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死女

1 街路掃除の壇上少年


 数か月前。



 街路を市街地から外に掃除するのが、壇上少年の仕事だ。

トウキョウは街路もせまく、幾重にも街が重なり広がっていてごみごみとしている。

尤も、そのトウキョウ市も市街地を形成する円状の境界線―――環状市街領域を出れば、広がっているのは荒野だ。

 灰色のひび割れた大地が広がっている。

 何処までも平らで、ひび割れた灰色がひろがっている世界。

 荒野は、もちろん掃除の対象ではない。

 だから、その日も普通に壇上少年は市街地との境界線に円を描いて取り巻いている環状線になる街路を掃除していたのだ。

 もっとも、円状の環状線――市街と荒野をわける街路に人気はない。時折大きく吹く大嵐とか、砂嵐とかに巻き込まれない為には、市街の内部にこもるのが一番だった。

 だから、孤独に壇上少年は掃除をしている。

 黙々と、普通に。

 いつもの日常とかわりなく。

 街路掃除はいい給与が出る上に、淡々と進めることがいやでなければ結構いい仕事だと壇上少年は考えているのだ。

 特にだれと会うこともなく。

 平和にいつも通り、地道に掃除していく。

 ごみは、持ち歩いている市の支給品であるポケットローラーに入れる。

 文字通りポケットの形をしていて、服に貼り付けてつかうローラーだ。例えば、ビンとかが落ちていても、それをひろってポケットに入れると。

「――――」

 道に落ちていたビンを、壇上少年がポケットに入れる。

 しゅん、と音がして、立体だったビンがポケットの中でローラーされて平たくなる音がする。その後は、多分、市の環境保存局にあるリサイクルセンターへと自動的に転送されるときいていた。

 ビンをひろったあとも、ゆっくり壇上少年は掃除をしながら進んでいく。

 砂塵が少しきつくなってきて、壇上少年は視線を荒野へと向けた。

 ひび割れの大きな荒野は、確か歴史の授業で一万年ほど前に作られたという。

 ――一万年前って、実感わかないよね。

 淡々と考えながら、視線を何故かそのとき荒野においていた。

 すこしだけ、掃除の手をとめて。


 あとから、なんでこのときだけ荒野なんてみてたんだろう、と考えるのだが。


 それに結論は出ていない。

 それはともかく、このとき壇上少年は何故か砂の舞い始めた荒野を見つめていた。壇上少年が生まれる以前なんてときよりずっと前から広がっている荒野は当たり前の存在で。砂が舞い始めたのをみても、また掃除しなくちゃ、とおもっただけだ。それと、掃除するには砂とかゴミがなくてはいけないから、これで仕事ができるよね、とかいうことも。

 実は、ちょっとほしいものがあって、普段の小遣い稼ぎ以上にちょっと壇上少年は稼ぎたかったのだ。

 なのだが、――――。

「あれ?」

 めずらしく、一人言を壇上少年がくちに出していた。

 無口で一人黙々と掃除をしていても全然堪えない壇上少年。我ながら、掃除に向いた性格してるよね、とか思っていたりしたのだが。

 砂嵐が遠く始まりはじめている。

 砂が飛び、目を細めた。

 それは、シールドに本来守られている市街地に入ることはない細かな砂が、まるで目に入ったかのような動きだったが。

 単に、それは反射であり、必要のない動きではあっただろう。

 砂塵はその一粒さえ、市街地を護るシールドを越えることはない。

 壇上少年が、一度も市街地を護る環状線を越えて、その外へと出ようとは思わなかったように。

 ―――おもわなかった、けして。

 この刻までは。



「…――――え?」



 そのすがたが、…―――。



 少女の、白く揺れる髪が、―――。

 俯いて倒れた、そのすがたが。

 汚れて、白だったろうブラウスは、何処か欠けて破れていて。

 プリーツのスカートが紺なのか黒なのか他の色なのか、すでに砂にまみれてわからなかった。

 倒れ伏している、動かない少女のすがた。

「なんで、…―――ひとが?」

 そと、にひとがいるなんて、と。

 茫然として、壇上少年は砂嵐の近づくひび割れた灰色の大地に倒れている少女の姿をみてつぶやいていた。

 砂嵐は、ほんの数刻で辿り着き、あの少女を吞み込んでしまうだろう。

「――――…!」

 無言で、踏み出していた。

 どうして、その刻その勇気が出たのか、しらなかった。

 唯、もうすぐに嵐がくること。

 嵐がどれほど恐ろしいかを、壇上少年はトウキョウ市に住むものとして身に刻むようにして習っていた。それは確実に命を奪う嵐である為に、けして外へ出ないようにと、―――さらに、絶対に間違っても誰かを救助する為にでも、嵐をみた外へは出ていけないと身に染みて学ばなければ生き延びてはいかれないのがこのトウキョウ市であったからだ。

 「そと」と接触する機会の多い環状線を掃除する仕事をしている以上、それは厳しく叩き込まれていることでもある。

 だから、本来はそうするはずがなかった。

 壇上少年は、最低限として報告を市に行うか、仕事先に連絡するかして、要救助者が市街地外にいるという事実を告げることが本来するべきことであったのだ。

 唯、かれはそうしなかった。

 単に、目の前に救助を必要としている少女が倒れているという、それだけのことに反応してしまったのかもしれない。

 本来なら、そうしてはいけなかったのだ。

 だが、壇上少年は「そと」へ。

 一歩を踏み出していた。

 砂嵐が目の前に近づいている。


 たおれた少女は動かない。


 壇上少年は、そのもとへ一歩踏み出していた。

 砂嵐が襲い来る罅割れた大地。

 シールドが円状に市街地を護るその「そと」へ。



 壇上少年は、たおれている少女のところへと足を踏み出していたのだ。――――











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