私、杠葉(ゆずりは)雨音(あまね)はその夜、悪夢を見た。
「よぉ、起きたか?」
「貴方は誰ですか?」
目の前にいる人物は私が起きるや否や、声をかけてきた。彼には黒い翼が生えていて、背中には鎌を背負っていた。あきらかに人間ではないことはたしかだ。
「オレ様は死神。見てわからないか?」
「死神が私になんの用ですか?」
人間の前に死神が現れる理由はその人の寿命が近いから。だが、私は至って健康だ。
今まで重い病気になったことはないし、風邪だってほとんど引かない。そんな私に余命宣告?
「オレ様はお前に一目惚れした!」
「え?」
「魔界からお前のことを見た日、電撃が走ったみたいにビビッと来たんだ」
「はぁ……」
あまりにも唐突すぎて、頭の理解が追いつかない。私はこの死神を見たことがないし、ましてや名前すらも知らない。そんな相手から告白?
人間なら百歩譲って考えたかもしれない。けれど、相手は人間どころか人間の敵じゃないか。
「それで私に何をしろと?」
「察しが悪い奴だな。オレ様が直々に会いに来てやったというのに」
「……」
夢の中まで入ってくるなんて迷惑な死神だ。出来ることなら早く現実に返してほしい。
「オレ様と付き合え!」
「む、無理です」
「何故だ!?」
「貴方に興味がないからです」
「もう少しオブラートに断れないか」
「期待を持たせるのも可哀想ですし、なにより私が死神にいいイメージを持っていないので」
はっきりいえば、そのまま去ってくれると思った。しかし、それが間違いだった。やはり相手は死神。一筋縄じゃいかない。
「オレ様は傷ついた! もういい。お前の寿命を奪ってやるっ!」
「っ……!」
鎌を振り下ろされた。恐怖のあまり、その場に座り込んでしまった。数分経っても痛みを感じなかったので目を開けると……。
「お前は1ヶ月後に死ぬ! これは脅しでも嘘でもないからな」
「なっ」
「オレ様をフッたことを後悔しやがれ! 誰かにこのことを言ったら数分で死ぬ。また会いにきてやるから覚悟してろ」
「ちょっ……まっ……!」
私は死神に手を伸ばすも、死神を捕まえることは出来なかった。
「……!」
最悪の目覚めだ。死神に一目惚れされ、告白を断ったら寿命を奪われた。
私は1ヶ月後に死ぬ……? そんな勝手が許されていいものなのか。だが、鎌を振り下ろされたとき、私は見たんだ。数字のようなものが鎌に吸い込まれていくのを。おそらくあれが私の本来の寿命だろう。
悠長にしてる場合じゃない。先に死ぬとわかっているなら、私は今すぐしなければならないことがある。私にはわずかな時間しか残されていないのだから。
今日、私は長年好きだった相手に告白をする。話はまずそれからだ。
◇ ◇ ◇
「蒼羽。今日のお昼休みに話があるの」
「昼休みは用事もないから平気だが、突然どうした?」
「どうしても蒼羽に伝えなきゃいけないことがあって……」
「そうか。なら、昼休みに屋上で待ってる」
「うん」
朝の登校中、私は蒼羽とそんな話をした。いきなりでごめんね。でも、私には時間がないんだ……。
夢咲蒼羽(ゆめざき あおば)。サラサラの短髪黒髪に吸い込まれそうなほど綺麗な茶色がかった黒目。
蒼羽は私と同じクラスで隣の席だ。そして、昔からの幼なじみで私の好きな人。
お互いに言葉にしなくても、相手の言いたいことは大体わかるくらい仲良しだ。まわりからはバカップルなんてウワサされているくらい、私たちは行動を共にしている。だけど、実のところ私と蒼羽は付き合っていない。
私は蒼羽のことが好きだけど、蒼羽が私のことをどう思っているかわからなくて、今の今まで黙っていた。もし、幼なじみの関係が壊れてしまったら? なんて考えていたら、気持ちを伝えるのを躊躇していた。
蒼羽の考えていることは察してきたつもり。けれど、蒼羽の本心だけは海の底よりも深く、私には到底理解できない。
だから私が告白して、蒼羽が「俺も好きだった」なんて、都合のいい結末が待ってるとは思わない。そんなことを考えながら聞いていた授業は当然のように耳には入ってこなくて。
蒼羽、驚くかな? 私が蒼羽のことを好きだったってこと。それとも、もう気付いてる? それでいて知らないフリをしている? 不安は雪のように積もるばかりで、私の心はちっとも晴れない。
「ずっと前から蒼羽のことが好きでしたっ……!」
なんて、少女漫画では何回も聞いたであろうテンプレセリフを私は蒼羽に向けて言い放った。幸い、屋上には私と蒼羽の二人だけ。
いつもは女子で賑わう屋上なのに今日に限って人がいないのは、私が告白することを察してなのか。はたまた神さまからの応援か。
昨晩、死神をこの目で見た私だからこそ、神さまの存在ですら今なら容易く信じてしまいそうになる。
「そう、か」
「蒼羽?」
心臓が破裂するほど緊張した告白。上手くいくかな? ちゃんと伝わってるかな? と蒼羽の顔を見ると、すぐさま視線をそらされてしまった。
そのとき、私は全てを察した。あぁ、この告白は上手くいかないだろう、って。
「ごめん雨音。俺、雨音のこと幼なじみとしてしか見てなくて。出来ればこれからも幼なじみとしてやっていけないか?」
「……」
ほら、やっぱり……。ショックのあまり逃げ出しそうになる。けれど、ちゃんと答えなきゃ。蒼羽に申し訳ない。悲しくて泣き出しそうになる私は自分の感情を押し殺し、蒼羽にこう言った。
「わかった。明日からも幼なじみとして、よろしくね」
そういって手を差し出した。これすらも拒絶されたら私は蒼羽から距離を置こうと思う。
「あぁ、よろしくな。勇気を出して告白してくれてありがとな」
久しぶりに触れた蒼羽の手。いつの間にか、こんなにも男の人になっていたんだね。
「どういたしまして」
振られても尚、蒼羽のことを嫌いになれないのは何故だろう。考えた結果、いつも一つの答えにたどり着くんだ。
蒼羽は優しい。だって今だって、私の告白を無かったことにはしなかった。ちゃんと向き合って、しまいにはお礼まで言ってくれた。
そうだよ。勇気出したんだよ。恥ずかしかったよ。その気持ちが蒼羽に伝わっただけでも、私の告白が少し報われた気がした。