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第3話 無能スキルの勇者候補!

 翌朝。王宮の内装はキラキラすぎて、寝起きの目には少々痛かった。


 天井から吊り下がる豪華なシャンデリア、床はピカピカの大理石。壁画は全て金箔張りの、「王様が戦いに勝った記念の絵」。負けてる絵は、一枚もない。大本営発表、ここに極まれり。


 縦横五十メートルはあろうかという巨大な大広間のど真ん中に案内され、立たされたまま待っていると、やがて国王と貴族の一団が入ってきて、壇上にズラリと並んだ。


「勇者候補、整列せよ!」


 玉座にふんぞりかえった白髪の国王が号令をかけると、ファンファーレと共に、赤いマントの金髪長身イケメンが、ズカズカと入場してきた。


 イケメンは、宙返りしながら剣を振り回し、ド派手な演武パフォーマンスをひとしきり見せつけると、ドヤ顔で俺を睨んできた。


「騎士団を代表して、このハロルド王子、魔王討伐に名乗りを上げまする。この『剣聖』スキルの名にかけて、全ては我が異母妹、アリスティアのために!」


 ……なんだ? 公開シスコン宣言か?


 続いて、スワンが口を開いた。


「聖職者代表は、この私です……神は、女性よりも男性を優秀に作りたもうた。そして、この国の男性で最も優れたスキル『聖なる光ホーリーレイ』を持つのが、この私です。神に愛されし私の力で、魔王を倒してみせましょう!」


 いきなりキッツい女性差別発言をかました聖職者スワンが両手を広げると、無数のまばゆい光輪が、彼の周りを取り巻いた。


 彼の指には、髑髏どくろの飾り付きの宝石入り指輪。口元には冷笑が浮かぶ。


「どうです。攻撃、防御、治癒にも使える万能スキル。ハードな修行の成果ですよ」


 俺の方をチラリと見ながら、スワンは牽制するようにそう言った。どこまでも上から目線なやつだ。


「そして地方貴族代表、『暴飲』スキルの、スライム伯爵」


 伯爵……? スライムが貴族なの? 困惑していると、直径二メートルほどの青いぷるぷるの塊が、頭にシルクハットを載せ、小刻みに震えながら入ってきた。


「ぷるっ、ぷるぷる!」


 ……どういう経緯で爵位を得たのか、聞いてみたい。


「最後に、異世界召喚者、ヒキ・ニート、前へ!」


「比企新斗です。ア・ラ・ト」


「細かいことはよい。王都で発音を直せ。ともかく、以上で神託の通り、勇者候補四名が全て出揃った。魔王教団壊滅のため、力を合わせてもらいたい。魔王の首を取った真の勇者には、アリスティア王女と結婚する権利を与える」


 壇上に立つ水色ドレスのお姫様が、扇をパタンと閉じて会釈した。ハロルド王子が笑顔で手を振るが、アリスティア王女は顔をしかめ、明らかに嫌がっている。


 もしや彼女があの動画広告の少女かと目を凝らしてみたが、違った。アリスティア王女も美人には違いないが、動画広告の可憐な少女とは異なり、鋭いアイラインが特徴的で、勝ち気そうな顔立ち。長い金髪をクルクル巻き毛にしている。


 アリスティア王女は、俺をつま先から頭まで値踏みするように見ると、口を開いた。


「あなた……本当に、最後の勇者候補なの? だったら、スキルの加護があるでしょう。見せてもらえるかしら」


「……分かりました」


 仕方ない。実力をあまり引けらかすなという墨子先生の戒めには反するが、最低限の自己アピールだけはしておこう。


 情報系能力の〈Not inノット・イン・ Educationエデュケーション〉は、あまりアピール向きじゃなさそうだ。


 俺は通販機能〈Not inノット・イン・ Employmentエンプロイメント〉を起動した。ずっと立たされっぱなしで疲れたから、ゲーミングチェアでも出そう。


 ……ところが、画面には今までと少し違う表示が出ていた。


〈現在地 カラナシア王宮 あなたの住居ではありません〉


〈通販モード 食料品のみ購入可〉


 なるほど……護送中は護送馬車が俺の住居だったから、布団やトイレが出せた。だが、昨晩は物置で寝たから、物置が現在の住居扱いになっている。


「ここでは、住環境関連グッズは出せないってことか……」


 ゲーミングチェアはあきらめて別の品を出そうと、焦って画面をタップする。俺の様子を見て、大広間がざわつき始めた。周囲の人間に、俺のタッチパネルウィンドウは見えていない。


「何もない空間で、指遊び……あの男、何のつもりだ?」


 聞こえてくるヒソヒソ声と失笑に少し気恥ずかしい思いを感じながらも、〈Not inノット・イン・ Employmentエンプロイメント〉の食料品メニューを開いた。今ここで出すなら……これがいい!


