今日も今日とて仕事である。
いつも通りに起床し、準備をしてアジトに出勤したはいいが頭痛が酷くてまともに仕事が出来る気がしない。
「完全に二日酔いだな⋯⋯」
まぁ原因は分かっている。前日の夜にお酒を飲みすぎただけだ。もう少し加減して飲めば良かったと、いつも二日酔いになってから後悔する。
頭が重たい。体がだるい。吐き気がないのがせめてもの救いか⋯⋯。
マッドサイエンティストに体を色々と弄られてから様々なモノに耐性が出来ているが、アルコールに対する耐性は人間の時と変わっていないようだ。
二日酔いには、しじみの味噌汁が良いそうだが残念ながら手元にはない。代わりになるかは不明だが、道中で買ったスポーツドリンクを飲みながら目の前で行われている愉快な光景を眺める。
「いいね!完璧だよ!流石は大天才フォリ様だぜぃ!」
ヤッフーとどこぞの配管工のような声を上げながら飛び跳ねる幼女と、カマキリの象徴と言えた巨大な鎌をドリルへと改造され、失意により項垂れるマンティスというそれはもう愉快な光景。
怪人化するに当たって自我は失っている筈だが、ショックは受けるんだなと場違いな感想を浮かべながら飲み干したスポーツドリンクをゴミ箱へ捨てる。悪の組織の癖にゴミの分別はしっかり行っているのが面白い。
「改造するならせめて別の部分にしてやったらどうだ。鎌を取ったらマンティスと言えないだろう?」
「ひひひひひ!分かってないね助手君!助手君も先日の戦いを見ていた筈だぜぃ!鎌なんて前時代的な武器じゃヒーローは倒せない!だからこそのドリルだぜぃ!!!」
ヤッフーと再び飛び跳ねる幼女を冷めた目で見下ろしてしまう。確かに、鎌のような両腕で戦うなんて前時代的ではあるが、それにしたってドリルはないだろう。
鎌からドリルに付け替えても結局、接近戦を強いられる事に変わりはないんだ。
その旨を伝えると人差し指を一本だけ立てて、チッチッチッとマッドサイエンティストが左右に指を振る。こちらをバカにしたような表情が腹立たしい。
「これだから助手君はー!!大天才であるフォリ様の改造がそれだけで終わる訳ないじゃないか!」
可愛らしい声で高笑いを上げた後に懐からスイッチらしきモノを取り出す
「コレが何か分かるかな、助手君!」
「何かのスイッチだろ」
「ひひひひひ!!!ハズレだよ!やはり助手君には難しかったようだね!」
どこからどう見てもスイッチなんだよな。マッドサイエンティストが手に持つ、長方形の箱の真ん中には押してくださいと言わんばかりの押しボタンスイッチが付いている。
正直に言って腑に落ちない。本当はスイッチなんじゃないかと、詰め寄りたいところだ。そんな俺の心の内を見透かしたのか、マッドサイエンティストは笑いながら箱を頭上に掲げる。
「刮目せよ!これぞ!大天才であるフォリ様の大発明!」
頭上に掲げた箱を持つ手を下げたと思えば、無駄に洗礼された無駄のない無駄な動きとしか表現出来ない動きで、箱を持つ手を縦横無尽に動かしたと思えば、胸の前でこちらにボタンが見えるように見せびらかした後に、ポチッとボタンを押した。
ふざけんな。やっぱりスイッチじゃないかと文句を言おうとしたが、先程まで項垂れていたマンティスが唐突に飛び上がったので思わず閉口した。音を出さない静かな着地でマッドサイエンティストの隣にマンティスが並ぶ。
「ん?」
───マンティスの胸に四角い穴が空いている?
