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追放ニート、スキル【NEET】で異世界最強の籠城軍師⁉
追放ニート、スキル【NEET】で異世界最強の籠城軍師⁉
けんゆう
異世界ファンタジー戦記
2025年08月12日
公開日
1.3万字
連載中
「動かないで勝てれば、コスパ最高だよな」 29歳・引きこもり歴10年の比企新斗は、専門学校中退・無職。タワーディフェンスゲーム三昧の日々を送る以外、何の努力もしていない。彼の愛読書は、中国古代の思想家『墨子』―― ――ただしその解釈は、「兼愛=ニート差別禁止」「非攻=引きこもれ」という超屁理屈。 そんな新斗が、異世界に召喚された。 授かったスキルは、その名も【NEET】。 ・Not in Education=学校行ってない ・Not in Employment=働いてない ・Not in Training=訓練受けてない 王宮から「無能」と追放され、落城寸前の辺境の砦へと送り込まれた新斗。 しかし【NEET】スキルは予想外の進化を遂げ、その怠惰な知略は、やがて難攻不落の要塞都市を築き上げていく。 国も魔王も手を出せない、籠城軍師の真価を発揮する新斗! 怠惰こそ、最強の武器―― 自分は動かず、世界を動かす。 異世界スローライフ×防衛戦ファンタジー!

第1話 異世界でもニートはNEET⁉

「働きたくねぇなあ……」


 働かないで、世界を守るヒーローになりたい。


 俺は比企 新斗ひき  あらと、二十九歳。

 今日も一日、自室でゲーム三昧。


 専門学校中退、職歴なし。

 あえて職業欄に何か書くなら、自宅警備員。プロ引きこもラーだ。


「……良し。今日もここから、一歩も出ないで済んだな」


 ここは、俺の領域テリトリー、実家の地下室。


 元々は父親がマイホームを建てる時、「男の隠れ家」を夢見て整備した、キッチン・トイレ付きの八畳の空間。ここ十年ほどは、俺が1人で占領している。


 室内には、山積みのカップ麺、ペットボトルの山。散らかっているように見えるが、妙に整った導線。ゴミと生活必需品がカオスに配置されているようで、実は最短距離で全てに手が届くのだ。


「新斗ちゃん! アンタ、明日こそハロワ行きなさいよ!」


 母の声が、地上から飛んでくる。


「無理だって。俺、外に出ると寿命縮む系だから」


「体は元気なんだから、そんなわけないでしょ!」


「そんなわけ、あるんだよ。『墨守ぼくしゅ』って言葉、知らんの? 昔、墨子ぼくし先生はそうの城を守って、の侵略を9回連続完封で、撃退したって言うぜ」


「だから何?」


「つまり、むやみに積極的に外へ攻めに行ったら、危ないってこと。俺は自分の居場所をしっかり守って、それで歴史に名を残すの!」


 俺は、古代中国の思想家、墨子ぼくしの故事を、自分に都合良く引用した。タワーディフェンス系の防衛戦ゲームが好きな俺にとって、籠城戦の名手でもあった墨子の言葉は、まさに人生の指針だ。


 もっとも、解釈には、俺の独自考察も大いに入ってはいるがな。


「墨子いわく『兼愛けんあい』。差別しない愛が大事。ニートでも愛されるべきだ」


「愛される努力をしなさいよ」


「墨子いわく『非攻ひこう』。侵略するな、外征に出るな。つまり働いたら負け」


「そんな意味じゃないから」


「墨子いわく『尚賢しょうけん』。賢者をもっと敬え。俺みたいな賢者を」


「賢者じゃないけど、健康に産んであげたから働きなさい」


「墨子いわく『節用せつよう』。無駄を省け。俺はなるべく動かずに生きる」


 母親はすっかり呆れ顔だ。


「……アンタねえ、そんなこじつけ、墨子さん泣くわよ」


「細けぇことはいいんだよ!  俺の解釈が正義!」


 母親は、地下室へと降りる階段の上に、食事を乗せたお盆を置いて立ち去った。俺は、電動伸縮式の強力マジックハンドを2本取り出して、お盆を取り寄せる。一歩も動くことなしに、今日の夕食をゲットだ。


