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歯科医師それだけに恋しちゃってもKOですかー!?
歯科医師それだけに恋しちゃってもKOですかー!?
ぴこたんすたー
現実世界ラブコメ
2025年08月14日
公開日
9,988字
完結済
高校生になった成垂太(なりた)はメロンパンが大好物で今日も美味しくいただいていたが、虫歯の治療していた歯の詰め物が外れ、親からも痛い指摘をされて、泣く泣く歯医者に行くことになった。 成垂太は過去に歯医者で嫌な経験があり、初めは嫌々で診察を受けようとしたが、そこから顔を覗かせた歯科医師の燐香(りんか)はとてつもない美人だった。 そのあまりにも燐香の美貌の姿に一目惚れをする成垂太だったが、実は燐香には隠された裏の顔が潜んでいて……。 二人の恋模様が螺旋を描く物語。主人公は高校生なのに学園が舞台でない、一変変わった歯科医院での切ないラブストーリーがこれにてスタートする。

第1話 メロンパンが呼んだ恋の始まり

 昔からある、菓子パンの王道、メロンパン。

 子供から、お年寄りにも愛され、上品な砂糖菓子と濃厚なバターに包まれた青春の味が癖になる。


 口に頬張る度に、懐かしい想い出が胸一杯に広がる食感。

 これは僕の初恋の味でもあった。


****


「痛い、痛いよー!」


 うららかな春の我が家の午後。


 かじりかけのメロンパンを畳に落とし、坊主頭の高校二年の風来成垂太ふうらい なりたこと、僕は辛い現実に堪えきれず、ポロポロと感情をぶつけていた。


 目の前には仁王立ちする平等院鳳凰堂、阿弥陀如来像のような顔つきの中年がいた。

 そのスキンヘッドに睨まれ、僕は身動きも取れず、未だに号泣している。


「だからお前が悪いんだろ?」

「だって親父、痛いものは痛いよ」

「詰め物が外れただけだろ」

「親父は虫歯になったことがないから、気持ちが分からないんだよ」


 脅しと見せかけ、芸能人のような歯並びで苦笑する父はともかく、僕は人生最大のピンチを迎えていた。


 永久歯に生え変わり、すぐに訪れた地獄に蓋をしたかと思えば、コイツをかじることで詰め物の蓋が外れた。


 親から貰った少ない小遣いを片手にコンビニで買って食べる、いつもの楽しみにしていたメロンパン。


 月一の小遣いをいただく日の記念として、毎度のようにバターの程よい香りに食欲をそそられたのはいいものを、クチャクチャと歯にまとわりつくクッキー生地にやられたのだ。


「成垂太、歯が取れたとなると、大人しく歯医者に行くしかないな」

「嫌だよ、あっこは魔の巣窟だよ」

「なーに、『野良のらくれクエスト』のゲームと一緒だ。モンスターの巣窟でも、いざ足を踏み込んで、冒険してみないと分からないだろう?」

「だから親父は歯医者に通ったことがないから、そう言えるんだよ」

「ならば、人生の敗者復活戦でもやるか」


 親父がどこからか取り出した、お気に入りの工具入れから鈍く光る爪を見せる。


「コイツでスパンと抜くしかないなあ」

「親父、それはラジオペンチじゃないか!?」

「おう、ご存じの通り。まだ歯医者がない、明治時代以前の江戸時代では重宝した代物だぞ」


 嘘か、まことかは知らないが、昔の人は痛みに対して我慢強かったんだな。

 でもそれを今の僕に押しつけられても困る。


「そんな強引なやり方なんて、じょ、冗談じゃない!?」

「なら分かってるな?」


 ようやく覚悟を決めた僕は親父の説得により、強引に近所の歯医者に行かされるようになった。


****


『キュウーン、ギュリギュリー!』


 街中から少し外れた所にあるシオサイ歯科医院。

 そこにて消毒液の香りがする、白き密室で行われている悪魔のような儀式。


「大丈夫、痛くないですよー♪」


『ギュリギュリギュリー!』


「ぎゃあああー!!」


 鼓膜が破れそうな機械の音に負けじと、金切り声みたいな叫び声を上げる相手。


 僕の診察の前に恐る恐る入っていた中学生風の女の子だったが、数分後には苦しみもがく声しか聞こえてこなかった。


