次の日。
朝からギルドの倉庫前には、異様な緊張感が漂っていた。
「よし……行くぞ、リンネさん。今日こそ、この未踏の魔窟を攻略する!」
「……はい」
まるでダンジョン攻略前のパーティー会話だった。
いや実際――
ギルド倉庫は、ダンジョンだった。
扉を開けた瞬間、ファルコは後悔した。
昨日の確認だけでは把握しきれていなかった部分が、今日の光であらわになる。
布、皮、防具、砕けた武器、ビン、不明な液体、干からびた果物。
棚は形だけ。仕切りも無く、すべてが投げ入れ式で保管されていた。
「あのビン、なんか泡立ってない……?」
「あれ、食べ物だったの?」
「いやもう何年前のだよ……」
「まずは四分類。『使える』『壊れてる』『私物』『不明』で仕分けましょう!」
「了解」
ファルコは、手際よく段ボール代わりの木箱を4つ設置。
そこへリンネが軽やかに動き、次々と品を分類していく。
「これは……剣。錆びてますけど、刃は通る」
「“使える”で」
「これは……砕けた盾。裏に“トシロー私物”って彫ってあります」
「“私物”で。持ち主には……後で連絡取るしかないな」
「これは……鉄球?」
「何の!? 誰の!? そもそもなぜここに!? “不明”で!」
――気づけば、時間が過ぎるのも忘れていた。
リンネの動きは正確無比。
記憶力に裏打ちされた「どこに何があるか」の把握力は、まさに人間レーダーだった。
ファルコは段々と、彼女がなぜこの混沌ギルドに3年も居られたのか、理解し始めていた。
「……黙々と作業してると、落ち着きます」
「なんか、わかる気がする」
ファルコもまた、かつて混沌の会社で沈黙の時間に救われた人間だった。
昼過ぎには、分類がだいぶ進んでいた。
「ここにタグをつけて……“消耗品・予備”。ラベルは……“C-01”」
「奥の方は“未整理エリア”って札貼っておきます」
「ありがとう、リンネさん」
その時、不意に――
「……ファルコさんって、変ですね」
手を止めたリンネが、小さな声で言った。
「え、えぇ!? 今、突然!? しかも“変”って!!」
「いえ……いい意味、です。多分」
「多分が信用ならない!」
けれど、その目は柔らかかった。
「普通の人は……『このギルド、終わってる』って言って、逃げてました。でも、ファルコさんは……楽しそうにしてて」
「うん……職業病ってやつかもね……」
気づけば、倉庫の床が見えるようになっていた。
崩れた木箱は片付き、物品は棚に整然と並び、壁には新しく作った在庫ラベルが貼られていた。
まだ、完了にはほど遠い。
けれど、確かに秩序の芽が芽吹いていた。
「これ、誰か褒めてくれないかな……」
「……私が、褒めます。ありがとうございます」
「まじか……泣きそう……!」
その夜。
宿に戻ったファルコは、ベッドに倒れ込みながら呟いた。
「この世界……事務やってるだけで英雄になれるな……」
そして、明日からもまた地道な積み重ねが続くのだ。
だがそれは、ファルコにとって――
なにより、心地よい冒険だった。