眩い光の奔流を抜けて目を開けると、そこは旅団『ベイオウルフ』の
……殺風景な部屋だ。十畳ほどのスペースに、近未来的な意匠こそ施されているものの、あるのはパイプベッドと金属製の簡素な机だけ。インテリア? そんな洒落たもんは存在しない。別に興味がないわけじゃない。けど、稼いだ金はどうしても自機のカスタマイズに消えていく。弾薬代も修理費も馬鹿にならないし、優先度の問題ってやつだ。
ほんとはもうちょいゆっくりしたい。けど、トップ会議に呼ばれてる以上、そうも言ってられない。俺はベッドから腰を上げ、自室のドアを抜けて会議室へと足を向けた。
◇
会議室に足を踏み入れると、すでに旅団の面々は席に着いていた。
円卓のテーブル、その真正面。つまり入り口から見てど真ん中に座っているのが、我らが団長『フロスガル』。大柄で筋骨隆々、色黒のスキンヘッド。まるで映画や漫画に出てくる叩き上げ軍人をそのまま3D化したような風貌だ。見た目だけで言えば、戦場で素手で戦車を止めそうな迫力がある。
その隣に座っているのが、黒髪の長髪に白衣姿という、いかにも理系っぽい細身の男性アバター。副長兼戦術参謀、『カノン・ハイロンド』。いつも気怠そうな顔をしてるくせに、頭の回転は異常なほど速い。軍事やゲームの知識はもちろん、どこで仕入れたのか分からない専門分野にもやたら詳しい。一般教養まで網羅してるあたり、もはや人間辞書。いや、アバター辞書か。
副長殿の隣の席は空いていて、そのさらに隣……一席飛ばした位置に座っているのが、黒髪ぱっつんロングに軍服姿の少女アバター。腰まで伸びた髪と整った顔立ちが、絵に描いたような美麗ってやつだ。彼女の名は『
そして、その隣。黒いフルフェイスのヘルメットで顔を覆い、黒のロングコートに全身黒コーデ、闇属性全振りみたいなアバターが座っている。第三小隊の隊長、『黒衣のシュヴァルツァー』。名前からして厨二臭がすごい。一見、カオモジと同じく喋らない系かと思いきや、こいつはむしろおしゃべりな方。声が機械音でちょっと聞き取りづらいけど、話す内容はやたら多い。自称・知識と戦略に秀でた軍師。副長のカノンのポジションを虎視眈々と狙っているが……まあ、能力差は雲泥。誰が見ても分かるレベル。でも、こいつとは割と話が合う。厨二病同士……いや、俺は違うけど。たぶん。
そして最後。円卓から少し外れた位置に、ぽつんと座っているのが『カオモジ』。本来ならこの場に呼ばれるはずのない存在。彼女は第一小隊の隊員で、俺の部下にあたる。トップ会議は団長、副長、小隊長クラス限定。つまり、カオモジの出席は完全にイレギュラー。
「(゚Д゚;≡;゚д゚)」
……本人も何が起きてるのか分かってないらしい。顔のモニターには、焦りまくってるAAが表示されていた。
そんなカオモジの様子を横目に、俺は副長の隣の空いていた席へと向かい、腰を下ろす。まあ、もう気づいてるだろうけど第一小隊長は俺だ。
「すまない、遅れた」
座ると同時に、簡潔に謝罪の言葉を口にする。誰も文句は言わない。……まあ、今さら俺の遅刻に突っ込むようなメンツでもないしな。
「……よし、全員揃ったな。会議を始める」
団長・フロスガルが、低く落ち着いた声で口を開いた。その声音だけで場の空気がピリッと引き締まる。
「みんな、突然の招集ですまなかった。少々厄介な事案が発生したため、緊急で集まってもらった。今回はカオモジにも関係があるので、特別に出席してもらっている」
その言葉に、カオモジの顔モニターが『(゚Д゚;)』から『(゚д゚)』に変化した気がした。……たぶん気のせいじゃない。
フロスガルの言葉を受けて、副長のカノンが静かに立ち上がる。その動作に無駄はなく、まるでプログラムされたような所作だった。
「では、状況を説明します」
副長・カノンが静かに口を開いた。声はいつも通り淡々としているが、内容はそうもいかない。