 ターンッ!


 勢い良くタップすると、お目当ての商品が即座に届く。揚げたてアツアツの唐揚げ5個入りパックが、俺の手の中に出現していた。


「何なんだよ、それは……」


 ハロルド王子が不快そうな表情もあらわに、俺を指差す。失礼だな。


「唐揚げですよ。あ、引いちゃいました? 俺、朝から揚げ物イケる派なんで」


「つまりあなたのスキルは……手から唐揚げを出す能力なの?」


「いや、それ以外も出せますけど、今は唐揚げの気分で……」


「笑止千万ですな。働かざる者、食うべからず!」


 スワンが話を遮った。


「比企新斗、君の力はこんなものじゃないでしょう。王命を愚弄するのも、たいがいにしなさい!」


 ハロルド王子も、国王に訴える。


「父上、こんな下賤な手品師が、勇者パーティーに紛れ込むなど、納得できません。実力をはっきりさせるため、試合の許可を!」


 こうして、食料品しか出せない状態の俺と、『剣聖』ハロルド王子が、大広間で練習試合をすることになった。


 双方、一本ずつ木剣が与えられる。

 俺は、防衛戦モード〈Not inノット・イン・ Trainingトレーニングを、タッチパネルウィンドウで開いた。


「おい、冗談じゃないぞ……全部、使用不可かよ⁉」


 城や陣地みたいな防衛対象が設定されてないと、この機能は全く動作しないらしい。


 『墨攻』みたいに地面に木剣で線を引いて、この円の中が俺の城だ、と宣言すれば、封じられた防衛戦モードが解放されないだろうか?


 だが、床はピカピカの大理石だった。木剣で線は引けそうにない。


「それでは、試合開始!」


 合図と同時に、俺は必死で、新たなウィンドウを開いた。


Not inノット・イン・ Employmentエンプロイメント


〈通販モード 食料品のみ購入可〉


 ハロルド王子は『剣聖』スキルを発動し、闘気をチャージする。彼の木剣が、金属のようにまぶしく光り始めた。床の大理石に反射して、目がチカチカする。


「さあ、かかってこい新斗! このハロルドに一撃でも当てたら、勇者パーティーに入れてやろう。役目は、食事係だけどな!」


 俺は無視して、大広間の端っこまで後退しながら、通販モードを鬼連打した。二リットル入りのボトルを十本購入して、足元にズラリと並べてみせる。


「さあ、これが俺の城だ! そっちから攻めて来い!」


「ハッ! そんな貧相なバリケードの内側に逃げ込んで、みすみす『剣聖』の斬撃で頭を割られたいか。ならば、望み通りにしてやろう。妹は、誰にも渡さん!」


 闘気を満タンに貯めきったハロルド王子は、雄叫びを上げながらその場で剣を振り下ろして威嚇した。床に亀裂が走る。突風のように立て続けに迫る衝撃波だけでも、俺の体が吹き飛ばされそうだ。


 何とか壁を背にして耐えながら、俺は相手の足の動きを冷静に観察した。


 ハロルドが、突進を開始する。距離、約二十五メートル。


 二十メートル。


 彼が十五メートルの距離まで踏み込んだ瞬間、俺は、開封した十本のボトルを次々と蹴り倒してやった――


「うおっ? うおおおおお⁉」


 ツルッ、スベッ、クルン。


 大量購入したボトルの正体は、二リットル入りの〈サラダ油(大)〉。総計二十リットルの油が、床にこぼれて流れ出す。


 さらに追い打ちで、王子の足元にコロコロと木剣を投げつけた。


 ハロルド王子は、赤いマントを颯爽とひるがえしながら転倒。そのまま床を滑走していく。大開脚ポーズで、場外へ一直線。


「お、お兄様⁉」


「おお、神よ……」


 壁に激突し、自慢のマントも油まみれになりながら、ハロルド王子はズタボロで立ち上がる。


「こ……これは異端の魔術か⁉ 謎の液体魔法、卑怯なり!」


「サラダ油です」


 その時、スライム伯爵が動いた!


