「ふっ。待たせたな」
俺はソフトクリームを二つ待ってフィオナの下に戻った。フィオナはベンチに腰かけていた。
「ありがとうございます。あの、お金は?」
基本的に遊園代は最初に支払った入場料に含まれている。だが、飲食物やグッズの料金は当然のように含まれていない。別途支払う必要があったのだ。
「案ずるな。貴様が出す必要はない。なんといったって、俺は貴族だ。お前達、平民から税金としてたんまりと搾り取っている。だからそれを少しばかり返してやるというだけだ」
「ありがとうございます。またもや奢って頂けるなんて、アーサーさんはお優しいんですね」
フィオナは微笑む。
「うっ」
流石、光属性の正ヒロインだ。背後から神々しい光の波動を放っている。あまりの光に眩しくなっていて、直視できそうにない。
俺は苦手なのだ。性格のまともな少女というのが。姉が『悪役令嬢』として学園で恐れられているアリシアなのだから。
あの性格の悪い姉、相手だったのならば、「奢って当然」という態度で「買ってくるのが遅い」と文句をつけられた上に「もっと高くて美味しいものを買ってこい」と言ってくるに決まっているのだ。
しかし。周りを見ると家族連れも多かったが、カップルも多かった。遊園地なのだから、当然と言えば当然であろう。
傍から見れば俺達もそう見える事だろう。だが、断じて違う。俺とフィオナはそんな関係ではない。というか、友達と言える関係ですらないかもしれない。
「今日はどなたを呼んでたんですか?」
俺がフィオナの隣に座るとそんな事を聞いてきた。言ってみてもいいものか。俺は一瞬悩んだが、サプライズの為に黙っていただけだ。どうせずっと秘密にするつもりんどなかった。
その計画はご破算に終わったわけだから、別に知られたって構わなかったのだ。
来ないのであるのならば
「あのむかつくイケメンチート主人公野郎だ」
「リオン王子なのですか?」
フィオナは驚いたように言う。
「また、なんで?」
「それはだな。運命(シナリオ)を書き換えようとしたからなのだ。お前はあのむかつくイケメンチート主人公と結ばれる運命なのだ。それを俺様が邪魔してしまったから、それを修正してやろうと。まあ、罪悪感から来る罪滅ぼしみたいなものだな」
「はははっ。そんな事ありませんって。ありえません。私とリオン王子では身分が違いすぎますから」
「き、貴様がそう思うのもまあ、無理もない。だがこれは本当の話なのだ」
「それが本当の話だとして、今の私とリオン王子と結ばれた私、どっちが幸せなのかまでは、アーサーさんにはわからなくないですか?」
「そ、それはそう。確かにその通りではあるが」
「だから、きっと。運命を変えたとか、邪魔しただとかで、アーサーさんが気を病む必要なんか、ないんですよ。だって、私は今これ以上はないってくらい、とっても幸せな気分で満足しているのですから」
相も変わらず、フィオナは天使のような輝かしい笑みを浮かべてくるのであった。
「……う、うむ。そうか」
「それじゃあ、気にせず、次の乗り物に乗りたいです。あれなんか、どうですか? 観覧車」
近くには大きな観覧車があった。ぐるぐるとゴンドラが回っている。電力ではなく、魔力で回っているのだろう。
特別、仕組み(ギミック)を気にする必要性などなく、ただただ楽しめばいいのだろうが。それが遊園地というものであろう。
「うむ。では、それに乗って今日のところは帰るとするか。寮の門限もあるし」
もうすぐ、日が暮れようとしていた。やはり、楽しい時間というのはあっと言う間に過ぎ去るものであった。
俺達二人は係員に誘導され、程なくして観覧車のゴンドラに乗り込む事となる。
◇
「わー、綺麗ですぅ!」
俺達が乗ったゴンドラは頂点に達しようとしていた。夕日に照らされ、綺麗な街並みが移し出される。
「うむ……確かに、綺麗だ」
俺達は夕日を眺めつつ、ゴンドラに乗っていた。ゴンドラは頂点に達し、それから地上へ向けて、降りようとしていた。
――その時だった。突如、疾風が吹き荒れる。ゴンドラは大きく揺らされた。
「きゃ、きゃあっ!」
フィオナは短く悲鳴をあげて体勢を崩す。俺は咄嗟にそれを抱きとめるのであった。
「だ、大丈夫か。フィオナよ」
「え、ええ……別に何とも」
フィオナは顔をあげる。
「……っぅ!」
