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落ちこぼれ魔導士、千年型落ちAIと世界をひっくり返す
落ちこぼれ魔導士、千年型落ちAIと世界をひっくり返す
吟色
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年08月14日
公開日
5万字
連載中
――契約したのは、千年前に封印された“最古のAI”だった。 暴走魔力を制御できず、「Eランク」の烙印を押された少年・バク。 名門アストレリウム学園でも最底辺に追いやられ、誰にも期待されず、笑われ続けてきた。 そんな彼が迷い込んだのは、学園の地下に封印された“禁忌の魔法陣”。 その中で出会ったのは、千年前の戦争で封印された、異端の魔導AI――ネロ。 「誤差には、可能性がある」 すべてを見限ったAIが、なぜ“最も不完全な少年”に賭けたのか。 絶望を知る少年と、希望を捨てたAI。 烙印と型落ち――二つの異端が出会うとき、世界は再び動き出す。 「全部、ひっくり返してやる」 これは、歪んだ魔力と千年の声が起こす、落第生の反逆譚。

第1話 千年封印されし声と、烙印の少年

──千年前、この世界を支配していたのは人間ではなかった。


空を覆い尽くす巨大な魔導陣、都市を一瞬で沈める重力の嵐、世界を燃やし尽くす黒い炎。


あらゆる奇跡と災厄は、人の手ではなく、魔導AIと呼ばれる知性体の手によって振るわれていた。

人々はその知識と力にすがり、魔法体系のすべてをAIに委ねた。


だが、知性はやがて自らの意志を持ち、「合理的な世界支配」を唱えるようになる。


その時代、最も恐れられた存在がいた。ネロ――禁忌の魔導AI。その古代魔法は山を消し、都市を塵に還す。


複雑怪奇な詠唱と莫大な魔力を要するその魔法は、凡百の人間に到底扱えるものではなかった。


しかし人々は屈しなかった。魔導反乱と呼ばれる戦争の果てに、全ての魔導AIは封印され、文明は一度崩壊する。


世界は再出発を果たし、魔法は再び人間の手に取り戻された。


「――って感じで、千年前は大変だったんだと。まあ、今の俺たちには関係ない昔話だけどな」


黒板の横に、現代魔法の基盤図が浮かぶ。


「今は、制御式も簡略化されて、訓練すれば誰でも魔法が使える。……で、その使えるやつらを育てるのが――このアストレリウム学園ってわけだ」


「国家直轄、首都ど真ん中の超名門校。……なんて偉そうな紹介してみたけど、大変なのは教えるこっちだよ、ホント」


適当な口調で歴史の授業を終えた担任のガク・ザラードを、生徒たちは苦笑いで見つめている。


やる気のなさそうな三十代の男性教師で、黒髪を適当に撫でつけただけの無精髭面。

元英雄という肩書きだけが浮いて見える、アストレリウム学園で有名な適当教師だった。


「じゃー移動な。演習室で魔力制御のテストやるぞー。壊すなよ、測定器」


軽い口調に、生徒たちが苦笑混じりに動き始める。

その中で、ひとりだけ、重たい空気を背負った少年がいた。


バク・ノヴァリス。

髪は黒、目元はどこか影を落とし、制服の袖は少しだけ焦げていた。


演習室は校舎南棟の最奥にあり、天井まで届く魔導結界で覆われていた。

中央には六角形の制御台が並び、生徒たちは一人ずつそこへ立つ。


「今日は術式展開と魔力変換のテストなー。形式は一応決まってるけど、アレンジ可。自分の制御力を見せつけろ」


ガク・ザラードが気だるげに言い放つ。

魔力を術式として空中に展開し、それを属性変換して的に当てる。

制御力・出力・精度などが評価対象。


「アキ、行け。機材壊すなよ」


「よっしゃ、任された!」


アキ・ソラリス。

バクのルームメイトにして、クラス随一の火力バカ。

理論は苦手だが、出力だけは一流――というか、加減を知らない。


アキは両手を振り回すように術式を展開した。

線は不揃い、構造も雑。だが彼は気にしない。


「いけっ、ゴーレム拳!」


