PK……プレイヤーキル。
俗にプレイヤー同士の諍いの果てに相手を殺すことを指す。
しかしこのゲームのPKは些か事情が異なる。
そもそもこのゲームでは、テイマー同士でダメージを与える事は出来ないのだ。
フレンドリーファイヤはシステム的にできない仕組みになっている。
それは街の中だろうと、フィールドであっても。
ではどうするのかといえば自分のテイムモンスターを使うのだ。
俗に言うMPK……モンスタープレイヤーキルに該当するのだが、これは野生のモンスターを引き寄せて対象になすりつけることを指す。
対してテイムモンスターはテイマーの意思で動くため、立派なPK行為に当たるとされた。
まぁあれだよな。
テイマーが屑だとモンスターもそれに感化される。
僕はそんな人間になりたくないのでライムには絶対そんなことさせない。
出来ない、じゃなくてさせない。
これ結構大事なことだぞ?
βテストの検証ではテイマーとモンスター同士に確かなリンクがあるとされている。
それは細い糸で結ばれた運命の赤い糸。
それを太くするか、切り落とすかはテイマー次第なのだ。
要するに何が言いたいかといえばPK許すまじ!
これに尽きる。
なんでPKの話が出てくるのかといえば、単純にさっきキルされたからだ。
きっとあいつらは僕の振りまいた毒を浴びたモンスターを横殴りした奴だろう。
昔から言っているだろ、HPがちょっと減ってる奴は奪っちゃダメだって。
横殴りはマナー違反だけど、それはプレイヤー間でのルール。
苦労して倒したモンスターから素材が落ちないのは確かに僕のせいだろう。
……でもそれがどうした?
横殴りして奪った獲物が素材を落とさなかったくらいで怒りの矛先を向けるような器の小さな人間。
その矛先を向けやすいのがたまたま僕だっただけだろう?
つまり日常のストレスのはけ口に僕が見事当たってしまったわけだ。くそったれ!
僕のような弱者を囲んでストレス発散してさぞ楽しかったろう。
無駄にLVが高かったからモンスターにいい経験値を稼げた。そう思うだろう?
ここでさっき話した赤い糸の話が出てくる。
PKをした時点でこの糸はプッツリと切れてしまうのだ。
そんなことに自分が使われると言うことにショックを受け、モンスターはテイマーに対する信頼度がガクッと落ちてしまう。
最悪それを実行したモンスターはPK後、嫌になってテイマーの元から逃げ出してしまうだろう。
テイマーはテイムしたモンスターを契約して従えることができるけど、モンスターは信頼度が低いと命令を無視することだってできる。
そして脱走することも可能だ。
ただしテイマーはモンスターに逃げられても痛くもかゆくもない。
逃げ出されてもまた捕まえれば良いと考えるからだ。
対してキルされた側は被害がでかい。
何しろせっかく稼いだお金の半分を自分を復活させる費用としてシステムに徴収されるからな。
その上ストレージの中身をランダムで1
僕のストレージには
ポーション1個×15枠
ポーション10個×1枠
と仕様の穴をついた仕掛けが施されている。
だからPKされた、ちくしょう!
……とはならない。
PKなんて対策を立てていればいくらでも対処出来るからな。
こうやってスタックをあらかじめ分けておけばいいだけだ。
あと復活の費用、あれな。
手持ちの所持金がダイレクトに減るからギルドの銀行にお金を2桁になるまで預けておくだけでいいんだ。
手持ちが10Gだから、今の手持ちは5G。
あーあ、半分も減っちまったぜ。
そして性懲りも無くPKを繰り返す旨味がこのランダムドロップにある。
しかしここまで対策を立てるというのはそこまで多くない。
僕は常に悪い事をしていると言う自覚がこそっとあるからこそ、対策を立てられるが、普通はここまで準備しないもんだ。
なんせこのドロップ、装備中の武器まで落ちる。
なのでやられた側はたまったもんじゃない。
だから僕を狙ったのはとても運が悪かった。
でも僕は謝らないぞ。
悪いのは面白半分で僕に手を出すあいつらなんだからな。
本来テイマーはモンスターを使役してモンスターを倒した時、経験値を得る。
これらはテイマーとモンスターに平等に入る。
しかし抜け道としてあるのがPK……モンスターを使役してテイマーを倒すことだ。
……実はこれはシステム上できてしまう。
チームを組んでいればそう言うことはできないようになるが、悪意あるプレイヤーがモンスターをけしかけることで第三者のテイマーに対してPKを成立させる事が出来てしまうのだ。
とはいえ当然デメリットがある。
それがカルマ値の増加だ。
このカルマ値、増加はするが減少はされない特殊ステータス。
そしてこれらはマスクデータで管理されており、通常プレイヤーは見る事ができなかった。
