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教卓の天井にあるスピーカーから、授業終了のチャイムが鳴り、机から
いつも寝てばかりだが、テストの成績は
一体、どこで勉強しているのか?
本人は睡眠学習と自慢げに言っていたが、あれはカッコだけで、実際には頭の中には入らないらしいし……。
まさか、学校きって以来のIQが高すぎて、勉強しなくても余裕で進学できるエリートタイプか?
と言うことは、
「いやいや、下らない悩みは捨てよう」
もうよそう、考えても惨めになるだけだ。
勉強なんかそっちのけで、ところ構わず女をナンパして、遊び通す女好きな相手だ。
どうせ、一夜漬けで、試験前日に頭に叩き込んでいるだけだろう。
学生の本分は勉強のはずだから。
「
「ガリちゃん、この期におよんで何を言ってるんだよ。まだ五月だぞ? 五月病か?」
「今年の春は暑いからな。そう思わないか、
「何で関係ない私に話をふるのよ?」
「何でって桔津平の彼女だろ?」
「そんなわけないでしょ‼」
谷中が机を乱暴に叩き、ガリちゃんをギロリと睨みつける。
谷中は明らかに怒っていた。
誰に対しても、自分に対しても……。
「そうか。悪かった。じゃあ、谷中はパスだな。桔津平は
『あの女こえー』と言いながら、ガリちゃんがそっと耳打ちする。
「あんな気分屋な谷中よりも、もっと気立ての良い可愛い女の子を紹介するからさ」
「……聞こえてるわよ」
ガリちゃんのすぐ横で、ひきつった笑みをする谷中。
「おうっ、谷中様、いつの間に!?」
ピョンと飛び上がるガリちゃんに冷静な谷中。
二人の性格は両極端過ぎる。
「確かに私は可愛くないわよ。他の女の子と遊ぶのはいいけど、羽目を外さないようにね」
そう言うと谷中はガリちゃんの肩に手を置いて軽く舌を出し、今度はイタズラっぽく笑う。
谷中本人は自身の気分屋の部分には触れてはこない。
まあ、大抵の気分屋は自覚症状がないらしいからな。
一種の隠れステータスといった所か。
「谷中、どうせなら一緒に行かないか?」
「えっ、桔津平?」
その笑いが心なしか寂しそうに見えて、僕は彼女を誘った。
「いいよ。やっぱし私もついていくわ。桔津平に悪い虫が付かないようにね」
谷中は意外そうな反応をしつつ、首を縦に振るのだった。
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夕日に染まる学校の近所にある普通の平屋。
入り口の扉は外され、吹き抜けとなっており、タンスやソファーが置かれ、埃をかぶってある姿からして、昔、人がいたという空間が
「ここ、元は工房だったらしいぜ」
「そんな裏話はいいよ。
「ははっ、
「うん、臥竜君は頼もしいね」
紫の浴衣姿の麻耶子ちゃんが、ガリちゃんに腕を絡めて抱きつくと、ガリちゃんが見えない所で僕に合図を送る。
浴衣を着ているのは近所で花火大会をするという口実。
ただガリちゃんの好みに合わせただけだ。
「全くもう。何で僕が幽霊の真似事をしないといけないんだ……」
ガリちゃんが意味もなく、僕を遊びに誘うことはまずなく、このような恋の引っ付け係を担当するのがほとんどだ。
谷中も、それを承知の上で僕についてきた。
僕に悪い女が寄るのを防ぐ言い分の通りに……。
「さて、始めますか」
わけありで一人になった僕はスマホを出し、とあるアプリを読み込み、もう片手で拡声器をスマホに当てる。
『恨みはらさずおるべきかー!』
拡声器から飛び出るドスの効いた女の声。
「きゃあー、臥竜君。今、変な声が聞こえたよ!?」
「ははっ。ただの選挙活動だろ。怖いなら隣から離れるなよ」
ガリちゃんの作戦とはいえ、遠く離れた二人を驚かすには、ちょうどいい行動だった。
これで彼に素敵な春がやって来るな。
普通の人に見えない幽霊も選挙活動するのか? というのは頭の片隅に置いといて……。
『ミシッ、ミシッ……』
はっとして振り返っても周りには誰もいない。
「何だよ、ガリちゃん。下手な物音なんか立てて。逆にこっちもはめられたわけか。ドッキリのつもりか?」
笑い飛ばしながら、僕はこの屋敷を出ていった。
急に気分が悪くなったという谷中が庭で休んでいたのが気掛かりだったからだ。
『ミシッ、ミシッ……』
ずっと、妙な足音を小耳にしながら……。
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「──ふーん。話から察するに
「ハチミツ梅酒か」
「違うわよ。未成年の飲酒は禁止よ。そうじゃなくて幽霊につけられたという話よ」
一通りの出来事を口にした僕に、木村先生が冷えた麦茶の入ったグラスを僕に差し出す。
「はい、これでも飲んで」
「あっ、ありがとうございます!」
木村先生の気遣いに気合いを入魂した僕は、グラスを傾けて一口だけ飲み、喉元を潤して気になる質問をすることにした。
「では、ガリちゃんによる、さっちゃんの話というのはデタラメなんですか?」
「いえ、話は大方、間違えていないわよ。童謡とはいえ、さっちゃんが事故で命を亡くしたのは事実。それに君が気にしていたその件で本人を問いつめても、彼は冗談の一点張りだった。それよりも……」
木村先生が僕のおでこに手を当てる。
あまりの至近距離に僕の心が弾けそうになっていた。
「せ、先生!?」
「どうやら、その調子だと本物の霊をおびき寄せてしまったようね」
「霊を?」
「あなたは誰に対しても優しすぎるのよ……。さあ、この件に関してはもっと調べておくから、教室に戻りなさい。五限があるでしょ」
「はい、ありがとうございました」
僕は一言礼を述べて、椅子から立ち上がる。
木村先生が眼鏡をかけてパソコンと向き合う姿を見て、邪魔にならないように静かに立ち去った。
その後に一人の人物とすれ違ったのも気にも止めずに……。
次の日、木村先生は突然いなくなり、急遽転勤という形となった。