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国家改造計画
国家改造計画
Amy
SFSFコレクション
2025年08月18日
公開日
1.3万字
連載中
ある日、政府が「地方への予算をやめる」と言っただけで、町は死に始めた。 誰かが命を奪ったわけではない。 ただ、水が止まり、電気が消え、学校が閉まり、 医者が去り、バスが来なくなり、そして人が消えた。   「住めない」ではない。「住んではいけない」と暗に告げられる世界。    彼らは国家と戦ったわけではない。暴力で変革を求めたわけでもない。  ただ、“生きるための地図”を、もう一度書き直そうとした。    国家が描いた地図に、自分の居場所がなかったとき、  あなたは、どうする?

静かな終末

第1話 消える町

 町の中心にあるアーケードは、今朝も開店の準備で賑やかなはずだった。だが、その日は違った。シャッターが半分しか開いていない店舗が並び、床に貼られた古いチラシが風にめくれあがっていた。売るものがなくなったのか、売っても意味がなくなったのか。どちらにしても、生活が止まり始めていた。


結城蓮は、駅前の時計を見上げた。午前九時を少し過ぎていたが、電車は来なかった。アプリでは「通常運行」と表示されている。だが町に電車が来るかどうかは、もう「通常」では測れない。


昨日の午後、政府は“国家改造計画”なるものを発表した。内閣府の臨時会見。画面の中でスーツ姿の官僚が、穏やかな顔でこう言った。


「人口50万人未満の自治体について、インフラ供給と公共予算の見直しを行います。持続可能な未来のための選択です」


見直し。蓮はその言葉を何度も頭の中で反芻した。

電気が止まり、水道が止まり、病院が閉まり、学校が統廃合される。

それを“見直し”という単語で片づけた政府の滑らかさが、腹の底に静かに沈んでいった。


町は、選ばれなかった。

それだけのことだった。


家に戻ると、祖母がテレビを消して、庭の花に水をやっていた。

「ばあちゃん、水道止まるって、ニュースで言ってたけど」

「知っとるよ」

「それでも水やるん?」

「花は今日生きとるんやけん、明日のことは明日考える」


その言い方が腹立たしくて、でも反論できなくて、蓮は黙った。


祖母はこの町で生まれ、この町で子どもを産み、この町で年老いた。

町の小学校で教員をしていた頃、今のような“取り残される不安”はなかったという。

「東京に行くなんて考えたこともなかったよ」と、何度も言っていた。


蓮はその“考えたこともない”という言葉が嫌いだった。


午後、学校に顔を出すと、担任が出席簿を閉じながら言った。

「今日が最後かもしれんな」

「なにがですか」

「“登校”っていう形の、な」

「オンラインになるんですか?」

「そういう名目やけど、実質中止や。教員の再配置も決まっとる」


クラスメイトは数人しか来ていなかった。

誰も話さない。卒業式でもないのに、卒業したような空気が教室に漂っていた。

紙のプリントが机に置かれていた。通信教育の案内だった。

QRコードを読み込んで学習サイトにアクセスしろと書かれていたが、蓮の家のWi-Fiは一週間前から不安定だった。


帰り道、スーパーの前を通ると、「営業終了」の紙がガラス扉の内側から貼られていた。

下の方に、小さく「長い間ありがとうございました」と書かれていたが、その言葉の下に“国家に代わって”という皮肉が見える気がした。


公園のブランコに、誰かが使い古したスマートフォンを括りつけていた。画面は割れていたが、うっすらと「電波圏外」の文字が光っていた。

遊具の上で、通信すら切られたこの町が、象徴としてそこにあった。


夜、蓮は一人で屋根裏に上がった。

もうすぐ都市への移住が始まる。町の外に出れば、政令指定都市の一部として生きていけるらしい。食料も電気も医療も、すべて整っているという話だった。

だが、そこにはこの家も、祖母も、ブランコも、もうなかった。


「蓮、出るんやったら早めに荷造りしときよ」

階下から祖母の声がした。

「国に捨てられたとか思わんことや。誰も国なんか信じとらんかったんやから」


そう言って笑う声が、やけに軽かった。


蓮は、押入れの奥にしまってあった小さな地図帳を開いた。

宇和島、という地名の上に、小さな指を置いた。

この場所が、消える。

誰にも告げられずに、ただ静かに、地図の外側へと押し出される。

怒るべきなのか、悲しむべきなのか。

それすら、わからなかった。

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