◇ ◇ ◇
それから一年が経った。桜が舞い散る季節。私たちは高校三年生になった。
「蒼羽。ここで少し休もうか」
「そうだな」
私は蒼羽の車椅子を止めた。あれから蒼羽はすぐに車椅子生活になった。私はそのサポートをして蒼羽を支えている。
私も失われた記憶は未だに一つとして思い出さないけれど、蒼羽が過去に私と行った場所の話を嬉しそうに語ってくれるからそれで満足している。
私たちは未来に向かって動き出している。お互いに失われた代償は大きいけれど。
一人で出来なければ二人で支えあっていけばいい。人間とはそういうものだから。それでも時々寂しさを感じてしまう。私だけ記憶がないというのはつらい。
世界に私だけ取り残された気分だ。
蒼羽は以前の私と今の私をどう思っているのだろう。やっぱり以前の私のほうが良かったのだろうか。これから先もその不安は付きまとう。
あれからアイルは私たちの前に一度も姿を現してない。一体どこへ行ってしまったのか。
やっぱり死神だから地獄へ帰って行ったのか。それとも私以外の余命宣告を受けている人たちの元へと姿を現し、以前のように仕事をしているのか。
もう私には用はないだろうし、これから先も会うことはきっとないのだろう。もしかしたら私の本当の余命が尽きる前に迎えに来てくれるかもしれないけれど。
一瞬、強い風が吹いた。それは春一番といった表現がピッタリ。風が吹くと同時に懐かしい声が私の耳を揺さぶった。
『オレ様からの季節外れのサプライズをお前らにくれてやる。雨音、頑張れよ』
「……! アイル」
私がアイルの声を呼ぶと同時に頭の中にいくつもの記憶が流れ込んできた。それは生まれてから今までの思い出。
蒼羽と初めて出会い、好きになった。そしてアイルと出会い、蒼羽に告白したこと全て。
「蒼羽。私、思い出したよ。蒼羽と幼なじみだった頃の記憶」
どこにいるかもわからないアイルに私は『ありがとう』とお礼を言った。最初は嫌な奴って思ったけれど、今はすごく感謝している。
そういえばサプライズは私と蒼羽って言ってたような……?
「雨音」
「わっ!」
「俺、目が見えるようになったんだ」
「ほんと?」
「あぁ。雨音のこともよく見える」
「良かった……」
私は安堵の声を漏らすと共に喜びで舞い上がっていた。蒼羽からの抱擁を受けて嬉しかった。あたたかいぬくもりに安心する自分がいた。奇跡が起きたんだとお互いに喜びあった。
だけど私は知っている。この奇跡を起こしたのは紛れもなくアイル。死神なのにサンタさんみたいなことするんだね。
「雨音。聞いてほしいことがあるんだ」
「なに?」
改まってどうしたのだろう? 蒼羽の真剣な眼差しに目をそらすことは出来なかった。久しぶりに見た蒼羽の瞳はどんなものよりも美しかった。
「俺と付き合ってほしい」
「え!?」
私は突然の告白に開いた口が塞がらなかった。今、なんて言ったの? 蒼羽が私のことを好き?
だって、私が告白した時は『幼なじみとしてしか見ていない』って。だから私は幼なじみでいることを決めたのに。
「俺、幼なじみの関係を壊したくなくて今まで黙ってたんだ。本当はずっと前から好きだった。だけど前の俺じゃ大切に出来る自信がなくて、わざとお前の告白を断ったんだ。そんなこと無意味だって、やっとわかった。お前を傷付けるくらいなら、あの時の告白を受けるべきだった」
「蒼羽」
「俺はお前を何度も悲しい目に合わせた。お前を忘れようと他の女子に誘われて夏祭りに行ったりもした。だけど駄目だった。お前以外の女は眼中にも入らなかった。今更どんなツラして告白だよって言われるかもしれないが、俺はお前と恋人になりたい。駄目か?」
「良いに決まってる。ずっと待ってたんだからっ……」
我慢していた涙がこぼれ落ちた。これは決して悲しい涙じゃない。嬉しくて泣いてしまうのだ。
「待たせてごめん。遅くなって悪い。けど、これからはお前のことを一生大事にするから。だからこれからは恋人として俺の側にいてくれ」
「うんっ……! こちらこそよろしくね」
その日、私たちは結ばれた。これは死神に魅入られた私が幼なじみと恋人になるまでの物語。
完。