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第2話

 見たことも聞いたこともないタイトルの本に、幸太郎は好奇心をくすぐられていた。何の整理もなく雑然と置かれているように見えて、よく見ると並びには規則性があった。著者でもジャンルでもない。おそらくは“発禁日”か“削除日”に基づく並び方だろう。

 その中で、幸太郎の目にひときわ異質な一冊が飛び込んできた。タイトルは、「赤い月の黙示録」と書いてある。

 手に取ると、ひどく冷たかった。まるで、氷の中に閉じ込められていたかのように。表紙には著者の名も出版社も記されていない。ただ、裏表紙に黒いインクでこう書かれていた。

「この本を読んだ記憶は、いずれ上書きされる」

 意味がわからなかった。それよりも、奇妙な感じがしていた。ページをめくった瞬間、部屋の空気がわずかに震えたように感じたのだ。そして、次の瞬間、八坂幸太郎は“別の世界”にいた。


***

 そこは、見覚えのある街だった。だが、何かが違う。壁に貼られたポスターには「第七選民法可決」とある。通りを歩く人々の表情は無感情で、道端には「不要市民は記録削除の対象になります」の標語が無数に踊っていた。

――選民? 記録削除?

 違和感はすぐに確信へと変わる。ここは、自分の知っている歴史とは違う。だが、なぜか懐かしい気もする。

「おい、幸太郎……早く来いよ」

 ふいに背後から声をかけられた。振り向くと、制服姿の少年がこちらを見ていた。どこかで見たことのある顔だ。いや、知っている。この顔は、十年前に事故で亡くなった、幼なじみの春田翔だ。

「翔、なのか?」

「何言ってんだよ、まさか俺の顔を忘れたのか? 今日の演説、センターで見るんだろ? “新たな選民候補”に、俺たちの学校からも推薦者が出るんだぜ」

 記憶が混乱する。こんな出来事は、現実には存在しなかったはずだ。それなのに、言葉に、風に、匂いに、現実味がある。次の瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。

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