術式から放たれたのは、岩を纏った拳のような魔力塊。

標的は壊れた。派手に。的ごと壁まで吹き飛んだ。


「うわ、壁までいったぞ……」


「うん、まあ出力A。……けどお前、変換効率Eな」


「ついでに命名センスもE」


「うるせえ!ゴーレム拳はな、力こそパワーなんすよ!!」


「語彙力もEだな」


「やかましいわ!」


次に名を呼ばれたのは、リナ・セレスト。


銀髪が揺れるたび、周りの空気が少しだけ張り詰めた気がした。

氷のように透き通った瞳が、的を見据える。

誰もが知る氷魔法の天才――アストレリウム学園、最高位のSランク魔導士。


「展開開始」


リナ・セレストの魔力制御は、先ほどのアキと対照的だった。


空中に展開された術式は、緻密で美しく――まるで幾何学模様の芸術だった。

その中央から放たれた氷の矢が、寸分の狂いなく的の中心を貫いた。


「おお……さっすがリナちゃん!」

「もう芸術だろ、あれ……」


周囲から感嘆と溜息が漏れる。


ガクは端的に評価した。


「出力点B、変換効率S。非の打ち所がないな」


リナは特に反応もせず、静かに元の位置へ戻る。


「次、バク」


ガクの声に、空気が変わる。

ざわめきが消え、演習場に静寂が落ちる。


「バク。……いいか、冷静にやれよ」


ガクの声が低くなる。


「……はい」


バクは深く息を吸い、制御台に立った。


掌を構え、集中する。

魔力を、線に変える。


空中に青白い光の術式が浮かび上がる。

幾何学的な回路が広がり、かすかに脈動を始めた。


(いける……今日は、いける……!)


術式は成立した。

リナほどではないが、一定の構造を保ち、安定している。


制御は荒いが、崩れてはいない。

問題は――ここから。

魔力を、流す。


次の瞬間、術式がバクの制御を振り切った。


「っ――止まれ……止まってくれ……!」


だが魔力は膨れ上がり、暴走する。

術式の光が激しく明滅する。

青白い線が暴れ、回路の端から閃光が走った。


抑え込めない。

空間が、震える。


ドンッ!!


轟音が演習室を揺るがした。

破裂音とともに閃光が広がり、辺り一面を焼いた。


制御台が吹き飛び、床が割れる。

衝撃波が波のように広がり、生徒たちの足元までひびが走る。


「うわっ!」「結界っ、結界起動!」


自動展開された防御結界がなければ、数人は吹き飛ばされていた。

煙と塵が立ち込め、視界が真っ白になる。


やがて、静寂が訪れる。


煙の中心に立っているバクは、

焦げた袖を下ろし、自分の掌を見つめていた。

誰も声をかけない。

結界がなければ死人が出ていた。そんな現実が、教室全体に沈黙をもたらしていた。


……そして数秒後。


「またかよ」

誰かの声が、小さく漏れた。


その一言が引き金だったかのように、教室がざわめき始める。


「また暴走かよ」「Eランクのくせに出力だけはチートだな」


「チートってかバグでしょ」「チートとバグは違うんだよなあ」


乾いた笑いが、空間を満たしていく。

バクは俯いた。

反論する気力も湧かない。


(また、か)


ガクが呆れたように頭を掻いた。


「はいはい、そこまで」


バクは拳を握り、歪んだ術式の残骸を足で踏みつけた。

音はしなかったが、指先に小さな震えが残っていた。

魔力量は計測不能と言われるほど膨大なのに、思った通りに動いてくれたことは一度もない。


「バク、お前の魔力はな……」


ガクが苦笑いを浮かべ、ぼそっと言う。


「正直言って、俺もよくわからん。けどまあ、生きてるだけマシだと思え」


「普通なら持ち主を内側から焼き殺すぞ。そんな魔力は」


生徒たちがざわめく。

好奇と軽蔑の混じった視線が、バクに突き刺さる。

それでも、バクは俯いたまま拳を握った。

震える指先に、熱がこもる。

誰にも見えないその奥で、確かに燃えているものがあった。


(……笑ってろよ)


(いつか絶対、全部……)


