◆【若月香】◆
栗色で真綿のようにふわりとした肩まで伸びた髪。白い肌に長い睫毛で縁取られ、柔らかさを与える垂れ気味のくりんとした目。その中には黒目がちの大きな瞳が輝いている。
その容姿だけで十分綺麗な人ではある。でも、それだけなら「とても綺麗」とまでは思っていなかっただろう。
園田さんを更に綺麗に見せているのは何よりもその所作だった。
高校の入学式の日、園田さんの顔を見る前に席に座っている後ろ姿だけで、「この人綺麗だな」と思ったくらいだ。立ってるときや歩いているときにも姿勢が崩れているのを見たことが無い。授業中、ノートにペンを走らせている姿や食事中の所作もお手本のように綺麗だった。
十日程経つと、綺麗な人という印象にプラスして、自分に厳しい人だと思うようになった。
入学してすぐにあった実力テストでは学年一位。体育の授業でも他の生徒よりも、動きが洗練されていて非の打ち所がない。そんな人が努力をしていないわけがないからだ。
自分に厳しい人は他人にも厳しかったりするかもしれないが、園田さんは人にはとても優しかった。困っている人がいれば手助けをするし、いつもころころと笑っていた。
その嫌味の無い笑顔と性格のおかげもあって、高校に入学してまだ二週間しか経っていないにも関わらず、男女問わず人が集まる人気者になっている。
いつも一人で外を眺めている僕なんかとは、完全に住む世界が違う人だ。
それでも僕は自分が惨めだなんて思ったことはない。僕には僕の世界がある。教室の窓からただ眺めている町にも様々な色がある。
最近できた新興住宅町の華やかな色合い。その近くに建っている古い木造家屋と瓦屋根のわびさびを感じる色。赤や深緑、鮮やかな水色といった様々な色の車が学校のすぐ側を走っていて、青い空には太陽が輝き真っ白な雲が浮かんでいる。時折、空を飛ぶ鳩の灰色の毛色なんかも目に入る。そして何より、春が深まったこの時期にしか見ることのできない、薄ピンク色の桜の花びらと青々とした緑の葉が、より一層世界を鮮やかに彩っていた。
目に映る世界は様々な表情を持っていて、いくら眺めても飽きることはなかった。その景色を僕は割かし気に入っている。
友達なんてこの世界を楽しむ邪魔にならないくらいの人数で良い。だから高校では積極的に人と関わろうとはしていない。未だにクラスに友達と呼べる人もゼロだ。
このまま園田さんとは接点も無く時が過ぎ、やがて忘れ去られていく。そんな影の薄いクラスメイトが僕だと思っていた。でも、そうじゃなかった。
「若月くんって、絵描いてるよね」
園田さんは僕みたいな日陰者にすら気さくに話しかけてきた。
僕は中学のときから美術部だ。高校でも美術部に入った。
園田さんの言葉に頷いてみせる。
すると園田さんは頬を少し紅潮させて、明るい表情でこんなことを言った。
「やっぱりー。私さ、若月くんの絵の色が好きなんだ」
何故か『好き』という言葉だけがやけに大きく聞こえて、そういう意味の好きじゃないとわかっていながら、僕はかなり狼狽えてしまった。