「ミルラ日記」
403号室。
高額所得者が住む割には目立たない外見をもって特徴としている低層マンションの四階に猫がいた。
「…………」
無言で猫を見詰めるのは、篠原。
長身をいまは折りたたむようにして座って、床にいる猫と向き合っている。
きれいな毛並みの猫だ。
シャム猫、というのだろうか?
白い毛並みに薄茶の模様が淡く、またよく手入れのされた猫である。
「…………」
どこからどうみてもどこかの飼い猫を前に無言で篠原は見詰めている。
長身でかつ強面な篠原が無言でいると見詰めているだけで泣き出す子供も多い。
いや、こればかりは子供だけでなく、隙なくスーツなど着て街に出た日にはもれなくあらゆる年齢層の相手が道をよけてくれるという特典もつくのだが。
いや、そんなことはどうでもいいが。
黒いシャツにスーツ上着は脱いでいるがきちんと留めたワインカラーのネクタイ。渋い表情で無言でいる篠原。
大きな手を篠原が猫に向けた。
長く猫の首など一掴みで捻れそうな手が。
猫はじっと篠原を見上げている。
「おや、おりこうだねえ、どうやってここまできたの、ミルラちゃん」
と、横から明るい声が響いて小柄な手が猫をさらりと掬い取った。
「――――」
無言で、ゆっくりと篠原がそのほうを見る。
猫を抱えて、にこやかに笑いかけるのは小柄な美少年。
金髪碧眼の美少年だ。
きちんとスーツを着た美少年が、笑うとかわいらしくみえる笑顔で目を細くして猫に話し掛ける。
「滝原さんの処から、どうやってここまできたんだろうね?いやかわいいなあ、ミルラちゃんは。」
猫の脇を抱えてたらんとさせると、にっこりわらってその耳をかぷりとかんだ。
「―――――」
思わずも、目を見張る篠原の前で。
「ん、今日も健康だね、ミルラちゃん」
「…――――」
「ほら、しーくん、ちゃんと滝原さんちまで送り届けるんだよ」
猫を笑顔のまま篠原の腕に預けて、小柄な美少年は隣の部屋に消えていく。
「――……」
腕に、猫。
たらりと伸ばされて、そのうえ耳まで噛まれた猫の背を思わず座りやすいように抱えて撫ぜる。
小柄で無害そうな美少年、ミルラプロジェクト社長レイン・シード。
強面篠原の社長である。
「――――…」
無言で、篠原が立ち上がった。部屋を圧倒する圧迫感がある。
丁寧に猫を抱えると、篠原はじっと猫の耳を見た。
「――――」
眉を寄せる。と、ミルラはぷいと横を向いた。
「―――――」
難しい顔をして猫を見詰めると、それから前を向く。
大事に猫を抱えると、無言で歩き出す篠原である。
こうして三日に一度は猫を腕に歩く篠原の姿が、ミルラプロジェクトと滝原邸の間で見られるのである。