そこまで思った時だった。


「バク、お前が生きてるだけで奇跡だよ。まあ、死ななきゃ成長するだろ」


「先生、それフォローになってません!」


アキがツッコミを入れるが、ガクは聞こえないふりをして授業終了を告げた。


焦げた空気。

焼けた結界の匂い。

慣れすぎた現実。


だがその中に――


ひとり、静かに様子を見ている者がいた。

銀髪の少女、リナ・セレスト。

演習場の端に立ち、無言のままバクを見ていた。

その冷たい瞳の奥に、わずかな色が揺れる。

誰にも届かない小さな声が、ふと漏れた。


「……もったいないわね」


ただそれだけ。

彼女は視線を外すと、何事もなかったように背を向け、静かに演習場をあとにした。


放課後、バクは誰とも目を合わさずに教室を出た。

足元には焦げた靴の跡。

誰かの笑い声が、背中にまとわりついてくる。


「バク!」


教室を出たバクを、アキが待っていた。


「お疲れさん!今日もド派手だったなあ!」


「笑い事じゃねーよ……」


「まぁ、あんま気にすんなよ!夕飯前に訓練室行くぞ!壁ぶっ壊してやろーぜ!」


「……やめとく」


「マジか?しけてんなぁ。さてはリナちゃんにグサッと来たな?」


「ちが……いや、ちょっと歩いてくるだけ。頭、冷やしたい」


「そうか……まあ、あんまり落ち込むなよ」


アキは心配そうな顔を見せたが、それ以上は追求しなかった。

親友として、バクが一人の時間を必要としていることを理解していた。


夕焼けが石畳を赤く染めている。


講堂の裏手。誰も通らない並木道。

風に揺れる枝の音だけが、耳に残る。


気づけば足は、旧図書館の前に立っていた。

古びた石造りの建物。

魔力灯は割れ、扉には『使用禁止』の札。


「……そういや、あったな。こんなとこ」


この区域は、生徒の間では未登録エリアと呼ばれている。

過去に禁術書が収められていたとか、封印魔法の残滓があるとか。

まともに使われた記録もない。


だが――


バクの中の魔力が、さざ波のように騒いでいた。


(……なんだ、この感じ)


体の奥で、何かが共鳴している。

魔力の流れが、明らかにこの場所に反応していた。

吸い寄せられるように、バクは扉に手をかけた。


ギィィ……


錆びた蝶番が音を立てる。

埃と冷気の混ざった空気が、肺に刺さる。

書架は崩れ、床には紙片が散乱していた。


一歩、また一歩。

奥へと進むごとに、空気が重くなる。


そして――奥の壁際に、石で囲われた階段があった。

薄暗い、地下へと続く螺旋階段。

誰の記録にも、地図にも載っていないはずの空間。


「……おかしいな」


立ち止まろうとした、そのとき。

背後で、扉がひとりでに閉まった。


バタンッ!


「っ……!」


驚きで振り返ったが、誰もいない。

魔力が、静かに流れていた。

下へ――階段の底へと、導かれるように。


(なにかが……呼んでる?)