言葉にならないような声を上げてしまう。よろけたフィオナを抱きとめた結果、顔の距離が異様な程近くなってしまったのだ。彼女の顔が凄くよく見える。
美しい顔だった。彼女は身分こそ平民ではあるが、その見目麗しい容姿は決して貴族の少女達にも引けを取らない事であろう。流石は正ヒロインであるといったところであるし、将来、王妃となる少女であった。
運命(シナリオ)の予定調和で言えば、ではあるが。
艶めかしい唇が視界に入る。もう少し顔を近づけたらすぐにでも触れてしまいそうではないか。
フィオナは顔を赤くした。そして、何かを悟ったように瞳を閉じる。彼女も満更でもなさそうであった。
い、いかん。べ、別に俺はそんなつもりでこの夢の国『マジックランド』に来たわけではないのだ。
け、決してそんなやらしい、性的な事をしようとしてこの夢の国『マジックランド』を訪れたわけではない。決してない。
俺は状況に流されてしまいそうな衝動を必死に堪えた。
するとしばらくして、ゴンドラは地上に降りたとうとしていた。
俺達は身体を離す。
「つ、着いちゃいましたね」
「あ、ああ。そうだな」
係員の姿が見える。
な、なんだ。その『着いちゃった』って表現は。まるで不本意なような言い方だな。『まだ着かなければ良かった』というニュアンスにも受け取れる。気のせいか。気のせいであるといいのだが……。うーむ。
「アーサーさん。今日はありがとうございました。楽しかったです」
「う……うむ。そうだな。楽しかったな」
違和感を覚えつつも楽しかったのは確かだったのでそう答える。
「それじゃ、また学園で。失礼します」
こうして、俺とフィオナは魔法学園『ユグドラシル』の入り口あたりで別れを迎えたのである。
手を振って、フィオナを見送りつつも俺は気づいた。
い、いかん。これでは正ヒロインのフィオナと普通にデートしただけでしかない。し、しかもそのデートが普通に上手くいってしまった。
少なくとも好感度は下がらなかったであろう。これでは当初の目的である運命(シナリオ)の修正という意味では大きな失敗だったとしか言いようがない。
こうして俺は失意を抱えつつ男子寮にある自室へと戻っていくのであった。
◇
「あっ、アーサー君だ」
自室に戻るとそこには先に帰宅していたリオンの姿があった。奴はにやけたような笑顔を浮かべた。
「どうだった? デート上手く行った? 気になる女子と、夢の国『マジックランド』に行ってきたんだろ? あそこは有名なデートスポットだからね。学園の女子の間でも好きな人と二人で行きたいって話題になってたんだよ」
面白おかしそうに、リオンの奴は語ってくる。
「上手く行ったもクソもない。最悪だ」
「え? どうして? 何? 嫌われたの? フラれちゃった!」
「違う! ある意味上手く行ったが、ある意味では上手く行かなかった! ま、まあ、そんなところだな。貴様! なぜ貴様はあの場に来なかった! 用があったとかは嘘——とまでは言うと言いすぎではあるが、体よくその場に来ない方便だっただろう!」
「う、うん。そうだけど。だってまずいと思って。アーサー君が気になる女子とあの夢の国に行くのに、僕まで行っちゃ邪魔になるかな、と思って」
「貴様のそういう気の利いたところが今回に限っては反って裏目に出たのだ」
「え? どういう事? 僕よくわからないんだけど。その娘と上手く行ったのかどうかも含めて詳しく教えてよ。ね、ねー。アーサー君」
「う、うるさい! 話す事など何もないわ! 俺様は今日は疲れたのだ。明日から授業だし、今日は早く寝るぞ」
大浴場で風呂に入り、晩飯を食い、俺達はその日、早めに就寝したのであった。
しかし、どうやってもフィオナとリオンとの関係性——本来あるべき運命(シナリオ)を書き換える事ができそうにもない。
まさか、俺がそのフィオナとの恋愛フラグを立ててしまい、攻略ルートに入ってしまったのか。その可能性はあった。だから何をしようともフィオナとリオンの関係性は上手くいかないのだ。
だとしたら俺はどうしたらいいというのか。もういい。難しい事を考えるのはやめよう。それにまだ、俺はいくつもの試練——という名の死亡フラグを乗り越えていないのだ。
今はそれを乗り越える事に注力しようではないか。そう、色々な物ごとを考えつつ、気づいたらベッドで意識を失い、そして翌日の朝を迎えるのであった。