その図書館には、奇妙なうわさがあった。
町の外れ、廃校となった小学校の跡地にぽつんと建つその小さな建物は、外観こそ古びていたが、周囲には不自然なほど雑草一本生えていなかった。まるで誰かが、見えない手で掃除を続けているかのように。
噂によれば、その図書館には「絶版書」しか置かれていないという。しかも、そこに収められた本を読むと、“存在しなかった過去”を体験してしまうのだと。
ありふれた都市伝説の類だと思っていた。
「変なとこだな」
平日の午後。急に大学の講義が休講になった幸太郎は、何気なくスマホで見かけた「失われた本を集めた図書館」の情報を頼りに、この町の外れまで足を伸ばしていた。文学部に所属する幸太郎にとって、古書や幻の書籍は興味の対象だった。だが、それ以上に心を動かしたのは、そこにまつわる「記憶が書き換えられる」という話だった。
幸太郎の母親が、最近何かを忘れているような素振りを見せることが増えた。子どもの頃の思い出や、父親の名前すら、口を濁すことがある。年齢的にはまだ若い。病気という感じでもない。ただ、ぽっかりと記憶の空白があるようだった。
そんな折、ネットで見かけた図書館の噂。それはどこか現実離れしていたが、なぜか胸に引っかかった。
小学校の門柱をくぐり、かつて校庭だった場所を抜け、木造の建物にたどり着く。玄関のガラス戸はかすかに開いていた。呼び鈴もインターホンもない。誰が管理しているのかも分からないまま、幸太郎はそっと戸を開けた。
「失礼します」
返事はない。だが、埃っぽさは不思議と感じられず、棚には整然と本が並んでいた。天井からは柔らかいオレンジ色の照明が吊るされており、その光の下で、古びた紙の表紙がやけにリアルに見えた。
「本当に古い本ばかりかなだな」