崖下に落ちたエイリアンの機体に突き刺さっている本多の黒杖。
身軽に降りた二人が機体の前に到着して、本多が黒杖を回収する。
崖には二人が降りる為に使用したロープ。アンカーを打ち、ロープを結んでこの崖下まで降下した二人だが。
「それにしても、爆発とかはしないんだね」
「してほしいのか?」
「そーいうわけじゃないけど、…。ホンダの杖が刺さったの、何か制御に関係ある場所だったのかな?どーして、ホンダそれがわかったの?」
「何故、英語でもその言葉遣いをする、…わかっていたわけじゃない。丁度、この蝶番みたいなのがみえたから、刺してみただけだ」
「…ホンダって、アバウト?そーいう効果わからないこと、してみるのへーき?」
アレックスが完全に引いた顔で身体もちょっと離れ気味にいうのに、視線を向けずエイリアンの機体を観察しながら本多が応える。
「勿論だ。おれが無謀無茶をするのは当然だな」
「えっと、…それ?」
ちょっと額に汗とか浮かんでいるアレックスに構わず、本多が停止しているとはいえ、くちのひらいたままの貝殻に似た機体へ、―――。
「ええっ?!ホンダっ?」
「…ふむ、結構ひろいな」
「…―――」
操縦席というべきなのか?其処に座って天井に当たるだろう蓋になる箇所に手を伸ばしている本多にアレックスが引く。
「…ホ、ホンダ、怖くないの?」
「怖くないな。家の奥さんより全然怖くない。…ふむ、操縦装置という感じではあるな、…――どうだ?観察してみて」
「――きみが中に入る必要があるのかは謎だがね?カメラか何かを中に入れてくれればよかったのだが」
「ああ、…――それが面倒でな。どうだ?それで何がわかった」
「まったく、…せっかちだね、きみはいつも、…」
「―――ホンダ、その、スピーカで話してるのは、ダレ?っていうか、えっと、機密は?秘密保持義務は?」
本多が何かを触ろうとしながら誰か――スピーカにして何処かにいる誰かと会話しているようだという事実に驚愕して、アレックスが訊ねる。
それに、視線をまったく向けず淡々と。
「…随分と常識的なことをいうな。おれの兄だ」
「…って、教授?キョージュ?…あのキョージュ?!」
「これでみえるか?」
「充分だね。それから、背後か?何処に居るのかは知らないが、お仲間には説明しておきたまえ。あまり突然、他から声が聞こえてきたら驚くだろう」
「そういう問題でもない気がするが、…説明が必要か?」
しばらく無言で教授とやらが指示しているものをカメラに映しているのだろう、おそらく手首の腕時計を操縦席らしき内部に座って各所に向けている本多を無言でアレックスが見守って。
「うん、…いいんだけど、…教授なんだ?」
「当然、おれの人物プロファイルは読んで来てるんだろう?その兄だ。あれだ、あれ」
「…―――お久し振りですと、初めましてとどっちが正しいだろう、…。この際、これでいってみよう、…」
本多が無造作にカメラを操りながらいい捨てるのに、アレックスがぶつぶつとつぶやき。
不意に、顔をあげてまっすぐ本多をみる。
「初めまして、アメリカ海軍所属アレックス・ローズ少佐です。おそらく、以前、一度NASAでお逢いしたことがあるかと思うのですが、」
何やらかしこまって挨拶をはじめたアレックスに。
「確かにね。きみには、NASAの打ち上げ時に一度同じホールにいたことがあるね。だが、あれを会ったという数にいれなくともいいだろう」
「は、はい、憶えて?」
かしこまっているアレックスにスピーカから教授と呼ばれている人物の声が。
「無論だね。きみも憶えているのだろう?アレックス君。きみのお兄さんにはとてもお世話になっているからね」
「…あ、兄が、…――よろしくお願いします!」
「なんでそうしゃちほこばってる?」
また教授の指示だろうか、今度はカメラを下部へ向けて本多がいう。
「それはね、かれのお兄さんは宇宙軍所属だから、…――私の同僚になるのだがね?ううむ」
「どうした?」
「外へ出たまえ」
教授の指示に本多が身軽に外へと出る。
地面に降り立つ本多に、アレックスが眉をしかめる。
「あれ、…いま、ホンダ?」
「気がついたかね?アレックス君」
「――ええと、はい、タブン?キョージュ?」
「…えせ日本語はやめたまえ、…それがきみの性分なのはわかるが、いまはきみの言語学に関する知識を総動員して、さらに全世界の知恵を緊急に絞らなくてはならない時間だよ。要は、巫山戯ている時間をもてないということだね」