「先日、団長フロスガル、第一小隊長ユウジ、そして第一小隊員カオモジの三名が、『医薬品製造プラント』襲撃任務を受託しました。依頼元は、いつものようにNPC仲介によるもので、人為的なスポンサー企業からの直接依頼ではありません」
その言葉に合わせて、フロスガルの背後にある巨大ディスプレイが起動。任務内容の詳細が映し出される。
「作戦は順調に完了し、報酬も満額支払われています。ここまでは特に問題はありません。問題となっているのは、襲撃先の『医薬品製造プラント』のスポンサー企業が、現在ニュースで話題になっている『雨傘製薬』だったことです」
「一応言っておくが、俺たちは現実世界でテロリストでも思想犯でもない。今回の『雨傘製薬』の工場を襲撃した犯人ではない。まったく関係性はない。ただの偶然の一致だ」
フロスガルが、円卓を囲む俺たちを見回す。視線は鋭いが疑っているわけではない。念押しだ。
当たり前だ。俺たちは犯罪者じゃない。ただのゲームプレイヤーだ。……そう、ただの。
「団長の言う通り、我々はこの事件において、まったくの無関係です。ですが、団長はあなた方の身を案じています。今回の件で、現実の警察機構があなた方の家に事情聴取に訪れる可能性を憂慮しています」
……事情聴取? ゲームの任務で?
「成人している方々は、まあ問題ないでしょう。しかし、団員の中には未成年者も少なからずいます。突然家に警察が来れば、親御さんが心配するのは当然です」
そりゃそうだ。ゲームで遊んでただけなのに、いきなり警察が家に来たら、親はパニックだろう。
「まあ……もしかしたら、警察に来られると都合の悪い方も、いらっしゃるかもしれませんが……」
その一言に、円卓の空気が一瞬だけ凍った気がした。副長はそれ以上何も言わず、静かに席へと戻る。それを見届けたフロスガルが、再び口を開いた。
「余計な疑いを掛けられないためにも、他の団員たちには、我々が無関係であることを強く念押ししておいてくれ」
またしても、団長の鋭い視線が俺たちをなぞる。……慎重派の団長の言うことは、一理ある。あるけど……。
気にしすぎじゃないか? これ、ただのゲームだぞ。
「質問を……よろしいか?」
それまで黙っていたユイが、静かに手を上げた。場の空気が少しだけ引き締まる。
「ああ、構わない。なんだ、ユイ」
団長が頷くと、ユイは迷いなく言葉を続けた。
「そもそもの依頼がNPC経由とのことだが、その背景のフレーバーはどうなっている? 本当にAAOのゲーム内での話なのか?」
……さすがユイ。真面目すぎて、フレーバーテキストまで疑ってくる。
「最近はフレーバーテキストなんて読まずに依頼を受けることも多いからな。NPC依頼に偽装した、他の旅団の罠かもしれん。
独特の機械音で、シュヴァルツァーが口を挟む。……出た、厨二病警戒モード。罠とか陰謀とか、好きだよなほんと。
でも、そもそもそんなことして、誰が得するんだ?
ユイとシュヴァルツァーの疑問に対して、カノンが静かに口を開いた。
「
語り口は冷静そのもの。だが、言葉には微かな棘がある。
「仮に誰かが書き換えて我々を嵌めようとしていたとして、それに一体、何の意味があるのでしょうか。我らが旅団『ベイオウルフ』は、別に
そう言って、カノンは明らかに鼻で笑うようにシュヴァルツァーの方を向いた。……まあ、いつものことだ。シュヴァルツァーは事あるごとにカノンに張り合おうとするから、こうやってよく一笑されている。それでも懲りないあたりが、ある意味すごい。
「ともかくだ!」
場の空気を断ち切るように、フロスガルが声を張った。その一言で、会議室のざわめきがピタリと止まる。
「とりあえず、用心のために、一定期間、個人での依頼受託を禁止する。怪しい素振りは、なるべく見せない方がいい。必ず誰かと一緒に依頼を受けるよう、各小隊員に伝達してくれ。……俺からは以上だ」
言い終えると同時に、フロスガルはゆっくりと立ち上がった。その動作が、トップ会議終了の合図。誰も言葉を発さない。空気は重く、静かに。けれど確実に、現実の影がゲームの中に差し込んできているのを俺は感じた。