魔女というのは孤独な職業だ。
もう100年ほどやっているけれど、人と会う機会なんて1年に数度あればいい方で、基本的には家に引きこもって実験実験また実験、そして時々成果を外に持ち出しまた実験、そんな生活に終始している。
けれど、そのことを不満に思ったことはない。
性に合っているというのもあるし、そもそも、そういう日々を送りたくて魔女になったというのもある。
そしてなにより、私は家が大好きだった。
魔女にとって家は城みたいなものである。
本、素材、儀式の拠点、研究設備と、魔女は拠点なしにはやっていけないようになっている。
今や私にとってこの家は一番の相棒であり、最高の親友と言っても過言ではなかった。
今日も近くの森で採種を終えた私は、愛しの我が家へと帰還する。
ただいまの声と共に。
「ただいまー」
「ひょえっ!? お、おかりなさいませ~!」
……なんか声が返ってきてるな。
思わず耳を疑っていると、ぱたぱたと足音が近づいて来て、声の主が姿を現す。
それは真っ黒な修道服を着た少女だった。
透き通った肌と顔は非常に見目麗しいが、しかしながら、私の家にこのような同居人は当然存在していない。
つまり不法侵入である。
「修道服を着ているタイプの泥棒?」
「ち、違います! これは本物の修道服です!」
「本物の修道服を着ているタイプの泥棒?」
「本物の修道服を着ている本物の修道女です!!!!」
本人は頑なな主張をしているが、しかし流石に信用は出来ない。
というか、この女、先ほどから動きがおかしい。
なにやら背後を隠すような位置取りをしているような……。
「ちょっとどいて」
「あ、ああ! み、見てはなりませぬ!」
なぜか変な口調で阻止しようとする修道女だが、強引に押しのけて先に進む。
そして目撃した我が家の姿に、思わず絶句した。
なんとマイホームが半壊していたのだ。
まず、天井に大穴が空いてしまっていた。
穴からは綺麗な空が見え隠れしていて、まるでそういうデザインのお洒落な家のようである。
「……空って青いなぁ」
「あ、青いですよねぇ! なんで青いか知っていますか? それは私たちの心に余裕をもたらすためなんです! そう、許しの心とか入るスペースが出来ますよね!」
何かごちゃごちゃ言っているが、無視して視線を下ろしていくと、天井から突き抜けてきたのだろう。机ごと床がぶち抜かれてしまっていて、周囲には散乱した木片が散らばっていた。
……この机、頑張って自作したんだけどなぁ。
「ええっと! あ、あの、その……!」
「……いい机でしょうそれ。バラバラになっても艶があるよね」
「ほ、本当ですね! こんなに破壊されてもまだ高級感に溢れていて、まるで床が大自然になったよう! お、厳かなのにワイルド!」
「見晴らしまでよくしてくれちゃってねぇ?」
「よ、夜には星空が降り注いでロマンチックだろうなぁ!」
「何処の誰だか知らないけど、素敵なリフォーム、ありがとうね?」
「お、お気になさらず! 聖女として当然の務めですので! あははは!」
「はははは……って何が聖女だ! 占拠の間違いだろ! しかも破壊を伴う不法占拠!!!」
「ひ、ひえっ、すいませんすいません! このようなことになってしまい、まことに申し訳ありません!」
怒りのあまり彼女の襟首を掴んで持ち上げたのだけど、そこでふと、首に巻かれたアクセサリーに目が行った。
これ……もしかして聖女の証である『聖なる円環』か?
直に見たのは初めてだけど、偽物とは思えないほど精巧に出来ている。
まさかこいつ、本物の聖女様なのか?
「……とりあえず名と素性を明らかにしてくれる? 話はそれから」
「は、はい! 私、テミス教で聖女をして……い、いえ、しておりました。ノワと申します!」
「聖女ねぇ……確かに格好はそれっぽいけど」
「お疑いの気持ちはよく分かります! 確かに現状では、急に家を破壊して押し入った怪しげな美少女修道女にしか見えないと思いますし!」
「美少女……?」
「ですがご安心ください! 聖女の力を見せると同時に、この家も元通りにして見せます!」
「おお、つまり癒しの力が使えるってこと?」
癒しの力、それは聖女の奇跡の代名詞だ。
聖女には各固有の奇跡と呼ばれる力があるのだけど、癒しの力はその中でも最も有名で、なんでも万物の傷を元に戻してしまうという。
確かにその力があれば、この家の惨状も解決できそうだが。
「はい! 癒しの力、使えます! お腹いっぱいであれば!」
「よかったぁ、じゃあさっそく……。ん? お腹いっぱいであれば?」
「はい! 今、大変お腹が空いていまして、ご飯さえ食べれば、任せてください! 自分、やれます!!!!」
「……強盗の上にたかりとはね」
「い、いや、本当なんです! お腹が空いていると奇跡の方向性が変わってきちゃうんです! そ、その辺のものをパンとかにしちゃうんです!」
「面倒くさい奇跡だなぁ……分かったよ。ご飯を食わせればいいんでしょ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
私はペコペコと高速で頭を下げているこの聖女様に、仕方なしにご飯を作って上げることにした。
これ以上、物が壊されたら困るしね……。
というか、壊れたものは最悪直せばいいけど、それがパンになってしまったら一体どうすればいいんだ。
研究資料がパンになったら私、流石に泣くよ?