蓮はそのとき、自分の指が震えているのに気づかなかった。
手にしていたのは、旧式の通信端末。都市での生活においてはすでに“過去の遺物”と化したそれが、今、低く震えていた。
──接続信号、発信元:Uwajima-LocalNet#07
一瞬、いたずらかと疑った。
だが、画面に映ったIDコードは、見覚えのあるものだった。
宇和島市の旧自治体ネットワーク。廃止からすでに七年が経っているはずだ。
電気も水も、あの町はすでに死んだことになっていた。
「……生きてる?」
思わず漏れた声に、奈々が反応する。
「どうしたの?」
蓮は無言で端末を見せた。
彼女は一瞬、眉をひそめたあと、静かに頷いた。
「この信号、ブロックチェーンで跳ね返されてる。都市の通信規制をすり抜けてきた」
「誰かが、あの町から送ってきたんだ。インフラを自力で復旧してるってことだよな?」
「それが本当なら……とんでもないことだよ。都市に属さず、生きてるってことだから」
奈々の声が、少しだけ震えた。
都市の外に“希望”があるという発想は、この世界では異端だった。
だがその微かな電波が、そう囁いていた。
──この国の外側にも、人はまだ、生きようとしている。
蓮は決意する。
帰ろう。あの町に。
国家の終わりではなく、“新しい始まり”を見るために。
「都市の通信網はどうやって抜ける?」
奈々は一拍置いてから、少し笑った。
「本気なんだ?」
「本気だよ」
「なら、一度死んでもらうしかないね」
「……は?」
「蓮くんのID、削除するってこと。
生活ポイントも、医療も、通信も、全部消えるけど……それでも行く?」
蓮は少しだけ考えて、そして静かに頷いた。
「俺の命は、ここじゃ生きられない」
その夜、奈々とともに“通信制限区”を抜け、古い地下鉄のトンネルを辿る。
終着駅の先にあるのは、地図に描かれていないルート。
蓮は最後に、都市を振り返った。
高層ビルの灯りは、まるで炎のようだった。
ただしそれは、暖かさではなく、焼き尽くす光だ。
彼は目を閉じた。
電波は確かに届いていた。
誰かが、生きていた。
その声を聞きに行く。
あの町へ。