「…教授、つまり?」
本多が二歩、機体から離れアレックスの隣りに立ち。
無言のままエイリアンの機体を振り向いて、溜息を吐く。
「…どのくらいの範囲だ?」
「そうだね、…君達はあのロープで降下してきたのだね?」
本多が手首を彼らが降下してきた崖に掛けたままのロープに向ける。
「降下に掛かった時間は?」
「一分程だ」
「一分25秒03」
教授の問いに軽く答えた本多に、アレックスが細かな数値を投げる。
「…――細かいな」
眉を寄せる本多に、教授がいう。
「それも必要な数値だがね、…――距離測定は概算でいこう、…うむ、きみたちの身長と比較して距離を概算して、――――」
「…教授?」
「やはりね」
悪い予感に眉を寄せるアレックスに、さらりと告げる教授の声が響いた。
「計算は非常に概算になり、正確を期すには後日検証が必要だが」
「…細かな話はいい。それで何がわかった」
「きみは、まったく、…。本当にせっかちなのだからね?…ああ、アレックス君は理解してしまったのかね?」
「…――サー、…記憶喪失になってもいいですか?」
「そうしても構わないけれど、きみはハワイに婚約者がいるのではなかったのかね?」
「…――ジェシカ、…」
がっくり、と教授の言葉にアレックスが大きく肩を落とす。
「婚約者?」
訝しむようにいう本多に、肩を落とし膝に両手をついた姿勢のままでアレックスがいう。
「…―――情報はまだあがってないとおもうけど、…なんでキョージュが知ってるんですか、…おれ、やっと此処へ来るホント直前に許可もらったんだよ?ケッコン、…永遠のやくそく、…」
ロマンチックに約束したのにーと、肩を落としたまま呟いているアレックスに、本多が冷たい視線を向ける。
「つまり、情報が古いのは、おまえが婚約したのが直前だからか?シートには記入されてなかったんだが、…そんな直前のことを、何故あんたが知ってるんだ、兄貴」
「それは当然、私がかれの兄の同僚だからに決まっているだろう。弟から協力依頼がある前に、NASAを通じて私の方へも協力依頼があってね?これは一応、日米共同案件だから、この件の監督はきみのお兄さんが引受けているよ、アレックス君。それは知っているのではないのかね?」
不思議そうに響く教授の声にアレックスがさらに深く肩を落とす。
「…おれ、にーさんにまだ、いってない、…そもそも今回突然呼び出されたから、まだダレにもいってないのに、このハナシ、…」
がっくりと地面にめり込みそうなアレックスに本多が同情する視線を投げる。
そこへ、教授が。
「それは、きみのお兄さんがきみに監視を付けているからだろうね。他にもいそうだが」
「…―――現実を思い知らせるのはやめて、…」
肩を落とし、遠く虚ろな視線を何処かへ投げているアレックスに、本多が教授に話し掛ける。
「それで、今回なぜその話を突然持ち出した?意図的だな?」
「勿論だよ、アレックス君には、働いてもらわなくてはならないからね?かれのお兄さんにも頼まれているからね。地球を救う為にも、その天才を発揮してほしいそうだよ?手を抜かずに。そう、兄上からは聞いているからね、アレックス君」
「…―――オレ、任務にはいつも真面目です、…本当ですってば、…」
「そういう処が信用されないんだろうな」
「真面目な顔で無表情でいわないで、ホンダ、…にーさん、…」
遠くNASA、つまりはアメリカ合衆国に創設されて間もない宇宙軍に所属している兄を思いアレックスが額を押さえる。
「きみは天才だが、時々手を抜くくせがあるので困っているときいているよ。だが、婚約者が出来た以上、此処はきちんと働いてもらなわないと、地球が滅んでは結婚式ができないと伝えてほしいといわれているよ」
「…―――タシカニ、そーかも?そうだよね、…ジェシカが怒る、…結婚式が出来なかったら、…!フラレル!」
がーん、と青ざめた顔をしてアレックスが突然天を仰ぐ。
「つまり、こういう風に巫山戯るから信用されないんだな」
「そのようだね、…まあ、彼自身は極真面目なようでもあるのだがね?」
「そうか、…アレックス」
「…ホンダ?」
ジェシカにフラレル、と器用にえせ日本語でつぶやいているアレックスの肩に本多が手を置く。
「確かにな。…結婚式を無事にできなければ、彼女に一生恨まれるぞ?」
「…ホンダ、どーしてソコ、みょうにシンジツなカンジ?」