項垂れていたせいで気付かなかったが、昨日まではなかったモノだな。なんだアレはと疑問に思っていると、マッドサイエンティストが手に持つ箱をマンティスの胸に差し込んだ。
サイズはピッタリだな。初めからマンティスの胸に埋め込むように設計していたようだ。マッドサイエンティストが手を離すと隣に立つマンティスが吐血した。
「ん?あー、今の吐血は気にしなくて構わないよ。大天才であるフォリ様には失敗はないからね!箱を胸に差し込むと抜けないように針が飛び出るように設計してあるんだ。これで抜ける事はないんだぜ!」
マッドサイエンティストに視線を向けると何故、吐血したかを説明してくれた。
同情はする。それでもまだ甘い方だ。マッドサイエンティストは本当の意味でイカれているからな。これより酷い肉体改造や実験は何度も見てきた。生きてるなら特に問題はない。
「それで、胸に埋め込んだソレは何の効力を持つ」
重要なのは今、マンティスに埋め込んだモノだ。押しボタンスイッチが付いただけの箱という訳ではないだろう。スイッチというモノは電源を入れたり止めたり、何かを動かす為に使うモノだ。
まさかとは思うが、埋め込んだ時に針が飛び出るだけとかはないよな?その場合はマンティスもキレていい。
「助手君に説明して分かるとは思えないけど、フォリ様は優しいから説明してあげるよ!『ヴレイブ』に所属しているヒーローたちが身に付けているヒーロースーツには特殊な金属が含まれている事は知っているだろ?」
「あぁ⋯⋯」
テレビのニュースか何かでやっていたな。戦いで破れたヒーロースーツを回収し分析した科学者が、地球上では確認されていない未知の物質であると発表した。
正直バカなんじゃないかと思う。分析した科学者もそうだが、公表したマスメディアはもっとバカだ。悪の組織の一員がその情報を見ているとは思わないのか? 自分たちが良ければそれでいいんだろうな。そういう生き物だ、人間というものは⋯⋯。
世間一般的に『ヴレイブ』は正義の味方、ヒーローとして見られているがどういう組織形態であるかは判明していない。だからこそ気になるのだろう。彼らがどこから現れたのか。何の目的で『ベーゼ』と戦っているのか。
そして彼らが持つ未知の技術であるヒーローの力とは何か。それが気になって仕方ない。可能ならその技術が欲しいんだろうな。
「この怪人に埋め込んだ装置はスイッチを押すことで、その特殊な金属のみを引き寄せる引力を発するのさ!近接しか出来ない?なら引き寄せればいいだけだぜぃ!!」
ドヤ顔についてはあえて触れない。要するにヒーロースーツを引き寄せる磁石のような働きをする装置という事だろ?
それはいいんだが、スイッチじゃないと否定された事が釈然としない。間違いではないだろ、どう考えても。箱の中身が見えない以上、外の特徴だけで判断するしかないんだ。
磁石のように引きつける装置さ!なんてドヤ顔すんな。分かるわけないだろ。
文句を言いたいのをグッと抑えてマッドサイエンティストを見ていると、それはもう腹立つ顔でニヤニヤし始めた。
「フォリ様の顔を見つめてどうした? 美しすぎて見惚れてしまったか?それは仕方ないというもの!美しすぎて申し訳ないぜぃ!」
───等とふざけた事をぬかすので鼻で笑う。
腰まで届くウェーブのかかった
ただ、あまりに小さい。身長は120センチくらいか?小学生の低学年と大差がないほどに小さい。気になる者もいると思うが、残念ながら女性的特徴はないに等しい。
サイズの合っていないブカブカの博士服を着ており、その所為で袖の長さが合っておらず指が出る長さまで折っている。
外見だけで判断するならば可愛らしい幼女だが、この女はボス曰く俺よりも歳が上らしい。俺が今年26である事を考えれば最低でも27、もしかすると30は超えているかも知れない。
合法的に手を出しても問題ない相手という事にはなるが、外見が幼すぎてそういう気には一切ならない。一番大きな要因は性格の悪さだけどな。それともう一つ。
───臭い。
可能ならば今すぐにでも鼻をつまみたいところだ。この臭いから察するに最低でも一週間は風呂に入っていない。汗や実験の際に飛び散った異物の臭いが混ざり合って強烈な異臭を放っている。
二日酔いで苦しんでいる俺からすれば別方向からパンチが飛んできていると錯覚するほどだ。今すぐにでもこの場を離れたい。マンティスの改造は既に終わったようだし、さっさと切り上げて現場に向かおう。
昨日はバレないように鼻栓をしていたから良かったが、二日酔いのせいでしてくるのを忘れた。昨日、深酒した事をより一層後悔した。
「む!助手君!君は今、フォリ様の事を鼻で笑わなかったかい!?」
「いえ、気の所為かと」
それで納得してくれる筈もなく、俺との距離を詰めて文句を言ってくるのだから臭くてたまらない。面倒になったので現場に向かうと一方的に言い放ち、マンティスを連れてアジトを離れた。
アジトには瞬間移動装置と呼ばれるモノがある。読んで字のごとく瞬間的に場所を移動する事が出来る装置だ。詳しい原理は不明だが、世界各地に点在するアジト間を瞬時に移動する為の装置だと思ってくれたら構わない。