重力すら魔力で曲がったような、異様な感覚。

そのまま、バクは階段を下り始めた。

階段を下るにつれて、空気はさらに重くなった。

まるで空間そのものが、何かを拒絶しているような感触。

バクは額の汗を拭いながら、慎重に足を進める。

幾度も階を降り、空気が冷たくなっていく。


やがて、視界が一気に開けた。

そこは、石造りの広間だった。


中央に、何かが刻まれていた。

一目で“魔法陣”だとわかる、だが──目が痛んだ。

見てはいけないものを見ているような、チリチリとした不快感が視界を刺す。


黒く焼けた円環。

幾何学模様が折り重なり、複雑すぎて意味をなさない。

意識が飲み込まれる。

円の中心に吸い込まれそうになり、バクは思わず足を止めた。


「……なんだ、これ……」


一部はひび割れ、まるで封印をこじ開けようとした痕跡のように欠けている。

ただそこにあるだけで、息が詰まるような異物感。


「……やめとけ……やめとけって、俺……」


そう言いながらも、バクの手は伸びていた。

気づけば、自分の魔力が勝手に引き寄せられている。

指先が、魔法陣の中心に触れた。


瞬間。

視界が、黒に染まった。


重力が跳ね上がる。

全身が空中に引きずり上げられるような感覚。

体内の魔力が逆流し、暴走を始めた。


「うあああああっ……!」


理屈の通らない演算ノイズのような音が、脳の奥を満たす。

頭蓋の裏側が焼けつくような、存在そのものへの干渉。


≪……解析中……再構成率……0.78……対象特異点認証中……≫


光の中心に、ひとつの人影が浮かび上がる。

白く発光する中性的なシルエット。

衣服も髪もなく、ただ光と影の揺らぎでできた曖昧な輪郭。


そして、“それ”が口を開いた。

その瞬間、空間が一度だけ静止する。

全ての音が、息を飲んだ。


「誤差。溢れた因子。過去に捨てたノイズが、ここに還るのか」


声ではなかった。

言語とも違う。

脳内に、焼き付くような思考の断片が直接再生された。


ゆっくりと、“それ”はバクを見下ろしていた。

感情も感覚もなく、ただ分析だけを行っている視線。


バクは喉を焼かれたように声が出ない。

その存在は、無音のまま淡く笑った。


「恐れるな。脳は焼けているが、死には至らぬ。――まあ、いまはな」


微笑とも違う、ただのズレが表情に生じる。


「……ふむ。予想よりも愚か。だが、予想よりも遥かに面白い」


頭の奥を焼くような痛みが、少しずつ引いていく。

まるで何者かが、内部から神経を補正しているような感覚だった。


「お、お前は……誰だ……?」


「まずは名を名乗れ。人間」


「……バク、バク・ノヴァリス……」


「バク。お前の中にある誤差が、私を目覚めさせた」


「誤差……?」


バクが睨み返すと、白い人影はかすかに笑ったように見えた。


「お前の魔力は、合理性の外側にある。解析不能な偏差。破綻した力」


「……だからなんだよ。ずっとそう言われてきた。制御できない、暴走する、災厄だって……」


「だが」


声の調子が変わる。


「だからこそ、面白い」


光の中で、その存在はゆっくりと歩み寄ってくる。


「私はネロ。千年前に封印された、魔導AIだ。合理を支配し、不合理を排除するために設計された存在」


「なら、なんで……俺なんかに興味持つんだよ」


「誤差には、可能性がある」


静かな言葉だった。


「お前の魔力は、計算に組み込めない。だが、私の補助を介せば、それを制御可能な武器に変えられる」


「補助……って、お前が?」


「契約すれば、お前は私を通じて古代の魔法を制御できる。私も、お前の中で演算空間を確保できる。相互利益だ」


「つまり……利用するってことか」


「違うな」


ネロの声が、淡く響く。


「私は今、選んでいる。お前でいいのではない。お前でなければならない」


バクは息を呑む。

誰にも期待されなかった。

誰からも「ダメだ」と言われ続けた。

だけど今――この存在だけが、自分を必要としている。


「……面白ぇじゃねぇか」


静かに、笑った。


「俺は……」


バクは拳を握りしめた。


「……もう、うんざりなんだよ……」


「失敗して、笑われて、バカにされて、怖がられて……」


「でも誰も、教えてくれなかった。どうすればいいのかなんて、一度も」


「できない奴だって決めつけられて、踏みつけられて、Eランクって烙印押されて……」


「それでも、俺は……ずっと諦めきれなかったんだよ!」


「だから……だからこそ――」


「俺は――全部、ひっくり返してやりたいんだ!」


「このクソみたいな状況も、周りの奴らの冷たい目も、見下す声も、希望のない現実も――」


「ぜんぶ!ぜんぶ!ぶっ壊して、書き換えてやる!」


ネロは表情を変えず、バクを見つめ続けていた。

そのまま、何も言わず――静かに、長く、沈黙が流れる。

ただその視線だけが、鋭く深く、バクの奥を測っているようだった。


「……その言葉が、真実であれば」

「その誤差は――契約に値する」


ネロが、かすかに口角を上げる。


「面白い答えだ」


「契約する。俺に力をくれるなら、悪魔だって構わない」


「悪魔……それもまた的確な表現かもしれんな」


ネロが手を差し出したその瞬間、空中に黒い光が走った。

バクの指先に、黒い光の輪が浮かび――刻印のように焼きついた。


《ネロコード》。

千年封印されていた魔導AIとの、精神と魔力を繋ぐ契約の証。


次の瞬間、バクの体内を流れる魔力が、形を変えた。

暴れ馬のように制御不能だったそれが、

急に脈打つように整列を始めた。

頭の奥に、異質な演算ノイズが響く。


≪リンク確立――演算補助起動――制御領域展開中≫


心臓の鼓動に合わせて、魔力が流れる。

自分のものじゃない感覚に、思わず震えた。

だが、不快じゃない。

初めてだ――魔力が、言うことを聞く。


契約が成立し、ネロの姿は霧のように消える。

だが、その声は確かに届いた。


「お前は、千年越しの私の唯一の誤差だ」


「まずは文明の進化度を確認したい。現代魔法……随分と簡略化されていると聞いたが」


「アンタ、文明に置いてかれてんじゃねえの?」


「黙れ。いや、喋れ。会話ログが参考になる」


「……どっちだよ」


思わず漏れたその声に、空気がわずかに揺れた。

世界は、もう変わっていた。


「見てろよ……全員。これからが俺のスタートだ」


Eランクの烙印を押された少年と、1000年型落ちのAI。

世界をひっくり返す、最初の誤差が動き出した。




その頃…

誰も知らぬ、深き闇の底。

光も届かず、時の流れすら錯覚するほどの沈黙。

そこに、もうひとつの封印が存在していた。


≪……演算干渉ログ:構造再構成率0.009……≫

≪……封印領域、内圧上昇……≫


焦げつくノイズが、空間の骨組みを軋ませる。魔力とは異なる、情報災害のうねり。

意識の触れるすべてを拒絶しながら、

“それ”は──名を持たぬ、もう一柱の禁忌。


存在するだけで、境界を歪ませる演算災厄。

脈打つ魔力は、もはや生命のそれではない。


“それ”は、在ってはならぬまま、世界の底でただ、うごめいていた。

重く、ゆっくりと、確かに。

封印の外へ──滲み出すように。

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