片言でアレックスが見返すのに、本多が重々しく頷く。
「手伝ってやるから。…おれはな、いまだに奥さんにゆるしてもらえてない、…」
真っ暗になる本多に、アレックスが目を見張る。
「そ、それって…?まさか?」
蒼醒めるさまがさらに深くなるアレックスに深くうなずいて。
「そのまさかだ。式を挙げる1時間前に事案が発生してな、…駆り出されて、――――式に、戻れなかった、…」
「そ、…そんな、…地球はすくわれたの?ホンダ?もしかしてそれって、…――アルファの件?それともシータ?」
「シータだ、…件名記号がばれてるのもある意味問題だな、…」
「まあその、秘匿だから、けど、共通認識もちやすいし、…。シータ?あれって、地球滅亡までいかないけど、…大都市破壊爆破テロ阻止しても、ダメなの?」
「…奥さんの機嫌はそんなことをしたくらいではとれないぞ?」
「――――…そうなんだ、…」
本多の実感が籠もった言葉に、絶望した表情でアレックスがつぶやく。
暗黒に染まる天を仰いで、そこに絶望が実体化するのをみたような表情で。
「ええと、…つまり?」
「つまり簡単にいえば、地球を救ったくらいではゆるされないということだ」
「え?都市爆破テロ阻止はダメでも、地球救えばよくない?」
「無理だろうな。…まあ、だがおまえ、結婚式が近いわけではないんだろう?」
茫然としているアレックスに、同情した視線で本多がいう。
「そ、ソウダヨ!おれ、まだやっと婚約してもらっただけで、結婚式の日取りとか、ぜんぜん決まってないし!」
「…――おまえ、婚約指輪はちゃんと贈ったか?」
「え?」
アレックスが固まる。
本多が難しい表情で、そのアレックスに。
「…おまえ、…懸念した通りだな、――約束がとれたのはうれしいだろうが、形のあるものをきちんと贈っておかなければ継続は難しいぞ?破棄されるかもしれん」
「…は、はき?」
はきって、とアレックスが完全に動作停止する。
「はやく、何とかこの事態を解決して、指輪を贈るんだな、…。まさか、まだ指輪を選んでないとかいうなよ?」
難しい表情で真剣にいう本多に、蒼醒めたままアレックスがつぶやいている。
「…ホンダ、…オレ、彼女がスキナデザイン選びたいっていってたから、次のやすみに一緒に宝飾店行くやくそく、…してたんだ、…――ソコに呼び出されて、あのね?」
固まって動かないで呟きつづけているアレックスの両肩に手を置いて。
「落ちつけ、アレックス、…」
同情に堪えない視線でみる本多の前で。
突然、起動したアレックスが叫んだ。
「…―――ど、どうしよう―――!!!このままだと、婚約破棄される―――!!!!!」
「落ちつけ」
無駄としりながらくちにする本多。
事態を収拾しても、約束の宝飾店に行けなくては、婚約破棄の危機だと固まるアレックス。
この刻、かれらは一刻もはやく事態を解決しなくてはならないと理解した。
此処まで、本多がエイリアンの機体を機能停止に陥らせ、遮光器土偶似のエイリアンが片眼を残して消えてから、15分28秒。
黒雲から開放されたときから、35分48秒―――否。
否、それは。
残り時間、69時間24分17秒。
―――――――――――――のはずだった。
「さて、聞こえているかね?アレックス君に、我が弟」
「その呼び方はやめろ」
「きちんと聞こえているようで結構だ。きみたちに提案がある」
「―――何を?」
響いてきた教授の声に本多が目を眇める。
「まず、其処を出たまえ。そうだね、私の計算では、…――離れればマシなはずだね。ロープを崖上まで登りたまえ、できるだろう?」
「…当然だが、何がいいたい?」
教授の提案に本多が眉を寄せる。スピーカから返事は無い。
「いくぞ、ほら」
「え?ホンダ?うん?」
まだうつろなアレックスの肩を叩き、本多がロープを使い崖を登攀し始めると殆ど虚ろなままアレックスが隣りで同じくロープを使い崖を登りはじめる。
器用に半分以上虚ろなまま崖を登り切ったアレックス。
そして。
「…ほう、おれに断りも無く、いい根性だ、…」
低い声でいう本多に、その伏せられた視線と殺気にアレックスが崖を登ってすぐ視線を向ける。
「…ホンダ?」
「…2時間40分46秒か、…おまえ流にいうならな」
低い声が地を這うようで、アレックスが思わず身を引く。
「ホ、ホンダ、…それって、もしかして?」
