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ライブラノワール
ライブラノワール
絵空事
SFSFコレクション
2025年08月20日
公開日
7,973字
完結済
町外れの廃校跡に建つ「忘却図書館」。そこに収められた絶版書を開くと、存在しなかったはずの過去を体験してしまう。大学生・八坂幸太郎は、その本を通じて“消された記憶”と対峙し、自らも記録を残す者となっていく。

第1話

 その図書館には、奇妙なうわさがあった。

 町の外れ、廃校となった小学校の跡地にぽつんと建つその小さな建物は、外観こそ古びていたが、周囲には不自然なほど雑草一本生えていなかった。まるで誰かが、見えない手で掃除を続けているかのように。

 噂によれば、その図書館には「絶版書」しか置かれていないという。しかも、そこに収められた本を読むと、“存在しなかった過去”を体験してしまうのだと。

 ありふれた都市伝説の類だと思っていた。八坂幸太郎やさかこうたろうも、その扉をくぐるまではそう思っていた。


「変なとこだな」

 平日の午後。急に大学の講義が休講になった幸太郎は、何気なくスマホで見かけた「失われた本を集めた図書館」の情報を頼りに、この町の外れまで足を伸ばしていた。文学部に所属する幸太郎にとって、古書や幻の書籍は興味の対象だった。だが、それ以上に心を動かしたのは、そこにまつわる「記憶が書き換えられる」という話だった。

 幸太郎の母親が、最近何かを忘れているような素振りを見せることが増えた。子どもの頃の思い出や、父親の名前すら、口を濁すことがある。年齢的にはまだ若い。病気という感じでもない。ただ、ぽっかりと記憶の空白があるようだった。

 そんな折、ネットで見かけた図書館の噂。それはどこか現実離れしていたが、なぜか胸に引っかかった。

 小学校の門柱をくぐり、かつて校庭だった場所を抜け、木造の建物にたどり着く。玄関のガラス戸はかすかに開いていた。呼び鈴もインターホンもない。誰が管理しているのかも分からないまま、幸太郎はそっと戸を開けた。

「失礼します」

 返事はない。だが、埃っぽさは不思議と感じられず、棚には整然と本が並んでいた。天井からは柔らかいオレンジ色の照明が吊るされており、その光の下で、古びた紙の表紙がやけにリアルに見えた。

「本当に古い本ばかりかなだな」

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