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第8話 最初の事務改革②

 次の日。

 朝からギルドの倉庫前には、異様な緊張感が漂っていた。




 「よし……行くぞ、リンネさん。今日こそ、この未踏の魔窟を攻略する!」


 「……はい」




 まるでダンジョン攻略前のパーティー会話だった。




 いや実際――




 ギルド倉庫は、ダンジョンだった。






 扉を開けた瞬間、ファルコは後悔した。

 昨日の確認だけでは把握しきれていなかった部分が、今日の光であらわになる。




 布、皮、防具、砕けた武器、ビン、不明な液体、干からびた果物。

 棚は形だけ。仕切りも無く、すべてが投げ入れ式で保管されていた。




「あのビン、なんか泡立ってない……?」

「あれ、食べ物だったの?」

「いやもう何年前のだよ……」




「まずは四分類。『使える』『壊れてる』『私物』『不明』で仕分けましょう!」


「了解」




 ファルコは、手際よく段ボール代わりの木箱を4つ設置。

 そこへリンネが軽やかに動き、次々と品を分類していく。




 「これは……剣。錆びてますけど、刃は通る」


 「“使える”で」




 「これは……砕けた盾。裏に“トシロー私物”って彫ってあります」


 「“私物”で。持ち主には……後で連絡取るしかないな」




 「これは……鉄球?」


 「何の!? 誰の!? そもそもなぜここに!? “不明”で!」






 ――気づけば、時間が過ぎるのも忘れていた。


 リンネの動きは正確無比。

 記憶力に裏打ちされた「どこに何があるか」の把握力は、まさに人間レーダーだった。




 ファルコは段々と、彼女がなぜこの混沌ギルドに3年も居られたのか、理解し始めていた。




 「……黙々と作業してると、落ち着きます」


 「なんか、わかる気がする」




 ファルコもまた、かつて混沌の会社で沈黙の時間に救われた人間だった。




 昼過ぎには、分類がだいぶ進んでいた。




 「ここにタグをつけて……“消耗品・予備”。ラベルは……“C-01”」


 「奥の方は“未整理エリア”って札貼っておきます」


 「ありがとう、リンネさん」






 その時、不意に――




 「……ファルコさんって、変ですね」




 手を止めたリンネが、小さな声で言った。




 「え、えぇ!? 今、突然!? しかも“変”って!!」


 「いえ……いい意味、です。多分」


 「多分が信用ならない!」




 けれど、その目は柔らかかった。




 「普通の人は……『このギルド、終わってる』って言って、逃げてました。でも、ファルコさんは……楽しそうにしてて」


 「うん……職業病ってやつかもね……」






 気づけば、倉庫の床が見えるようになっていた。

 崩れた木箱は片付き、物品は棚に整然と並び、壁には新しく作った在庫ラベルが貼られていた。




 まだ、完了にはほど遠い。

 けれど、確かに秩序の芽が芽吹いていた。




 「これ、誰か褒めてくれないかな……」


 「……私が、褒めます。ありがとうございます」


 「まじか……泣きそう……!」






 その夜。


 宿に戻ったファルコは、ベッドに倒れ込みながら呟いた。




 「この世界……事務やってるだけで英雄になれるな……」




 そして、明日からもまた地道な積み重ねが続くのだ。


 だがそれは、ファルコにとって――


 なにより、心地よい冒険だった。

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