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第6話 逆玉手箱の薬

エテルニテ星のお客様を見送った後も、ケンタの体は老人のままだった。シワの刻まれた手、白髪の混じった頭、そして、ゆっくりとしか動かない体。


「ケンタくん、無理はしないでね。お客様のおもてなしは、私が代わるから」


女将は、心配そうにケンタに声をかけた。しかし、ケンタは首を横に振った。


「大丈夫です。僕のおもてなしの心は、若いままだから」


ケンタは、女将の言葉を胸に、今日も玄関に立っていた。そこへ、一台の浮遊式リムジンが、旅館の玄関先に静かに着陸した。中から現れたのは、フラスコやビーカーを体中に装着した、奇妙な生命体だった。彼らは、薬学と錬金術に長けた、宇宙でも屈指の薬剤師だという。


「薬の王様、アルケミア星からお越しのお客様でございます」


女将の紹介に、ケンタは深く頭を下げた。お客様は、挨拶の代わりに、体から、様々な色の薬液の泡を放った。それは、「挨拶を返す」という彼らの文化を表現しているようだった。


「ようこそ、或羽温泉へ。心より歓迎いたします」


ケンタが挨拶すると、お客様は体から、また別の薬液の泡を放った。それは、「感謝している」という彼らの感情を表現しているようだった。


「では、早速ですが、ご要望の温泉をご用意しております」


女将に案内され、お客様は温泉へと向かった。お客様のご要望は、「宇宙一効能豊かな温泉」を体験したいというものだった。彼らは、温泉の効能を科学的に分析し、自らの薬学に活かしたいと願っている。


「宇宙一効能豊かな温泉か…」


ケンタは、頭を抱えた。これまでの温泉は、視覚や嗅覚を欺くことで、お客様を満足させてきた。しかし、薬学の専門家であるお客様に、偽りの温泉を提供することはできない。


「どうすれば、彼らの望む温泉を作り出すことができるだろうか…」


ケンタは、部屋に戻り、早速「効能豊かな温泉」の準備に取り掛かった。ケンタは、まず、或羽温泉の源泉の成分を分析した。ナトリウム、カルシウム、マグネシウム。地球人にとっては、ごく普通の温泉の成分だ。


「これだけでは、アルケミア星のお客様は満足しない…」


ケンタは、頭の中で、応用物理学の知識をフル回転させた。そして、一つの結論にたどり着いた。


「プラズマ…だ!」


ケンタは、特殊なプラズマ発生装置を設置し、温泉の湯気を、プラズマの力でイオン化した。プラズマ化した温泉の湯気は、まるで、虹色のオーロラのように輝いている。


「これなら、お客様もきっと喜んでくれるはずだ!」


しかし、ケンタは、また一つ、重大なミスを犯していた。プラズマ化した温泉の湯気は、浴槽の底に沈殿している、特殊な鉱物の成分を活性化させてしまったのだ。


「お客様、宇宙一効能豊かな温泉、ご用意ができました」


ケンタは、お客様を温泉へと案内した。お客様は、浴槽へと足を踏み入れると、体から、無数の薬液の泡を放った。それは、この温泉の成分を解析しているようだった。


「これは…素晴らしい…!」


お客様は、体から、興奮を示す薬液の泡を放った。それは、まるで、虹色の花火が打ち上がるようだった。


「この温泉は、地球のどの温泉よりも、効能が豊かだ! これなら、我々の薬学に、大きな進歩をもたらしてくれるだろう!」


お客様は、体を沈め、至福の表情を浮かべた。ケンタは、その様子を見て、安堵の息を漏らした。


「ありがとう…! あなたのおもてなしは、我々に、素晴らしい発見をもたらしてくれた」


お客様は、ケンタに深々と頭を下げた。


「あなたに、最高の【外暇】を差し上げます」


お客様は、懐からメダルを取り出し、ケンタに手渡した。それは、これまでケンタがもらったどの【外暇】よりも、大きく、そして、力強い輝きを放っていた。


「そして…これは、我々の感謝の印だ」


お客様は、ケンタに、もう一つ、小さな小瓶を差し出した。中には、虹色の液体が入っている。


「それは、若返りの薬だ。ウラシマ効果で老いてしまった、あなたの体を元に戻してくれるだろう」


ケンタは、小瓶を受け取ると、涙を流して喜んだ。


「ありがとうございます…!」


ケンタは、小瓶の液体を、一気に飲み干した。すると、ケンタの体は、みるみるうちに若返り、元の若々しい姿に戻っていった。


「やった…!」


ケンタは、自分の手を見つめた。そこには、シワのない、若々しい手が映っていた。ケンタは、鏡に映った自分の顔を見て、笑顔になった。


ケンタは、お客様を玄関で見送った。女将は、ケンタの肩を叩いて喜んだ。


「ケンタくん、本当によかったわね! これからは、また、二人でお客様を迎えられるわ!」


ケンタは、女将の言葉に、嬉しさと共に、また別の感情を抱いていた。


「ホンモノの人間によるおもてなし…」


それは、お客様を心から満足させ、そして、自分自身をも救う、素晴らしい力だった。


ケンタは、新たな気持ちで、【外暇】のメダルを胸にしまった。明日も、また新しいお客様がやってくる。どんな奇妙なご要望でも、ケンタはきっと、最高の「おもてなし」で、お客様を笑顔にできるだろう。


彼の格闘の記録は、まだまだ終わらない。

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