 つるっ……

 ぷるるん!


 流れたサラダ油で、彼の巨体も滑り出したのだった。その体はフィギュアスケートのように、場内所狭しと滑って動き回る。


「ぷるるるるるるっ⁉」


 スライム伯爵の、華麗なるスピン。大広間に拍手が沸き起こる。楽団が生演奏まで始める始末。カオスだ。早く誰か止めてやれよ。


 国王は溜め息をつきながら、俺に勝利を言い渡した。


「比企新斗。そなたの、場外勝ちだ。しかし……」


「父上、こんな卑怯なやつと、パーティーは組めません!」


 ハロルド王子が国王に訴えた。スワンも同調する。


「彼がスキルの加護を得た者であることは、確かです。しかし、今のは単に油を撒いて、転ばせただけ。魔王との実戦に役立つかというと……むしろ、足手まといかもしれませんな」


「ぷる、ぷる!」


 ようやく、油を吸い切って動きが止まったスライム伯爵も、全身を真っ赤にしながら憤っていた。


 国王は深くうなずき、言葉を続ける。


「……しかし、パーティー編成には、まだ再考の余地がある。まずは四人で、街道に出没する山賊を討伐して参れ。山賊討伐での働きに応じて、今後の方針を決めるものとする。明朝、出発せよ。今日はこれまで」


 全員が一礼し、国王は退出していった。


 やれやれ……野外での山賊討伐か。俺のスキルは、自宅警備に特化してんだよ。残念ながら、あまり役に立てそうにはないな。


 その時、アリスティア王女が俺の近くまできて、小声で話しかけてきた。 


「比企新斗さん。私、あなたに期待してるの」


「俺にですか? 俺みたいなニートに期待されても……」


「だって私、魔王を倒した男と結婚しなきゃいけないのよ⁉ ハロルドお兄様ってば、それを知って、わさわざ勇者に立候補してきたの。キモすぎでしょ! お父様も、なんで変態お兄様を止めないのかしら。どうかしてるわ……」


 知らんがな。王族の倫理観なんて、庶民とは違うだろうし。


 ……とは言え、墨子先生も言っている。仮に、妹が美女でもあるとする。しかし、妹を愛することと、美女を愛することは、論理的に物事の筋道が違うのだ、と。


 ハロルドは、アリスティアの女としての魅力に目がくらみ、兄妹として当たり前の筋道を見失ってしまった男なのだろう。


「女性を見下してるスワンも、大嫌い。スライム伯爵は……王宮のマスコット&掃除係なら欲しいけど……結婚相手としては、考えられないわ。あなたが、一番マシなほうなのよ」


「消去法……」


「ねえ、だからお願い。明日から、本気出して」


 アリスティアは、切羽詰まった表情で囁く。


「ちゃんと実力を認めてもらって、勇者パーティーに入りなさい。あなたに、魔王を倒して欲しいの」


 そう言うとアリスティアは、可愛らしくウィンクしながら去っていった。


「これは命令だからね!」


 ハロルド王子の殺意に満ちた視線が、俺に鋭く突き刺さる。 


 野外活動。味方のはずのシスコン剣聖は、敵対心マンマン。


「マジ、無理ゲーだっつーの……」


 俺には少々、難易度の高いステージだ。


 だが――「かたきをす者は、必ずの欲するものを得る」とも、『墨子』にはある。


 難しいことに挑戦して成し遂げた者だけが、欲しいものを手に入れる。ゲーマー魂を、大いに揺さぶられる教えじゃないか。


 スキル【NEET】の力で山賊討伐クリアに貢献したら、せめて、物置より少しマシな住居を、褒美にもらえないかな。  


 真の勇者の称号とか、王女の結婚問題とかは、正直どうでもいい。


 俺が欲しいものは、ただひとつ――


 より快適な、引きこもりライフだ!


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