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 「そのとき海はひろかった」


 滝原邸は、広い。

 どのくらい広いかというと、海が飲み込めるほど、――というのは例えだが。

 白砂の敷かれ遙かに松の見える背景にある借景ではない緑濃い山々といい。

 池に鯉、白砂に岩で描いた波と海を模した石庭。

 日本庭園といって想像される典型的な和風の造りと広い縁側に見事な畳の部屋が幾部屋も連なる屋敷。

 門構えも下手をすればその門として構えられている屋根の下に設けられた一室で小市民なら生活ができそうだ。昔は馬揃えとか何とかいう、馬とか小廻りの者達が控えていた小部屋らしいものがそのままあったり。

 門から、屋敷に辿り着くまでが相当あったり。

 そのまま、本当に海も呑み込んでもおかしくない、―――。

 否。

 海は、呑み込まれていた。

 実をいえば、滝原邸の一部には、庭に海が引き込まれている。

 何をいっているのかと思われるだろうが、事実である。


 大名屋敷というものをご存知だろうか?


 江戸時代という武士が平穏にこの國を治めていた時代に、統治者達の一員である大名達が、大きな屋敷を江戸の地に設けていたのだ。トウキョウと呼ばれることになった現代の過密都市からすれば信じられないくらいに広大な土地を贅沢に使った屋敷を大名屋敷はもっていた。そして、その中にいたのである。

 大名屋敷はその広大さ、あるいは庭の見事さ趣などをみせる趣向が大名達の名を高めた時代である。要は、見事な庭、話題になる庭を造らなくては、恥を掻いたのだ。大名が掻く恥なんて、大変である。隣の大名屋敷より、庭の広さが劣っていたり、或いは石組みが下手だったりとしたら目も当てられないのだ。

 といっても、広さには限界がある。当時、大名屋敷は大名達を率いる幕府から割り当てられた土地に建てねばならぬと決められていた。さらに、場所だけでなく、建物を高くしたりすることも禁じられていた。

 あまり建物や塀を立派にしすぎると、謀反の疑いありとして取りつぶされる危険があったのだ。

 だから、別の処で競う。

 勝てなかったら、赤っ恥である。

 少なくとも、面目を失う。武士が面目を失えば刃傷沙汰になるのは確実で、命の遣り取りなんてそうそうやってもらっては困るから、別の処で競うことになる。

 それが、庭である。

 庭なら、広さはともかくも季節の花や樹木の見事さ、運び込んだ岩の色とか形を話題にすれば何とかなる。ちょっと庭が広くなくても、これこれこういう趣向をこらしておりましてな、なんていっていると間が持つのだ。あまり金を掛けずに済む、という話でもある。趣向なんて、気のせいだってすむのだから。

 それはともかく。

 そんな折、広さと立地にものをいわせて、海を庭に引き込んでしまった大名があった。風情とか趣向とか、そんな細かいことは後でいえといわんばかりである。

 庭に小細工して、どうです凝ってますでしょう、とかいって誤魔化そうとしていた庭普請派閥にしてみれば、目の上のたんこぶである。

 まあ、そんな風に当時の空気を読まず、豪快に庭に海を引き込み景色としてしまった大名がいた。

 現在、空気を読まないことでいえば日本一といわれる滝原家。

 その滝原邸が設けられているのが、その大名屋敷があった庭を含む敷地である。

 豪快に、世間とは対立している。

 いや、そもそも世間は滝原家を知らないと云う方が正しいだろう。

 世界の財をすべて集めて地に積んでも、購えないといわれたほどの「世界珠」と呼ばれる「宝珠」を滝原邸は其処に隠している。

 滝原家は代々その宝珠を秘して護り続けて来たといわれている。

 世間は、知らない。

 しらないが、世間と対立しているといわれるのは、その巨大な存在自体だ。

 財閥として存在し世界に覇を唱えて既に百世紀。


 世界の扉。


 或いは、世界呪とも呼ばれる世界の宝珠。

 世界樹とも、世界珠、或いは何と呼ばれることがあっても。

 それが、世界の存立を根本から支え世界が在るように護り続ける宝珠であることにはかわりもない。

 滝原邸には、それがある。

 トウキョウ、の狭い都市にひしめく人々を嘲笑うかのように広大な敷地と庭をもって。古の大名屋敷といわれた屋敷と庭をそのまま引き継いだかのように。

 或いは、それ以上の規模をもって滝原邸は「世界珠」を護り続けている。

 それが、滝原邸である。


 そして。

 その滝原邸に住むのは、一人の老人。

 そして、その孫娘。


 滝原老人と、孫娘のマナ。


 居候が、一人。

 数ヶ月前から、この屋敷で世話になることになってしまった壇上少年。

 そして、居候ではないけれど。


 滝原老人の依頼を受けて、この屋敷に住む二人。

 レイン・ジーン少年と、部下の篠原の二人。


 そして、何より大事なことだが。


 御猫様が、おられる。

 名を、ミルラと呼ばれる美しい猫様である。


 この五名と猫様が、この広大な滝原邸に住む全員である。

 極普通の少年である壇上に、どこをどうみても普通には見えない金髪碧眼の美少年、レイン・ジーン。その配下である背の高く強面スーツの篠原と。

 滅多に姿をみせない滝原老人。


 そして、今日も滝原邸では孫娘のマナが料理を作る。

 元気で、かわいい美少女マナ。

 美猫のミルラ。


 これは、そんなかれらの日常と。

 「世界樹」であり、「世界呪」でもある「世界珠」を護る為に。

 ありとあらゆる手段をもちいて、平穏な世界を護る為に「仕掛け」を駆使して闘い、ねこ様に鰹節を献上してよろこんでいただく、―――。

 そんな物語である。





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