ただそのデメリットはプレイヤーに対してすぐに影響しない。
すぐにペナルティを受けないからこそ、それに味を占めた悪意あるプレイヤーが再犯を繰り返した。
しかしそれが実際に目に見えた時ではもう手遅れだった。
まず第一に、そのテイマーからモンスターが逃げ出しやすくなる。
繋いだ絆が綻び始める。
その予兆は顕著に現れるが、モンスターを道具として扱うテイマーはこの異変にすぐには気づかないだろう。
第二にモンスターをテイムしづらくなる。
綻びの生じたテイマーはモンスターからの信頼が常に最低値で現れる。
もうここまできたら流石にテイマーもおかしいと気づく頃だ。
第三にモンスターから常にヘイトを受ける。
これはタンクがどんなにヘイトを受け持ってもなりふり構わず狙われるようになる。
もしAスキルに詠唱が必要なスキルを選択してたらただの置物確定になる運命が決定づけられるのだ。
こうなったらこのテイマーは終わりだ。
もしチームに誘っての活用法があるとしても、それは肉盾……囮としての活用法くらいだろう。
……ざまあみろ。
PKをしたプレイヤーの明るくない未来を精一杯祝ってやりながら僕は毒を吐いた。
とはいえ再犯されたら嫌だし怖い。
だから僕のようなイジメられっ子は、こんなこともあろうかと後ろ盾を使うのだ。
イカルガだ。
あいつとは特に連絡先を交換はしてないが、それに通じるルートは別に確保しているのだ。
記す内容はこんなもんでいいだろう。
なるべく怒りの炎にガソリンを注ぐ文章が書ければベスト。
それをあーしてこーして、よし!
こんなもんでいいだろう。
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> イカルガ
突然の連絡済まない。
以前頼まれていた依頼、受けてもいいと目処が立ったと連絡しようとした所だったが、それが……
僕にも悪いところはあったんだろう。
でも話し合いも何もなく一方的にあんな事をされたら……
またいつあいつらにひどい目にあわされるかと思うかわからない。
僕はもうこのゲームにログインするのも怖いんだ。
だから、ごめんな。
最後に、今までありがとう。
ライト
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こうして一方的な情報を与えつつ、断片的に濁して教えてやる。
すぐに僕に何かあったかがわかるだろう。
あいつのことだ、掲示板からすぐにPKされたと突き止めるはずだ。
僕とイカルガの関係を知っている奴は一握りしかいないが、その一握りにも連絡を取ってそれとなく燃料を注いでおくのも忘れない。
あとは待ってるだけで僕を襲った奴はイカルガにボコられることだろう。
くくく、僕に手を出すとこうなるのさ。せいぜい見せしめに晒されるがいいさ。
ハーハッハッハッハ!
◇
無駄に高笑いをしたので喉が渇いた。
このゲームは変な所にこだわりを見せるから喉が乾いたままにしておくと喉が荒れて詠唱に悪影響が出る状態異常とかかかってしまう。
なんせポーションを飲んでも状態異常にかかるゲームだ。
はっきり言って頭がイかれてる。
僕は別に詠唱できなくてもそこまで影響はないが、そのままにしておくのも癪だ。
知り合いのログイン履歴を確認してからとある場所へと足を向けた。
表通りから裏道を二本抜けた先に目的の場所がある。
昔馴染みが最近オープンさせた店。
純喫茶[閑古鳥]
店の名が示す通り、この店はそもそもオーナーのやる気が著しく低く、いつ行っても開いてない時の方が多い。
しかし僕には彼女といつでも連絡が取れる手段がある。
それがメッセージだ。
通話と違って一方的に送りつける事が可能なので、手空きの時に確認してもらえるし重宝している。
すぐに連絡が来た。どうやら今日は店を開けるつもりがなかったようだが、来たのが僕なら開けてもいいと訪問許可を入れてくれた。
扉を開けるとカランコロンと鐘の音が店内に響き渡る。
そこに一人で暇そうにしているのがオーナーシェフであるフローリア。
片手を上げて挨拶をすると、同じように返された。
注文をすると程なくして頼んだ品が僕の前に運ばれてくる。
「はーい。抹茶フロートおまたせ~。ライト君、これ好きねー」
「頭を使うと糖分が必要になるからな!」
「そういうことにしておくわ」
僕はスプーンを持って子供のようにはしゃぎ、早速ソフトクリームの部分を掬って口に運ぶ。
それはすぐに味覚データを残してスッと消えてしまった。
これだけならただ甘いだけ。
しかしグラスの中に注がれたグリーンティーと混ぜてからもう一口。
僕の意識はシャッキリとした。
そうそう、これだよこれ!
