2030年4月4日
この日は多くの人達にとって、ごく普通の1日になるはずだった。いつものように通勤して、何気のない会話をし、文句を言いながら仕事をする。そして、音楽を聴きながら電車に揺られ、帰路に着く。
そんな1日になるはずだったのに…。
〜〜〜〜〜
突然のことだった。見習いマジシャンの男は、師匠の公演ショーのために、ステージの裏でトリックの仕掛けの最終確認をしていた。
そこでいきなり世界が揺れた。なんだ?と戸惑っていると、スマホからけたたましい音が鳴り、それが地震であることを知った。咄嗟に屈んだほんの数秒後に、この世のものとは思えないほどに世界は揺れ、この世の終わりだと確信した。
揺れが収まり外に出てみると、建物は崩れ、至る所から火の手が上がり、助けを求める声と呻き声が飛び交っていた。
ここは地獄だった。
そんな中で、人々をさらに絶望させる内容が響き渡る。
『ピーピーガガッ…こちらの放送は国から、日本全国に向けて発信しております。落ち着いて聞いてください。ただいまの地震は、観測史上最大のマグニチュード10を記録しました。この前代未聞の大地震により、大規模な地殻変動が起こると予測されます。それによって…12時間以内に日本が海に沈むと考えられます。』
この放送を聴いている人々は、騒いだりなどせず、呆然としていた。今の状況が現実かどうかの判断がつかないようだ。それは男も同じだった。事態が飲み込めず、もはや何も聞こえていない、といった様子だ。
『それにつきましては……や子供たちの避難を……への移動を……繰り返します……』
放送の途中であったが、男は気がつけばトボトボと、もといた建物へ向かって歩いていた。
〜〜〜〜〜
男は、ステージの上に立っていた。不幸中の幸いか、ステージ上は物が散乱していたが、10分程度で片付けられた。
男は、誰もいない、客席を向いてお辞儀をした。そして男はまるでそこに観客がいるかのように、鳩を出し、ステッキを伸ばし、ステージ上を飛び回った。自分ができるマジックを見せつけるかのようだった。
どのくらい時間が経っただろうか。
男は最後に、手に持っていたトランプを消し、深呼吸をした。
マジシャンの3大原則の1つに、「同じマジックをしない」がある。男は自分ができる全てのマジックをし尽くしたのだ。
この男のショーはこれで終わったのだった。
そして、男は誰もいない客席に、最初よりも深く礼をした。
その時だった。続いていた地響きがより大きくなり、建物が崩れる。男は逃げようとせず、ただ呆然と客席を見つめていた。
そして、男の視界は狭くなっていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
男は目を覚ました。そこは上下左右が存在せず、空間は捻れ、歪んでいた。体の感覚がない。
「そうか、俺は死んだのか…」
その瞬間、男の目の前にメッセージ画面が表示された。
【おめでとうございます!!
0.001%の奇跡!!
あなたは選ばれました!
『転生を行う』】
「これは…?なんだ?俺は遂に気でも狂ったか?」
男は必死に記憶を辿る。
「もしかして…あの何年前に流行した漫画の、異世界転生ってやつか?」
しかし誰も答える者もおらず、男は肩を落とす。
「とりあえず、この『転生を行う』を選べばいいのか?」
男が画面をタップすると、男は目眩と吐き気に襲われて気絶した。
男が目を覚ますと、薄い布のような物が着せられており、そこは小さい小屋だった。
「目を覚ましたか。」
急に声をかけられ驚いたが、すぐに声をかけられた方を向く。そこには、1人の女性が立っていた。
その女性は、金髪で、アジア系の顔立ちだった。年は20代後半から30代前半くらいだろうか?
「お前のほうが早く目を覚ましたな。こっちの世界に来たのはお前のほうが遅かったのに」
女はペラペラと喋っているが、男はこの状況を理解できていない。
「紹介がまだだったな。私は日隠明見、お前達と同じ、向こうの世界から来た者だ。」
男はこれを聞き、ようやく今の状況をできた。自分はこの人に助けてもらったのだ。
「俺は奥村孝太といいます。助けてくださりありがとうございます。」
「コウタ、か。いい名前だ。おそらく、今お前はこの状況の詳しい説明が欲しいだろう。安心しろ、ちゃんと教えてやる。でもその前に飯だ。なんせ丸2日も眠っていたんだ、腹も空いているだろう。少し待ってろ、すぐに作ってきてやる。その代わりと言ってはなんだが、その子を見ておいてくれ。お前の数時間前に、こちらの世界に来た子だ。」
そう言って明見が指した先には、黒髪の女の子が眠っていた。
「まだ覚まさないだろうが、一応な。」
そう言い終わると、明見は部屋から出ていった。
部屋を見渡すと、その小屋は木でできており、テーブルや椅子もただの板であった。この世界は自分が住んでいた世界よりはるかに遅れているのだろうか。それに、元の世界はどうなっているのだろう?家族は無事だろうか…?
そのように考えていると、足元から物音がした。
「ん…、ここは?
え、嘘?あなたは誰?キャーーーーッ!」
眠っていたはずの女の子はいつのまにか起きていたらしく、コウタを見て悲鳴をあげた。誘拐されたとでも思ったのだろう。
それを聞き、明見が走ってきた。
「どうしたんだい?あぁ、目を覚ましたのか、混乱するのも無理はない。少し待ってくれ、今食べ物を持ってくる。」
女性が来たから安心したのか、女の子はすぐにおとなしくなった。するとすぐに、明見が食事を運んでくる。
「座りな。話はそれからだ。」
コウタと女の子は、素直に席に着いた。最初は、2人とも出された食事を疑っていた様子だったが、明見が一口食べると、2人とも続けて食べ始めた。
食べ始めてひと息ついたころ、明見が口を開いた。
「こんな短期間にこんな大勢の人が来るなんて珍しいね。私か『視た』のでさえ、50人近い人がいたよ。その中で私が助けられる距離にいたのが君たち2人だったわけだが…何があった?」
女の子はなんのことかわかっていない様子だったが、コウタが答える。
「地震です。それも史上最高規模の。それによって、日本が沈んだらしいです。」
「なるほどね、それならこの人数も理解できる。」
明見は深く頷いた。そして、話を続ける。
「私の疑問は解消された。次は君たちの番だ。私が知っている全てを話そう。なぜ君たちがここにいるのか、私は何者なのか、そして…この世界はどういうものなのか」
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