「ふふ……これぞ、最適化の鬼。外に出る?  労力の無駄。働く?  タイパ悪すぎ。俺は究極の合理主義者なんだよ……」


 俺の一日は、ゲームで始まり、ゲームで終わる。


 布団から伸ばした足で、散らかった部屋の中からコントローラーを器用に拾い上げ、今日もお気に入りのタワーディフェンスアプリを開く。


「俺の砦は無敵だ……。敵兵ども、かかってこい!」


 食事をかき込みながら、俺はゲーム内の城壁を注意深く眺める。無課金でランキング1位にまで登り詰めた、俺の効率的プレイは半端じゃない。敵の侵入など、一切許すものか。今日も完全防御にこだわってやる。


 だが、ステージクリアの寸前、ラスボスのHPが残り2%になったところで、いきなり画面が暗転して切り替わった。動画広告が流れ始める。


「は? スキップボタンどこ?」


 画面いっぱいに現れたのは、尼僧のような頭巾をかぶった、実写の美少女だった。


 何のキャラのコスプレか知らないが、セミロングの銀髪。タレ目で、ちょっと守ってあげたくなる可憐な顔立ち。


 切羽詰まった声で、こっちに向かって叫んでくる。


『……勇者様、勇者様! 聞こえますか⁉ この地に、もうすぐ空から、恐怖の魔王が降ってきます! お逃げください!』


「音量でけーよ! 何だよ、この無駄に迫真の演技……ってか、スキップ不可で180秒⁉ ふざけんなよ、このクソ広告!」


 新斗は動画を消そうとあちこち押してみたが、一切反応はない。


 肝心のゲームは、あと一歩でステージクリア。電源を切るわけにもいかなかった。


 画面の中の女性は、続けざまに叫ぶ。


『繰り返します! もうすぐ空から――』


 新斗は広告を消すのをあきらめ、無視を決め込むことにした。


「もう分かったよ。それで、課金誘導だろ? 勝手にやってろ」


 動画が終わるまでの暇つぶしに、スマートフォンでSNSをチェックする。


 ……そこで、血の気が引いた。


〈本日のトレンド 【速報】A国軍、ミサイル誤発射か〉


 恐る恐る、5分前にアップされたばかりの、新聞社のニュース記事をタップする。


〈A国軍が、日本列島に向かって小型超音速ミサイルを発射した。実験中の誤射と見られる。日本の領海内に着弾する恐れがあり、政府は漁業関係機関に警戒を呼びかけている〉


 記事に反応したユーザーの投稿が、続々と画面を埋め尽くしていた。


〈また、あの国の訓練かよ? 毎回毎回、迷惑な花火だ〉

〈アラート鳴ってないんだけど?〉

〈領海に落ちるとか、初めてだよね。人的被害出たらヤバい〉 

〈自衛隊、撃ち落とせないのかよ〉


 新斗は画面に指を滑らせて、最新の投稿をチェックする。


〈ミサイル見えた! 光の点が夜空を動いてる。動画載せとく〉 

〈これ、軌道変わってね? 〇〇県だけど、光が頭上を通過。南に向かってる〉

〈なんで政府から続報ないの?〉

〈〇〇県の南……☓☓県の人、全員逃げてー〉


 額に、冷や汗がにじむ。


〈【拡散希望】弾道解析できた! 間違いなく、☓☓県△△市に命中する。着弾まで、あと五分〉


 著名な軍事オタクらしいそのアカウントは、まだテレビもネットニュースも報じていない着弾予測を、地図付きで投稿していた。


 添付画像には、ミサイルのスペック表、予測に用いた計算式までが、自信満々に示されている。


 二分前の投稿。これが本当なら、残り時間はあと三分ということになる。


 ☓☓県△△市……俺の住んでる町じゃねぇかよ!


