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小話「本日も青天なり」



 良く晴れた青空のもと。

 大きな買い物カートを押していくのは、強面のサングラスに縞のスーツをびしりと決めた長身に威圧感のある男。

 篠原である。

 無言で、すでに野菜や何やで一杯になったカートを押し進んでいる。

 微妙に強ばった表情の人々が篠原の押すカートを通すように波がひくようにして二つに割れていく。

 混雑しているはずのスーパーが、そこだけ実に通りやすい空間となっている。

「あとは、お肉!しーくん、こっちだよ、大丈夫、重くない?」

 にっこり振り向いて声を掛けた少女が笑う。

 明るい笑顔の少女、滝原マナ。

 溢れる笑顔で強面を崩さない篠原に屈託なく話し掛ける。

 黒髪を肩で切り揃えて笑顔がとても似合う小柄な美少女が、無邪気に強面の篠原に話かけるのを。

 篠原にマナが話し掛けた段階で、思わずびくりと篠原の反応を固唾を呑んでギャラリーが見守っていた。

「うす」

大丈夫です、と無言で肯いてから付け足す篠原に。

「うん、そう、よかった。あとはお肉だけだからね。しーくん、お肉、どっちがいいとおもう?」

こっちの方が安いよね、あ、でもやっぱり日本産かな?とか、オージービーフと松坂牛を比べているマナにギャラリーが声にならないどよめきをころす。

 マナの手には本日特売!と黄色地に赤で印刷されたシールが張られたオージービーフ。

 ギャラリーが篠原の返答に固唾を呑んだ。

「……自分は、松坂かと」

「あ、そだよね!おじいちゃん、舌こえてるし。おいしいほうがいいよね、ちょっと高いけど」

「予算は、ありますから」

ぼそり、と金額を気にするマナに篠原が俯き加減に付け加える。

「じゃ、決まりっ。今日は、皆いるんだよね?沢山つくるから、沢山食べてね!」

「うす」

明るくマナがはりきり、その後をカートを押しながら篠原が従う。

清算を済ませて、広い駐車場にカートを押す篠原を振り向いてマナが云う。

「ごめんね、でも、おじいちゃんも大袈裟なのに。いくら荷物が多くなるっていっても車で送り迎えなんてしてもらわなくていいのにね」

「いえ、仕事ですから」

「大変だよね、しーくんも。あ、でも、助かるよ?ありがとうね!」

 にこやかに、笑いながら大きく篠原の背を手で叩いたりする。

 すれ違った客が強ばってそれを見ていたりなどしたが無論マナは気付いていない。

 そしてカートを返そうと、空になったのを押して行こうとしたら。

 さり気無く駐車場に置かれているカート回収場を整理などしていた従業員が飛び出てきて、マナの手から空になったカートを笑みを浮かべながら飛ぶようにして引き取って運んでいってくれるのに首を傾げる。

「あ、ありがとーございます――?いっちゃった。最近、親切なひと多いんだよね。このスーパー」

なおも首を傾げるマナに真面目な顔で篠原が眉を寄せる。

「ま、いっか」

 スーパーで妙に親切な人が増えた訳とか。

 最近一人で買い物をしていても、荷物を持ってくれたりメモを持って探しているとすぐに教えてくれるひとが増えたりとか。

 いろいろしている理由をまったく全然気付いていないマナ。

 一応、首を傾げはするけれど。

「親切な人が多いっていいことだよね、しーくん」

にこにこと傍らに直立姿勢で立つ篠原を見上げるマナ。強面で立つ篠原ににっこり笑うとぽん、と背を叩く。

「いこっか、しーくん!」

「うす」

篠原の開けてくれたドアにマナが座る。

丁寧にドアを閉めると篠原が運転席に座る。

にこやかに助手席で今日の献立を考えるマナは上機嫌である。

「いいお天気だよねー、しーくん」

 気持よく広がる青空を見上げてマナがいう。

 うす、と篠原がちらとそれを見て肯いて。

「今日は、皆でご飯、食べようね!」

「うす」

久し振りに大人数が揃う食事に腕を奮おうとマナは上機嫌で。

「いこっ」

「うす」

 そして、無論知らない。

 最近、このスーパーに。

 大きな組の組長の孫娘が買い物にきている、なんてうわさ話がひろまっていたりすることは。

 そこに護衛がついてきたりしている何てことも勿論。

「いい天気だよねー」

「うす」

 今日も青空は広がり、良い天気である。

 本日も、青天。

 かくして、世はこともなく過ぎていくのである。

 本日も青天なり。



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