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第10話 あの町は、まだ生きている

 蓮はそのとき、自分の指が震えているのに気づかなかった。

手にしていたのは、旧式の通信端末。都市での生活においてはすでに“過去の遺物”と化したそれが、今、低く震えていた。


──接続信号、発信元:Uwajima-LocalNet#07


一瞬、いたずらかと疑った。

だが、画面に映ったIDコードは、見覚えのあるものだった。

宇和島市の旧自治体ネットワーク。廃止からすでに七年が経っているはずだ。

電気も水も、あの町はすでに死んだことになっていた。


「……生きてる?」


思わず漏れた声に、奈々が反応する。


「どうしたの?」


蓮は無言で端末を見せた。

彼女は一瞬、眉をひそめたあと、静かに頷いた。


「この信号、ブロックチェーンで跳ね返されてる。都市の通信規制をすり抜けてきた」


「誰かが、あの町から送ってきたんだ。インフラを自力で復旧してるってことだよな?」


「それが本当なら……とんでもないことだよ。都市に属さず、生きてるってことだから」


奈々の声が、少しだけ震えた。


都市の外に“希望”があるという発想は、この世界では異端だった。

だがその微かな電波が、そう囁いていた。


──この国の外側にも、人はまだ、生きようとしている。


蓮は決意する。

帰ろう。あの町に。

国家の終わりではなく、“新しい始まり”を見るために。


「都市の通信網はどうやって抜ける?」


奈々は一拍置いてから、少し笑った。


「本気なんだ?」

「本気だよ」

「なら、一度死んでもらうしかないね」

「……は?」

「蓮くんのID、削除するってこと。

生活ポイントも、医療も、通信も、全部消えるけど……それでも行く?」


蓮は少しだけ考えて、そして静かに頷いた。


「俺の命は、ここじゃ生きられない」


その夜、奈々とともに“通信制限区”を抜け、古い地下鉄のトンネルを辿る。

終着駅の先にあるのは、地図に描かれていないルート。


蓮は最後に、都市を振り返った。


高層ビルの灯りは、まるで炎のようだった。

ただしそれは、暖かさではなく、焼き尽くす光だ。


彼は目を閉じた。


電波は確かに届いていた。

誰かが、生きていた。

その声を聞きに行く。

あの町へ。

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