「嘘だろ……まさかこれが、さっきの広告で言ってた恐怖の魔王?」


 俺は数年ぶりに階段を全速力で駆け上がり、地下室を飛び出した。息を切らしながら一階のリビングへ駆け込み、声を絞り出す。


「か……母さん! 父さん! 今すぐ逃げろ! ミサイルが来る!」


「新斗……何なんだいきなり? そんなニュースやってないぞ?」


 父親は驚いた表情を見せながら、リモコンを手に取ってテレビのチャンネルを次々と切り替えて見せた。ニュース速報のテロップ。


〈【速報】A国軍、ミサイル誤発射。着弾地点は日本領海内か〉


 情報が遅い。


「……これか。どうせ、領海の外に落っこちる、いつものパターンだろ。落ち着け、新斗」


「それが違うんだよ! ネットで言ってて……」


「新斗ちゃん……逃げるって、こんな時間からどこに逃げるのよ?」


 普段の俺を見慣れている母親は、呆気に取られながらも、ただならぬ異常な気配を少しは察してくれたようだ。その手は、テキパキと貴重品をまとめ始めている。


「どこって……そう、地下室だよ! 核シェルターにも使えるって、父さん、昔言ってただろ! 俺の部屋に、二人とも避難するんだ! ほら、早く!」


 母親の背中を、強引に両手で押し出した。父親も、俺のあまりの剣幕に少しおびえた表情を見せながら、黙って母親の後に続き、地下室へと向かう。


 両親が階段を降りていったのを見届けて、いざ自分も後を追いかけようとした、その瞬間……俺の足が、止まった。


「くそっ……た、体力の限界っ……」


 膝が、震えていた。


 日ごろの運動不足が、完全にたたった。階段を駆け上がって、ちょっと大声を出しただけで、あっという間に酸欠、心臓もバクバクで破れそうだ。HP、残り1%。


 二十九歳だったはずだが、これじゃまるで、肉体は七十代レベルだ。目が霞む。カーペットの上に、体が崩れ落ちる。だんだん、気が遠くなってきた。


 せめて一人でも多くに知らせようと、手元のスマートフォンをタップして、軍事オタクの着弾予測を拡散する。


 やがて、窓の外が白い閃光に包まれた。

 迫り来る轟音が、耳をつんざく。


 視界が真っ暗になり、体も宙に浮き上がった。


(……あ、これ死んだな)


 意識が闇の中へと沈む寸前、耳元に声が響いた。


『――勇者様! あなたは、ご立派に人命を救われました。スキルのご加護を』


 次に目を開けた時、俺は草原に寝転がっていた。


 空は、やけに真っ青。視界には、馬の尻。生々しい、草と馬糞の匂い。朝日がまぶしい。


 そして、中世ヨーロッパ風の革鎧を着た三人の兵士が、知らない言語でワーワーとわめきながら、槍を構えて近づいてくる。


(なんだ? 夢か? ……それともこれが、例の都市伝説、「異世界転移」?)


 すると……顔のそばの何もない空間に、ゲームのポップアップ画面のようなウィンドウが、突然現れた。


〈固有スキルを獲得しました。あなたのスキル名は、【NEETニート】〉


「は? バカにしてんの?」


 無意識に手を伸ばしてウィンドウに指先で触れると、スキルの説明文が表示される。


Not inノット・イン・ Educationエデュケーション。学校行ってない〉


Not inノット・イン・ Employmentエンプロイメント。働いてない〉


Not inノット・イン・ Trainingトレーニング。訓練受けてない〉


「おい、やめろ! 俺の黒歴史を列挙するな!」


 はぁ……異世界に来ても、俺はニートのままなのか?


 ダメなやつはどこに行ってもダメ、ってか。こんなの、スキルでもなんでもないじゃん――


 軽くショックを受けている暇も無く、兵士たちが包囲網を狭めながら近づいてきた。地面で寝たままの俺の首元に、鋭い槍の穂先が突き付けられる。


「貴様、何者だ! どこから来た?」


 兵士の一人が、大声で怒鳴りつけてきた。やめろ、怒鳴るな、初めてのバイト先で即日クビになったトラウマを思い出す――


 ……ん?


 兵士たちの異世界語が、急に日本語音声へと変換され始めていた。視界の隅で、再びウィンドウが開いているのが見える。


 【NEET】スキル説明文の一節が、赤く点滅を繰り返していた。


 ポップアップウィンドウを慌てて再確認すると、さっき見たスキルの内容に、新たな文言が少し付け足されている。


Not inノット・イン・ Educationエデュケーション、学校行ってない


〈異世界語 自動翻訳モード〉


 ……なるほど。Not inノット・イン・ Educationエデュケーションってのは……単なる、俺への悪口じゃなかったらしい。学校で習ってない知識を得て、自在に活用できるスキルのようだ。


 ……ということは、こっちが話す日本語も、異世界語に自動翻訳されるのだろうか?


 知らない人間と会話するのは、大の苦手だ。だが、異世界で黙秘権が認められるとは限らない。むしろ、この状況で黙ってたら、このままあっさり殺されるだけかも……


 俺は勇気を振り絞りながら、声を出してみた。

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