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第2話 ポーションあれこれ

 <ポーション>


 RPGではおなじみの回復アイテム。

 前か後ろにつく名称によって様々な回復効果を持つ薬品類の総称だ。


 しかしこのゲームではポーションと言えばHP回復ポーションの事を指す。

 他にもあるが、略語としてポーションと言えばそれなのだ。


 それはそれとして。

 このゲームではポーションにも等級というものがある。


 初級:10%~15%

 中級:15%~30%

 上級:30%~45%


 上限は45%まで。

 βテスト時代ではそれ以上は実装されておらず、それを覆すならオリジナルレシピを開発するしかないとされた。


 そこから先はAスキルの【癒術】でのみ可能とされる。とはいえHP回復効果のあるスキルはヒールのみ。それ以降は効果範囲の変動と、守護魔法、状態異常回復スキルが主になっている。勿論範囲が増えるほど回復力が下がることになる。


 ヒールⅠなら15%~

 ヒールⅡなら20%~

 ヒールⅢなら30%~

 ヒールⅣなら40%~

 ヒールⅤなら50%~


 ヒールサークルなら最低値がそれより5%づつ落ちる。まぁ上級ポーションと同じ効果を味方チーム全員にかけるのだから、意味合いは全く違うのだが。


 そしてこのスキルの横に付く英数字がスキルの熟練度を示す。

 現在はⅤまで確認されており、使えば使うほど回復力の最低値が上昇していく。

 最高値は知力に依存しており、それらは武器の熟練度に応じて上昇していくのだ。知力を上げるのは杖系、それが常識だ。


 しかし一見使い勝手の良さそうなヒールにもデメリットはある。

 それが詠唱時間だ。

 行使するのにはAPを5消費し、更に5秒ほど精神を集中しなければならない。


 詠唱とか言っといてたったそれだけとか思うだろ?

 しかしその詠唱中というのは些細なきっかけで中断させられる事が多く、不発に終わることが実に多い。


 それは例えば使用者に身の危険が迫った時。このゲームであるならばモンスターに襲われる時がまさにそれだ。

 このゲームはやたらとリアルなつくりをしているので、モンスターの息遣いや興奮状態が一目見て分かるのが特徴である。


 今まさに自らに危機が迫らんとしている時。あと5秒をその場から逃げ出さずに詠唱を行使できるか?

 5秒もあれば死ぬ! そう思わせてくるモンスターたちの脅威を前にして、直前まで精神を集中し続けることが可能か、その度胸が常に試されるのだ。


 もちろん動けば詠唱はキャンセルされ、消費されたAPは戻ってこない。

 更に再詠唱するまでにリキャストタイムがかかる。ヒールなら15秒ほど無駄に時間がかかる。その間Aスキルの【癒術】は役立たずに早変わりする。

 身を守るすべであるスキルが不発するというのはそう言う事だ。



 対してポーションはストレージから取り出して2秒と掛からず傷を受けた患部へ直接振りかけるか、経口摂取によって飲むことで回復効果を得られる。


 すぐに使える2秒と、精神を乱すと不発するおそれのある5秒。この差をどう捉えるかはプレイヤー次第である。


 どちらが優れているかではなく、状況に応じてどれをどう使うかが重要だ。





 そもそもこのゲーム内では目に見えるゲージは座ったり休憩すれば自然回復する。


 大きく分けて回復するゲージは3つ。


 <HP:ヒットポイント>

 モンスターからダメージを受ければ減少する。

 回復させるのには自然回復か

【調薬】スキルで作成できる『ポーション』

【癒術】のヒールなどで回復できる。


 <AP:アタックポイント>

 Aスキルを使う度に消費。

 回復させるには自然回復か

【調薬】スキルで作成できる『APポーション』で回復できる。


 <CP:クラフトポイント>

 Cスキルを使う度に消費。

 回復させるのには自然回復か

【調薬】スキルで作成できる『CPポーション』で回復できる。



 とはいえ自然回復は時間が非常にかかる。

 大体にして10秒毎に1%。


 ……そんなもん待ってられるか!

