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第40話 四人で作るカレー


海の家の炊事場は、どこか懐かしい匂いがした。


使い込まれた調理器具と、ほんの少しだけ残る、前の宿泊客が作ったであろう料理の香り。俺たちは、買ってきた食材を広げ、早速、夕食の準備に取り掛かった。


「よし! 力仕事は俺たちに任せろ!」


智哉の号令で、自然と役割分担が決まる。

大きな鍋を運んだり、野菜の皮を剥いたりするのは、俺と智哉。


食材を洗ったり、食べやすい大きさに切ったりするのは、穂乃果と燈子だ。


「うっわ、智哉、お前の剥いたじゃがいも、元の半分くらいの大きさになってねぇか?」


「バカ言え! これは、食中毒を防ぐための、完璧な皮むき術だ!」


ピーラーを片手に意味不明な言い訳をする智哉の横で、俺は黙々と作業を進める。


女子チームの方に目をやると、穂乃果が楽しそうに鼻歌を歌いながら、リズミカルに人参を切っていた。その隣では、燈子もまた、静かに、しかしどこか楽しげに、慣れた手つきで玉ねぎを刻んでいる。時折、穂乃果と顔を見合わせては、小さく微笑み合っていた。


(……なんだか、いい雰囲気だな)


そして……ここまでは、いつも通りの智哉だった。

だが、本当の見せ場は、ここからだった。


全ての食材が鍋の中に投入され、ぐつぐつと煮込まれていく。

そして、仕上げのルーを入れる段階。


「よし、火、少し弱めるぞ。穂乃果ちゃん、ルー入れてくれ」


先ほどまでのガサツな様子が嘘のように、智哉が的確な指示を出す。大きな木べらを手に、鍋の底が焦げ付かないよう、ゆっくりと、しかし絶え間なくかき混ぜ始めた。その手つきは、明らかに料理をやり慣れている者のそれだった。


(……そういえば、こいつ、昔から料理は上手かったな)


普段の姿からは想像もつかないが、智哉の母親は、夜遅くまで働くことが多い。だから、昔から夜食や簡単な食事を作るのは、自然と智哉の役目だったと、前に聞いたことがある。


普段はあんなに大雑把なくせに、こういうところは妙に手際がいい。そのギャップに、俺は思わず感心してしまった。


「わ、智哉くん、すごい! とっても手際がいいね!」


穂乃果が、素直に賞賛の声を上げる。

その隣で、燈子は「ふふん」と、どこか誇らしげに鼻を鳴らした。その表情は、「うちのお兄ちゃん、これくらいできて当然でしょ」と、雄弁に物語っていた。


……普段、あれだけ智哉に対して辛辣な言葉を並べるくせに。こういう、兄が誰かに褒められた瞬間に、こいつは隠しきれないほど誇らしげな顔をする。


口ではなんだかんだ言っても、心の底では、ちゃんと自慢の兄貴なんだろうな。


やがて、とろりとした黄金色のカレーが完成し、炊飯器も炊きあがりの軽快な音楽を鳴らす。

湯気が立ち上る鍋を囲んで、俺たち四人の腹の虫が、まるで合唱するかのように、高らかに鳴った。


食卓のランプの光を浴びて、黄金色に輝くカレールー。その中には、俺たちが剥いて、切って、煮込んだ野菜たちが、宝石のように点在している。炊き立ての白米から立ち上る甘い湯気と、幾重にも重なったスパイスの香りが、容赦なく俺たちの食欲を刺激していた。


「「「「いただきます!」」」」


四人の声が、綺麗に重なる。

俺は、スプーンでライスとルーを程よくすくい上げ、一口、ゆっくりと口に運んだ。


(――うまい)


まず、舌に広がるのは、じっくりと煮込まれた玉ねぎと人参の、優しい甘み。それを追いかけるように、豚肉の旨味がじわりと溶け出し、最後に、ピリリとしたスパイスの刺激が全体をまとめ上げる。じゃがいもは、煮崩れる一歩手前の完璧な柔らかさで、口の中でほろりと崩れていった。


智哉のやつ、本当に見事な腕前だ。


「うめぇ! 俺、やっぱ料理の天才かもしれねぇ!」


「ほんとだ! お店のカレーみたい! みんなで作ったから、もっと美味しいね!」


ガツガツとカレーをかき込む智哉と、満面の笑みを浮かべる穂乃果。その隣で、燈子も「……うん。美味い」と、小さく、しかし満足げに頷いている。


だが、このカレーの美味さの核心は、そこじゃない。

ビーチではしゃいだ後の、心地よい疲労感。四人で、ああでもないこうでもないと笑いながら食材を切って、鍋をかき混ぜた、あの時間。

ただそれだけのことが、どんな高級なスパイスにも勝る、最高の隠し味になっていた。


***


あっという間に、大鍋を空にした俺たちは、満腹感と幸福感に包まれて、食卓で一息ついていた。

窓の外は、すっかり夜の闇に染まっている。聞こえてくるのは、規則正しい波の音だけ。


「はー、食った食った。で、この後、どうする?」


智哉が、満足げにお腹をさすりながら言った。

トランプでもするか、それとも、少し夜風にでも当たりに行くか。俺がそんなことを考えていた、その時だった。


それまで静かだった燈子の目が、キラリ、と悪戯っぽく輝いた。


「決まってるでしょ」


昼間のクールな様子とは打って変わって、心の底から楽しそうな、弾けるような声で、彼女は言った。


「――肝試し!」


「え""っ……」


情けない声が、智哉から漏れた。

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