「急ぐ必要が本当にあるな。おれたちが崖下で過ごしていただけで、どうやら外ではこれだけの時間が経過していたようだぞ?」
「…ホンダ?」
アレックスが真剣な顔になり、アナログの時計とデジタルの表記を確かめる。
「ホントだ、…どうして」
「やあ、ようやく通常の速度で通信が通じるようになったようだね?」
驚愕しているアレックスの耳にも、スピーカにされた教授の声は響き。
本多が無言で己の腕時計を眇めたまなざしでみている。
そして。
教授の声が告げていた。
「きみたちは、こちらの時間ではおそらく弟がいう通りの時間を過ごしていたのだよ。…約2時間40分46秒だね。きみたちの体感時間では15分ほどのことになるだろうか?時間の経過を記録しておく方法がほしいものだがね。その時間は、我々の推論にすぎない。きみたちとの会話は、引き延ばされたように回答が遅く、会話として成り立ちにくいのに背景にノイズなどの混ざらない状態のものだった。その解析をいましている処だよ。その結論からいえば」
「――教授、」
アレックスの顔が教授の言葉に蒼醒める。
「きみたちに告げることがある。きみたちの時計がいま約2時間40分46秒経過しているということだが、それは崖下できみたちに経過した時間のある意味摺り合わせがこちらの時間と起きたということだろうね。体感時間が15分程、身体に経過した時間は約2時間40分程ということになるのだろう。勿論、緻密な計算は後程改めて行わなくてはいけないがね?」
教授の言葉にアレックスが茫然とする。
「…―――――まさか、教授?」
「そのまさかだね?アレックス君、君達二人は地球時間としては約9時間崖下で過ごしたことになるのだよ」
それに、やさしくさえ聞こえる声で教授がいう。
茫然とつぶやくアレックスに。
「…9時間?それって、」
「浦島太郎だな」
平然と無表情なままいう本多。その言葉に、アレックスが視線を向けて。
「―――それって、ニホンの童話?」
目を見開き、アレックスが茫然と問い掛ける。かるくそれに肩をすくめて。
「だが、兄貴、それにしては時間の経過が対称的ではないな?同じ比率で経過が異なるわけではないのか?」
「つまり、えっと、もしかして、距離に比例する?」
本多の問いと、何かを目まぐるしく計算した結果訊ねるアレックスに教授がうれしそうにいう。
「二人共、勘がいいね。きみが腕を動かしてカメラから画像を送ってくれた際にも観測されていた事実なのだが」
「簡潔にいえ」
「単純にいえば、局所的なウラシマ効果だね。どうやら、例の機体を中心として、重力偏差と同時に重力による時間の偏向が起きているのだよ」
「はしょれ」
あきれたようにいう本多に教授が溜息を吐く。
「―――きみはね?…まあ、簡単にいえば、時間が歪んでいるのだよ。中心に近いほどそれは強いようだ。例の機体――面倒だね、この際、地球に落下したエイリアンの機体として仮定してしまうとして、――名称はE1号でいいかね」
「適当に決めすぎだろう」
「いいではないかね?まあつまり、約9時間、君達のいない間に解析は進んでいたのだよ。そして、E1号の他に6点――計7点のエイリアンの機体が発見されたのだよ、きみたち」
「―――7件?」
「え?7台?」
さらり、と教授が告げる。
「世界中で、7機の落下したとおもわれるエイリアンの機体が発見されたということだね、この9時間に」
「そんなことって、」
茫然と立つアレックスに、本多が無言で視線を空に向ける。
一度晴れたはずの青空は、急速にまた黒雲に覆われ地は影に満ちていた。
本多とアレックスが黒雲の影から帰還したとき。
残り時間、地球崩壊まで70時間0分5秒前。
さらに、本多とアレックスの体感時間――その場所でかれらの時計が刻んでいた時間は、後に15分28秒とわかる――約15分後。
崖上に戻ったとき、かれらの時計があらたに示した時間、針の動いた時間は、――2時間40分46秒。
しかし、実際には9時間近くが経過していた。
エイリアンの機体の傍で時間経過がおかしくなることが判明し理解されるが。
いまだ、何故かれらの機体が地球に現れたのかについて、人類は解明出来ていない。
エイリアンの機体は、七機。
地球上の七箇所に、エイリアンの機体が落下もしくは忽然と現れたことが観測されていたが。
その為に、地球上の七点において重力偏差が観測されたが。
この刻。
残り時間、60時間24分57秒。
地球崩壊まで、約2.5日。―――――