白く焼けたアスファルトが
夏。
この季節が、どうしようもなく嫌いだった。思考も身体も、何もかもが熱に溶けて弛緩していく。その気怠さの象徴のように、教室の窓の外、一つの
ここ、
夏草の深い緑に
この地には荒ぶる神がいた、と古書にはあるらしい。
今、あの山は人を**“招く”**。
「おーい、
背後から聞こえた間の抜けた声に、思考が現実へと引き戻される。
「……なんだよ」
「また
「気怠そう、じゃない。気怠いんだ。俺はもともとこういう
「ちがいねぇ!」
太陽みたいに笑って、智哉はそんな俺を肯定する。その屈託のなさが、少しだけ眩しかった。
「でさ! 輝流! 今日の約束……覚えてるよな!」
「ああ。山に行くんだよな?」
俺の言葉に、智哉は子犬のように何度も頷いた。
「そうそう! どうだ? 来れそうか?」
来れそうか、か。
退屈がゆっくりと静脈に流れ込み、身体を内側から蝕んでいくような毎日。禁じられた遊びは、大人たちに見つかれば面倒な説教が待っている。だが、そんなものは、この
「いいぜ。お前こそ、逃げんなよ?」
挑発するように口角を上げると、智哉は「こいつー!」なんて言いながら、椅子に座る俺の首に腕を回してきた。その手首を掴み、軽く
「いだだだだ!」
「今日の放課後、楽しみにしてる」
俺がそう告げると、智哉は痛みに顔を歪めながらも、親指を立ててみせた。嵐のように去っていく背中を見送る。
その、直後だった。
「ねぇ、
「ん?」
「私も、行きたいな〜なんて」
こいつは、俺の幼馴染だ。学校では「浅生くん」と呼ぶくせに、プライベートになると「輝流」呼びになる。そういうところがある女だった。
「……聞いてたのかよ」
「だって、智哉くんがあんなに楽しそうなんだもん。どうせ、心霊スポットとかでしょ?」
「智哉くんも怖がりな方なのによくやるよね」
「そうだな。だけど、今回は神鳴山だぞ。やめておいたほうがいい」
その名を告げた瞬間、穂乃果の顔からすっと血の気が引くのが分かった。
「うそ……!? さすがに、あの山は……まずいんじゃない……!?」
「……それくらいが、丁度いい」
なぜ、そんな言葉が口から滑り出たのか。
自分でも分からなかった。ただ、目の前の日常があまりに|色褪せているから、いっそ、禁忌の色にでも染まってみたいと、心のどこかで願っていたのかもしれない。
終わりのチャイムが、やかましく鳴り響いた。
……それが、全ての始まりを告げる合図だった。
***
山の麓に立つ。昼間の熱気と山から吹き下ろす湿った冷気が混じり合い、生ぬるい空気が肌を撫でた。
スマホが示す時刻は、十七時二十分。西の空は燃えるような茜色に染まっているが、その光は俺たちの頭上までは届かない。見上げる山のシルエットが、空との境界を黒々と切り取っていた。
「うぉ……」
隣で、智哉が喉の奥で乾いた音を立てる。その視線の先、夕闇に浮かぶ山の入り口には、赤黒く錆びついた鳥居が、まるで巨大な獣の
「……戻るなら今のうちだぞ」
昼間の教室での軽口が、嘘のように冷めて響く。冗談でこいつを死地に追いやる趣味はない。ここで怖気づくのは、臆病なのではなく、正常な判断というやつだ。
「……でも、輝流は行くんだろ?」
「ああ」
俺の即答に、智哉の肩が揺れる。一人でも行くつもりだった。
「お前ってすげぇよな……昔から全然ビビんないもんな」
「それは…褒められたことじゃないだろ」
恐怖は、生き物が持つべき正常な生存本能だ。危険を知らせるための警報。
それが上手く機能しないのは、俺がどこか壊れているからだ。
だが、それでも。
俺は今日、この鳥居をくぐる。
このまま何も変わらない日常をなぞり続けるくらいなら、いっそ|禁忌にその身を浸して、この退屈な世界ごと歪んでしまえばいい。
そんな、破滅への