「駄目だ、とてもじゃないが、耐えられない」

「まあまあ、どんまい」


 僕が待合室の赤いソファーから腰を上げようとすると、受付の長い黒髪の若いお姉さんが僕の前に来て、赤いペロキャンをちらつかす。


「失礼な。僕はもう高校生だぞ。そんな物につられるか!」

「んっ、そうなん?」


 お姉さんは何を思い出したのか、その飴の包装紙を剥がして、急にペロペロと舐めはじめ、僕にセクシーな顔でアピールする。


「ねえ、ボウヤ。あたしがじかに舐めた、この飴欲しくなーい?」

「なふっー!?」


 僕の純情だった理性が一気に吹き飛ぶ。

 あんな綺麗なお姉さんと間接キッスできるんだぞ。

 こんな美味しいチャンスそうそうない。


(※喫茶スペース以外の院内での飲食は禁止です)


「その据えぜん、いただくにたてまつる」

「うん? 言ってることが、意味不明なんだけど?」


 お姉さんが首を傾げながらも、優しそうな微笑みで僕を捉えて離さない。


「こんな綺麗で素敵なお姉さんがファーストキッスの相手なら僕はボクはー!!」


『はい、次の方。風来成垂太くーん!』


 診察室にいた女性歯科医師の凛とした声が僕の耳に飛び込み、お姉さんへの欲望が止まる。


「ああ、もう時間やね。虫歯治療、頑張ってな」

「ぬはぁー!?」


 そうか、このお姉さんは僕を誘惑するふりをして、時間稼ぎをしていたに過ぎなかった。

 女性に免疫がない僕は簡単に騙されたのだ。


「この裏切りものがー!」

「さあ、夢物語はしまいだ、お兄ちゃん。大人しく行こうか」


 僕の両腕が、逞しい肉体の二十代くらいの男性医師に掴まれて、暴れる体を押さえつけられ、強制的に連れていかれる。


 何て強い力だ、この男はロボットか?

 たった一人の手によって、あっさりと……。

 この僕がだぞ!?


「ボウヤ、ばいばいにゃーw」

「いいか、お姉さん。今度生まれ変わったら、意地でもそのアイテムを手に入れてやるからなー‼」

「はいはい。行ってらーw」


 僕が望まれた転生を求め、『ギャーギャー!』と喚く中、仕事に戻った受付のお姉さんは澄ました顔をして、僕に手をふり、さよならをしている。


 僕は神輿みこしのように担がれ、お姉さんの息がかかったペロキャンに指を突きつけながらも、この場を後にした。


****


「はい、いらっしゃい。成垂太君」

「えっ、あっ、はひ‼」


 僕は過呼吸になりかけて、上手に言葉がまとまらない。


 茶髪のミディアムボブで三十代くらいに見える先生は、さっきの受付嬢を上回るほどのスタイル抜群で、群を突き抜けるほどに美人だった。

 そんな相手から、柔らかく手を握られ、治療台に誘導された日が来たとなれば、落ち着けと念じた方が無理である。


「心配しないでね。痛くしないから」

「はひっ、任されました」


 ああ、香水か、化粧か知らないが、心が穏やかになる香りだ。

 これが聖母マリアの癒やしというものだろうか。


 僕は、お姉さんから愛の手解きを受け、流れるままに席へと吸い込まれた。


『キュウーン‼』


 そのお姉さんは右手に鋭い棒を持ち、ベッドに寝ている僕の口を指でそっと開ける。

 僕はどうぞ、優しくして下さいと思いながら、そっと目を閉じた。


『ギュリギュリ‼』


「あがががー!?」


 お姉さんからのアプローチは激しかった。

 棒が歯に触れる度、振動と痛みが口内全体に伝わり、思わず気を失いそうになる。


「お姉ざん、もっどやざしぐ……」

「何でしょう。そんなに痛みますか? すぐに神経を抜いて終わりますから、もう少しだけ我慢して下さいね」


 治療の手を止めずに、僕の頭に手を触れて、優しく撫でるお姉さん。

 豊かな胸に付けられた『燐香りんか』と書かれた名札が、たわわんと揺れる。


 激しくヒートアップしていく治療の中、僕はこの歯科医師の燐香さんに、ほのかな一目惚れをするのだった。



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