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のの字坂の女 1
アタルは来た車道をそのままUターンてJR田浦駅まで戻ると、細い路地を山側へ走らせた。
確かに、国道16号の上り車線をここまで逆走してきても車はおろか、人影すら確認することはなく、住宅地の中を抜ける生活道路を走っていても、そこには何者の気配もしない。
車一台がやっと通行できるほどの生活道路は、奥に行くにしたがって緩やかな上り勾配になり、勾配が急になると突然ループ状に回転した坂が現れる。
この住宅地奥にある、異様な形状の坂は、戦時中、急激にせり上がった高台から軍港が広がっていた海側への物資輸送の為に作られた。非常に珍しい小規模なループ坂である。
その最初のループが始まる辺りに、ループ坂に囲まれた小さな公園があり、遊具の脇にあるベンチに一人の女が腰掛け、こちらを見ていた。
「またここの事をどこかで聞いたのか・・・」
少し鬱陶しそうに言う女に、アタルは第一声をどうすべきか考えながら、ゆっくりとベンチに近づいていった。
「あのぉ・・・」
「いつ!」
「はぁ?」
「いつこの状況に気づいた」
「あっ・・・そのぉ・・・」
「私は頭の回転の悪い人とは喋りたくないんだよ、ここは説明しても分からないことばかりだからね」
なんなんだ、この女は、どう見ても二十代半ぐらいで、アタルより一回り以上は年下であるのに、この態度は何なんだ。
イヤイヤ、年齢や性別で無意識にひとを選別して生きてきた結果が今の自分ではないのか?
アタルは自問しつつ、どうせ自分の能力など大したことは無いのだから、ここは自分の馬鹿さを見せても良いのではないか、そう決断した。
「まったくわからないんですよ、今朝バイト上がりで外に出たら、外には誰もいなくて」
女の目が若干鋭くなった。
「今朝・・・ならしょうがないか・・・」
女はアタルに「座れば」といい、軽く息を吐いた。
「私は、中島浩子・・・アナタは?」
「俺・・・あっ、アタル。高田アタルです」
アタルの自己紹介に「あっそう」と軽く答え、中島浩子は話し始めた。
「私は、この世界から脱出できる鍵がいつか現れるとおもっているの。その鍵に鍵穴を指し示すのが私」
暫く間を置いても、浩子はそれ以上言葉を続けなかったので、アタルは、躓くこうな心持ちになったが、適当に「なるほど」などと相づちをうって調子をあわせてみた。
「アナタは今日ここに来たから知らないかもしれないけど、この世界はね、ジャイアントヘッドっていう現象で動かされているの」
ジャイアントヘッド・・・
初めて聞いた単語であったが、その語句はアタルの胸の中に妙な不安感を植え付けた。
「なんなんすか?そのジャイアントとかいうの」
暫く呆然としていたアタルが、口を開いたのは、ごく当たり前の質問であった。
少し窪地になっている、ループ坂の真ん中にある公園に少しだけ涼しげな風が吹いてた。
中島浩子は、目の前のブランコを見て、そのままの視線で喋りはじめた。
「私の推測だと、私たち以外の人間はどこか遠い星に移住してしまった後で、残された人間は徐々にこの世界に送り込まれているんじゃないかと思うの」
「するとここは・・・」
「作られた世界。つまりいらない人間ってこと」
「なるほど、でも、ここがいらない人間を集める場所だったら、大がかりすぎるような気もするんだけど」
中島浩子は、アタルの疑問に薄ら笑いを浮かべて、自分のこめかみを人差し指でトントンと軽くたたいて、見せた。
「ここ、これは大きな脳みその中で、つまりそれが「ジャイアントヘッド」の意味よ、何故か私たちの頭にその言葉が住み着いている」
なるほど、ありがちと言えば、ありがちな説かもしれないな、と、アタルはぼんやり思いを巡られてみた。
待てよ、すると俺たちは地球を捨ててどこかの星に移住した人類のあぶれ者って訳か・・・
だとすると、わざわざあぶれ者を巨大な脳みそにデータとして送る意味があるのか?
あぶれ者はあぶれ者で、地球に放置しておけばいいんじゃないのか?
しかし、その疑問を目の前の女性に言ってしまったら、場が白けるような気がして、アタルは黙って納得したように見せていた。
よく考えれば、この状況で場が白けようが、疑問をぶつけ、納得いくような答えを導き出せばいいものを、アタルはこんな世界に放り込まれてまで、他人に気をつかっていた。
そんなアタルの思いを察したのか、中島浩子はふーっと息を吐き、アタルの方を見た。
「あくまでも一つの説よ」
その言い方は、アナタも文句があるのなら持論の一つでも言って見なさいよ、と言わんばかりであった。