 そんな人に役立つのがポーションだ。

 蓋を開けずに手元で砕くだけで使えなくもないからな。ただし効果は以下の通り。


 経口摂取:100%

 患部散布:70%

 瓶破壊 :35%


 これは元の回復量に依存する。


 これによって得られるのは効率だ。

 どのゲームでも言えるが、素材のレアリティがドロップ率によって偏るなら、周回は義務である。


 つまり周回の効率化。

 それは行動の最適化を意味し、その行動は回復先にも影響する。特に数をこなす場合は最優先事項だ。



 つっても常にポーション頼みのプレイヤーというのは多くない。

 それこそその他大勢の中でも一握り。

 主にボス討伐などを生業にしている常に命がけの攻略組ぐらいで、普通は座るだけで回復するものにそこまでお金をかけないのが実情である。

 何しろ単価が高いし、問題がその味だ。




 ……正直すっげぇ、不味い。


 飲んだらまず高確率で吐く自信がある。

 変に酸っぱいし薬品の匂いもプンプンする。

 胃がムカムカするし、しばらく飲み食いしたくない。

 そんな弊害がついて回るんだ。


 味は葉っぱをそのまま口に含んで、そこへ更にエグミが舌にダイレクトアタックを仕掛けてくる。

 青汁を更に100%濃縮還元した感じと言えば分かるか? 

  そこへゴーヤの苦味成分を圧縮させて散布した余計なお世話なフルコースが味わえる。

 これはまだ良い方で、回復力が上がるほどにその威力が増す傾向にあった。


 良薬口に苦しとは言うが、これは良薬どころか最早劇薬の類だろうとはβテスター全員の有難い言葉がある。

 店売りのポーションは素面で絶対に口にするな……ってな!

 ここがポーションショップの嫌な上手いところで、一緒に売ってる胃腸薬を購入しておかないと後で痛い目にあうのだ。


 まぁなんだ、HPを回復させたは良いが、低確率で『胃もたれ』と言う厄介な状態異常を引き起こす。


 だから僕はこの救いようのない、くそったれなポーションの味にこだわった。こだわりぬいた。そしてようやく見つけた正解のルート。それが[美味しいポーション]である。



 単価1,000Gが高い?

 高くて当たり前だ。


 なんと言っても通常のレシピとは異なる完全オリジナルレシピだからな。

 だから僕はこのポーションを強気の値段で売る。

 まだイカルガしかその魅力に気づいてくれちゃいないが、それでも作り続ける価値があると信じて。








 さて、僕のポーション作りのこだわりについて前置きはこれぐらいでいいだろうか?


 前も言ったがポーション作りは薬草に始まり薬草に終わると言われるぐらい薬草は大切なものだ。


 次に大切なのがそれをほぐす乳鉢と乳棒。あとは水とコンロ、手鍋くらいかな?

 もちろんポーションを入れる瓶や薬液を混ぜ合わせるビーカーも必須だ。

 そこへ注ぎ込む漏斗もあれば完璧だろう。これらを雑貨屋で仕入れると余裕で2万Gは飛ぶ。


 作るのは決して安くはないお金が掛かる。

 だというのに出来上がるのはそんなクソみたいなアイテムだ。

 世の中絶対間違ってる!

 そう思っているのは僕だけじゃないはずだ。


 初級調薬セットも買うと2万Gする。

 ただ調薬セットの方が薬液の抽出率が若干高いんだよなぁ。


 つまり、これは運営の仕掛けた罠である。

 バラバラで買えば安いと思わせて、その実同じ値段で回復力の安定のなさが全部揃えた時にようやくわかるのだ。


 まぁなんだ。

 これも金のないやつからも毟り取るための策だな。

 なんせギルドぐるみで「お金が足りてないのならこちらの単品からお売りしますが?」と言ってくるからな。


 ホントあいつら狡い商売を仕掛けてくる。

 NPCめぇ!


