよ。変な名前にして弄られたら困るし」

「お嬢様、自分の素直な気持ちを名前に籠めるんです。自分が気に入らない名前にしては、それこそ後悔するだけですぞ」


 そうだったね。

 お祖父ちゃんの本名なんて、梅星スッパイスターだもんね。


「まあ、男の子だから、強くて逞しい子に育ってもらいたい意思はあるけどね」

「お嬢様、SOSにいいよね! 頂きましたぞ」

「……お祖父ちゃん、SNSの意味、微妙に良く分かっていないでしょ」


 乙里姫はお腹をさすりながら、お祖父ちゃんに別れを告げて、城内に戻った。

 これが乙里姫が見た、お祖父ちゃんの最期の姿だった。


 後に作業中に心筋梗塞で帰らぬ人となったと聞かされることを、今は知らずに……。


****


「──こうして二人は末長く暮らしたのでした……」


 監視員を定年で引退し、フリーの身となった緋星あけぼしが園児たちに紙芝居の読み聞かせをしていた。


「ねえねえ、おばあちゃん。たなばたのかみさまになったふたりは、ほんとうにしあわせになったよね?」

「フフフ。どうだろうね。ワタクシにも分からないけど、今頃、天の川でお熱いデートしてるんじゃないかしら?」

「ええー、あつかったらデートどころじゃないよ。びょういんいかないと!」

「アハハ。二人とも風邪をひいたというオチかい。ボウヤもお嬢ちゃんも面白いこと言うねえ」


 こりゃ、将来はお笑い芸人になれるかも。 

 見込みがある二人だわ。


 ──ワタクシは老眼鏡を外し、ここから年中、天の川が見える星空を眺める。


 消えない星となった比子星と乙里姫は、もう離れ離れにならなくてすむ。


 二人とも今日も他の星に負けないよう、キラキラと力強く輝いているから…… 。


 Fin…… 。

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