この装置は便利ではあるが、各アジトに置かれた同様の装置間でしか移動出来ない。何処にでも移動が出来る訳ではない。それでも便利である事には変わりはない。
日本には俺が主に滞在しているアジトの他に25のアジトが存在する。多くないか?と思うかも知らないが重要な施設があるのはこのアジトだけで、日本に存在する他のアジトは移動目的だけに存在する小さなものだ。
今回はその内の一つ。人口が密集している東京都○○区にて素体の確保を行う。俺がターゲットにしている人間の他にマンティスに好きに動いて貰い、素体を確保して貰う。
「行くぞマンティス」
───自我のない怪人から返事はなかった。
今回、俺がターゲットにしていた前科五犯のヤのつく自由業の男を捕らえる事に成功。先程アジトに送ってきたところだ。
マンティスが俺が捕らえた者以外に10人ほど素体を確保している事はマッドサイエンティストから聞いていた。仕事の働きとしては十分と判断し、マンティスの回収に向かったはいいが⋯⋯。
「また、ヒーローか」
前回と同じようにビルの屋上から見下ろせばヒーローと戦うマンティスの姿が確認出来た。前回と違い、メイン武器はドリルへとグレードアップし胸に埋め込んだ装置でヒーローへの妨害も可能。間違いなく強くはなっている筈だが。
「流石に三対一は分が悪いか」
前回マンティスと戦ったシャインレッドに加えて、シャインブルーとシャインイエローまで揃っている。余程の実力差がない限り、戦いは数が多い方が勝つ。
いかに改造を行い、強くなったとはいえヒーロー三人を相手に戦うのは無理だな。
現在、俺に迫られている選択肢は二つある。マンティスを助けるか、マンティスを見殺しにするか、そのどちらかだ。
正直に言ってどちらでもいい。改造を行った個体とはいえ、マンティスは別段強い怪人ではない。ヒーローに倒された所で代わりはきく。
助ける事も可能と言えば可能だ。ヒーローが3人がかりでも、まだ俺の方が強い。ただ、
「もうすぐ定時だしな」
腕時計の針は16時50分を指している。前回はシャインレッド一人だったから時間はかからなかったが、三人となると間違いなく定時を過ぎる。時間外労働はごめんだ。
今回は見殺しにしよう。応援はしているから、せめて一人くらいは道連れにする気概を見せてみろマンティス。
「ま、無理なのは分かっていたがな」
時計の針は既に17時を回っている。見下ろした先ではマンティスがヒーローに敗れて倒れている。結果は一目瞭然、ヒーローの勝利。
多少の手傷を負わせる事は出来ているが残念ながら一人も倒せていない。
「こちらクロ。太陽戦隊サンシャインとの交戦によりマンティスの死亡を確認。改善点は後日書類にて提出いたします。また、本日は既に定時を過ぎている為、退勤する所存です」
こめかみに人差し指と中指を当ててボスに対して報告を行う。脳内に『退勤しても構わない』と了承の言葉を貰ったのでこれから帰宅する訳なんだが⋯⋯。
「まだ、近くにヒーローがいるからな」
怪人と違い俺は異形の姿ではなく人間のままだ。ヒーローに見つかっても問題はないだろうが、念には念を入れてヒーローが立ち去るのを確認してからこの場を離れるとしよう。
それからおよそ30分。サンシャインの三人が怪人の死体を片付けその場を離れていったのを視認できた。さて、俺も帰ろうかと思った。その時だ。
「てめぇ、ここで何してやがる!!」
背後から怒号が飛び、叩きつけるような強烈な敵意が向けられた。仕方なく振り返ればそこには先程見たヒーローたちと同じヒーロースーツに身を包む者が一人。
───黒いスーツ。シャインブラックか。
「何もしていない。見ての通りただの一般人だ」
「はっ!そんな嘘がオレ様に通用する訳ねーだろうが!!」
再び怒号が飛ぶ。多少マシになったとはいえ、まだ頭痛は続いている。頭に響いて煩くて仕方ない。
本当に面倒だ⋯⋯。念には念を、なんて言わずさっさと帰っておけば良かったな。
「もし、俺が本当に一般人だったらどうする気だ?」
「んな訳ねーだろうが!こちとらレッドから報告を受けてんだよ!黒のスーツに、胸元の逆十字のラペルピン。加えて特徴的な真ん中から左右に別れる白と黒の仮面!てめぇが昨日レッドと戦った怪人だろうが!!!」
怒鳴り声が煩くて仕方ない。これならまだマッドサイエンティストの臭いの方がマシだ。いや、どっちもキツいな。
それにしても昨日の今日で情報の共有は終わっていたらしい。流石だと言うべきか。面倒な事をしてくれると文句を言うべきか。
「シャインレッドと戦った事は認めよう。その上で、今回は見逃してくれと言ったらどうする?」
返答は分かっているが、1パーセントの可能性に賭けて聞いてみる。
「逃す訳ねぇだろうが!!!」
怒号が頭の中によく響く。不快だな。
「そうか。なら仕方ないな」
コンディションは最低を極めている。本来の力の半分の力も出せないだろう。
「今の俺は機嫌が悪くてな」
───主に二日酔いと、スーツに染み込んだマッドサイエンティスト異臭のせいで。
「手加減はできねーぞ」
「上等だコラァ!!!」
───その夕刻、『ヴレイブ』本部にて日本支部のヒーロー、太陽戦隊サンシャイン。シャインブラックの生存反応が途絶えた事が確認された。