この程よい渋みがただ甘いだけのソフトクリームの良いアクセントになった。
あとはもう夢中で混ぜて食べて飲んだ。
カウンターで見ている彼女は若干呆れ気味だ。
「そんながっつかなくても、逃げないから。ね?」
「こんなに旨いのにどうして表通りに店を出さないんだよ、勿体ない」
そう思っているのは僕だけじゃない筈だ。しかしこの苦味……どこかで味わった事がある。
どこだったっけ? 断片的な記憶を探しに記憶の海に飛び込むが、すぐに浮上してフローリアを見上げた。
その表情は少し困惑気味に眉根を下げていた。
「そう言ってくれるのは嬉しいわ。でも私が不在の時はどうするの? そもそも食材だってあんまりないのよ?」
「そこが勿体無いんだ。どうして真剣に取り組まないんだ? フローリアの腕なら引く手数多だぞ?」
「ごめんなさい、私はライト君のようにあの人を放って置けないのよ」
どこか寂しそうな顔でフローリアは言葉を絞り出す。あの人とは、つまりイカルガのことだ。
彼女は僕と同じチームメイト。
僕のβテスト時代のチームに一員でイカルガの右腕だ。
その時のことを責めている訳ではないが、彼女はまだ僕の脱退に思うところがあるようだった。
「イカルガがそれを許さない、か?」
「ごめんなさいね?」
「良いさ。事情を知っているのに僕も無責任な事をフローリアに求めてしまった。それのお詫びじゃないが買い出しなら引き受けるぞ」
「ん、それじゃあお願いしようかしら」
さっきまでの沈み込んだ雰囲気を吹き飛ばすようにフローリアは微笑む。
「あとで詳しくこの抹茶味の材料教えてもらうから」
「良いわよ」
「それじゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
フローリアと別れ、僕は指定された素材をかき集めた。
それはフィールドで取れるものや、ともすればバザーで手に入れるようなものも含まれた。
最後の一つを見て、どこかで味わったあの味についてようやく腑に落ちた。
◇
「まさか隠し味に僕のポーションが使われていたとはな」
「そんなに驚く事?」
「そりゃ……だって、なあ? 味に自信はあると言ってもポーションだぞ? 生産者としては、用法通りに使用して欲しいじゃないか」
「そうなの? じゃあ、あの人の使い方を聞いたらもっと驚くかも?」
少し含みのある笑みを浮かべるフローリア。待て、なんだそれは。
イカルガもおかしな使い方をしているっていうのか?
「おい、それはどういう事だ?」
「聞きたい?」
イジワルな瞳に見つめられ、僕は興味本位から頷き、そしてすぐに聴くべきじゃなかったと後悔した。
あいつ、あいつ……あのヤロー、人のポーションをなんだと思ってるんだ!
ダンッ!
思わず握りしめた拳をカウンターテーブルに叩きつける。
叩いた場所にじんわりとした痛みが広がった。
あいつ……僕のポーションを悪用してやがった!
それから僕は頭が真っ白になり、ずっと信頼していた、良いやつだと信じていたイカルガに裏切られる形になった。
あいつ……僕のポーションが必要だって言ってたのはそういうことだったのか!
僕のポーションはそのために味を改善したんじゃねーーー!
店売りポーションの、味を調整するための調味料なんかじゃ断じてない!
くそー、くそー!
まさかポーション同士を混ぜてまぁまぁ飲めるポーションを文字通り水増ししてやがったとは!
その上餌に混ぜるとモンスターの食いつきが良いだって?
なんだそのふりかけみたいな使い方は!
確かに高いし数は取れないけどさ!
そうじゃないだろ、そうじゃ!
くそぉおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!
僕はその日誰も信じられなくなってログアウトしてそのままふて寝した。
「私何かまずいこと言ったかしら?」
「ピキー」
「難しい年頃ね、あなたもそう思う?」
「ピー……」
「そう、あなたも随分と苦労してるのね」
まるで意思の疎通が出来ているかのように、フローリアは残されたライムにはなしかけた。ライムもまたそれに答える。
しかしテイマーのログアウト確認と同時にその姿は搔き消え、フローリアはポツリと呟いた。
「あの人もあの子も、難儀な性格してるわねぇ、これから大変だわ」
そして次に動くべき行動を頭の中で回し始めた。