私には今、好きな人がいる。彼とは同級生で、幼稚園からの幼馴染み。親同士も仲が良くて、家は隣同士。
最初は幼馴染みとして好きだったけど、気付けばいつしか彼に対する思いが友情から恋へと変化していた。
当時、中学生だった私は恥ずかしくて告白する勇気がなかった。だけど、今年からは華の高校生!
髪だって腰まで伸びて女らしくなったし、休日にはJKらしくマニキュアとナチュラルメイクで決めてみたり。
今月こそは彼に告白してみせる!
初めての恋、初めてのアタック、どちらもまだわからないことだらけだけど頑張るぞ。と、思っていた矢先……
「くそー、今日“も”ヤンデレルートに入った……」
「……」
私の初恋の人は、立派なギャルゲーオタクになりました。
「なぁ、どうやったらアカリのハッピーエンドにいけると思う?」
そう言いながら私の膝に頭を置き、真剣にテレビを見つめる。
そう、彼こそが私の初恋の人、柊黒炎(ひいらぎ こくえん)君。
今は大好きなギャルゲーの真っ最中。
「私もアカリなんだけど」
私、霧姫朱里(きりひめ あかり)。
二ヶ月前、華の高校生になりました。
今は幼馴染みである黒炎君の家に遊びに来ています。今月こそは告白しようと思っていた。だけど、黒炎君もまた別の形で高校デビューしていた。
「違う。お前じゃなくて、こっちのアカリだ!」
「あー、はいはい。わかってる、わかってる。何度も言うけど私、ギャルゲーはわからないってば」
黒炎君がプレイしているのは、今、ツンデレ女子好きの男子の間で流行っている「~くんのこと、大好き! って簡単に言うと思った?」というタイトルのゲーム。
その名の通り、ツンデレ女子を攻略していくらしい。だけど、選択肢を一つ間違えるだけでヒロインたち全員がヤンデレキャラとなり主人公を殺すという、鬼畜ゲー。
因みにヒロインたちは全員ツンデレだが、色んなタイプのツンデレ女子たちがいるらしく、その中でも黒炎君の推しキャラの黒崎アカリちゃんは黒髪ポニーテールで委員長キャラのツンデレとか。って、これは全部、黒炎君から聞いた話なんだけど。
なんでも、このゲームをしてすぐにアカリちゃんに一目惚れしてリアルを捨てた? とかこの前呟いていた。
リアル? って現実ってこと!?
今更気付いた。告白しても成功する確率は0%ってことが。だけど告白する前に諦めるなんて出来ない! 諦めるとしたら、フラれてからにしないと、なんだか負けた気がしてヤダ!
黒炎君は綺麗な黒髪でわりと童顔。
童顔ながらも綺麗な顔立ちをしていて、クラスの女子からも人気でよく告白を受けている。だけど、告白されるたびに「好きな人がいるから」と言って断っていると噂で聞いた。
幼馴染の私には、その好きな人が誰なのかもお見通し。それはさっきから嫌でも聞こえてくるアカリちゃん。
現実とゲームを一緒と考えてるんだろうなぁ、きっと。だからこそ、入念な準備をしてからじゃないと私も怖くて告白なんか出来ない。
だけど、同じ名前だけあって、アカリちゃんの名前が出るたびに自分が呼ばれたと思ってドキッとしてしまう私がいた。
あぁ、私ってなんて単純なの。
黒炎君がゲームにハマる気持ちは痛いほどわかりますとも。私だって黒炎君を好きになる前は某乙女ゲーなんかもかじったりしたし。でも、触れられないしゲームが終わったあとの悲壮感といったら……。
ゲームにはゲームで魅力的なことが沢山あるけど、現実で好きな人が出来たら、ゲームなんて二の次! だからこそ、今は黒炎君一筋なのです。
それにしても、黒炎君のアカリちゃん病は重症だなぁ。……ん? あ、いいこと思いついちゃった!
「黒炎君、ちょっとそのゲーム1日だけ貸してくれない?」
「なっ……俺とアカリを離ればなれにする気か」
「……」
黒炎君の意味不明な発言は放っておこう。そうしないと次に進めそうにないし。
「違うよ。私もアカリちゃんの魅力に気付いちゃったっていうか。だから1日だけ、このゲームをしてアカリちゃんのことを知りたいなぁ~なんて」
あからさまな嘘をついてみる。
「そうか。お前もようやくアカリの良さに気付いたんだな! それなら今日だけ特別に貸してやる。特別だからな? 明日には絶対返せよ」
「はーい!」
少し罪悪感はあるものの、そんな単純な嘘に引っかかる黒炎君は可愛い。
「貸してくれてありがと! じゃあ、また明日学校でね!」
「おう、また明日な」
私は家に帰ってすぐにアカリちゃんを選択し、ゲームを開始した。
◇ ◇ ◇
「ふ、ふふふ。これで完璧!」
朝、鏡の前でニヤケる私。しかし、朝方までゲームをしていたせいで、クマが出来ている。
「朱里ー! 黒炎君が迎えにきたわよ」
お母さんがリビングから呼んでる。黒炎君が来てるみたいだし、行かないと。
いつもと違う私を見て、なんて言うかな? 今からドキドキだよ。
「はーい!」
「おはよ、朱里」
そこには爽やかに挨拶をする黒炎君がいた。朝はいつも黒炎君が家まで迎えに来てくれる。これだけでも幸せな日常だけど、私はそれだけじゃ満足出来ない!
そして、挨拶を返す私。
だけど、普段とは違う私で一言。
「おはようございます、黒炎くん」
「朱里……ど、どうした?」
「何がですか? ほら、学校行きましょう。遅刻すると先生に怒られてしまうので」
「お、おう」
驚いてる。サプライズ大成功! と小さくガッツポーズ。
私が考えた作戦、それはアカリちゃんを真似すること。今はアカリちゃんしか見えないなら、私がアカリちゃん自身になればいいってね! そうすれば、嫌でも私を意識してくれるはず。
普段は一つ結びだけど今日はアカリちゃんとおんなじポニーテールにしてみた。
それに委員長キャラのアカリちゃんと同じ堅苦しい敬語。
アカリちゃんを知るために、徹夜でゲームをして研究したってわけ。あれ? でもポニーテールについて何も言ってこない。
私から言ってみよう。
「ねぇ、黒炎君。今日の私、どこか変わったところありませんか?」
「変わったところ、あ……」
「?」
「葉っぱがついてる。お前、この葉っぱどこからつけてきたんだ? ははっ」
「もうっ、そんなに笑わないでよー!」
あまりにも黒炎君が笑うものだから、恥ずかしくて黒炎君の胸板を軽く叩く。
「いた、痛いって朱里」
「……!」
普段私のことをお前としか言わない黒炎君がついに私の名前を呼んでくれた!
これって、アカリちゃん効果!?
「やっぱり、朱里はそっちのほうがお前らしい。って、マジで遅刻するぞ! ほら、走るぞ!」
「ちょっ……!」
突然、腕を引っ張られる私。
いきなりのことでビックリしたけど、すっごい嬉しい。なんだか、いつもより鼓動のスピードが早い気がする。
でも、そっちのほうが“私らしい”ってどういう意味だろう?