 このゲームでは人間とそっくりな現地人に対するNPC発言は最高峰の侮蔑に値する。勿論口に出したらアウトである。それなりの罰金と信用を失い、街から追い出される。

 要は拠点を一つ失うのだ。それは新規であればあるほど自分の立場を悪くするものだ。


 でも心の中で言うだけならセーフ。

 実際みんな口にしないだけでそう思ってるだろうからな。だから悪いのは僕だけじゃない。

 そこは履き違えないでほしい。




 そして【調薬】をメインにして食ってくにはここからが重要だ。それが店に売った時の売却額というデリケートな問題である。


 買うと1つあたり300Gかかるポーションだが、売れば100Gにしかならない。


 これには冒頭で話した等級が関わってくる。


 初級……100G

 中級……150G

 上級……200G


 これが店に売却した時のおおよその値段設定。

 そしてそれに対する回復力の基準が以下の通りだ。


 初級……10%以下

 中級……15%以上

 上級……30%以上


 ポーションのレシピは全てにおいて同じもの。

 ただし回復力は扱う調薬キットによって大きく異なる。


 要は薬液の抽出率が大きく影響するのだ。世の中マジ世知辛いよ、全く。


 その今後お世話になるだろう調薬キットのお値段が以下の通り。


 初級調薬キット……2万G

 中級調薬キット……10万G

 上級調薬キット……100万G




 ……はっきり言ってバカじゃないのかと。


 たった5%やそこらの回復力を上げるのにそこまで金をかけるバカがいるのか?


 そういう意味では調薬スキルは人気がなかった。

 とは言え、一定数はいる。


 店売りのポーションは有限だと知っているから。なければ頼らざるを得なければ上述した通り、攻略や効率を最優先する者たちには今も需要があるからだ。


 そんな馬鹿どもを相手に商売するのが僕たち偉大なる【調薬】師。


 しかし店に売っても端金にしかならないのは目に見えている。


 そう言った場合に活用するのがバザー……他のゲームでは露店と言ったか?

 そういうのに縋る訳である。


 なにせバザーは売り手の言い値だからな。

 一方的に搾取されるだけの店売りより、オリジナルレシピと言い張ればそれだけで値段を釣り上げられる。



 とは言ったが一般プレイヤーは見向きもしないのが現実だ。


 そりゃそうだ。

 店売りは固定ならバザーは作り手の言い値。

 店売りよりは安いが、初級でも1%高いだけで100G値段を釣り上げる猛者だって居る。


 それでも買う人がいるんだから世の中侮れない。



 まぁ僕のポーションに1,000G支払うなら逆に武器屋で攻撃力最低値のブロードソードを選ぶ、そういうプレイヤーの方が多いだろう。

 たかがHP回復薬と自分の身を守る武器。


 僕が逆の立場ならまず間違いなく武器を選ぶな。

 それくらいポーションってのは立場が弱いんだよ、マジ。



 不味くて回復効果が弱くて一丁前に値段ばかり高いポーション。

 武器とどっち選ぶ?

 って言われたら10人中9人は武器を選ぶだろう。


 だが世の中確率に縛られないものがどうしたって出てくる。

 そのうちの1人であるバカがたまに引っかかる。


 その一握りに一縷の望みをかけるのがバザー売り。

 僕もその強欲者の中の一人である。




 今日も客待ちしながら暇つぶしに掲示板を覗き込む。

 そこではイカルガが第二の街を解放したというニュースが流れていた。


 あいつ……頑張ってんなぁ。

 昔馴染みが活躍してると言うだけで割と嬉しいもんだ。


 僕は傍でウトウトしているライムをそっと撫で、手間暇かけて作ったポーションを瓶に詰めていく。


 完成品を並べても、今日も買い手がつかないまま一日を終える。店をたたみ、帰路につく。



 イカルガはあまり街に立ち寄らない。

 そして僕はあいつと時間が合わない。


 でも良いんだ。きっとそのうちひょっこり顔を出してくれる。

 そして決まってこう言うんだ。


「ライト、ポーションあるか?」


 ……ってな。

 僕はその時のために少しずつポーションを作っては溜め込んでいる。

 今日売れなくても、いつか買ってくれる相手がいるから。


 すっかり寝入ってしまったライムを頭に乗せ、僕はそう思うことで自分を納得させた。


 ふと思うのはイカルガと共に渡り歩いたβテスト時代の記憶、情景。


 そして喉元まで出かかっているのが「あいつきっとまた無茶してるんだろうなぁ」と言う心配だった。

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