灰色の空。砂埃の舞う、廃墟と化した建物の前に立っていた。
かつて図書館があった場所には、今は更地が広がっている。立入禁止のバリケード。市の再開発案内。だが、足元の砂の中に、わずかに焼け残ったノートの断片があった。
拾い上げると、かすかに自分の筆跡が残っていた。
《記録することで、消されたものを取り戻せる。》
その一文が、風に揺れていた。
それから数年後。
幸太郎は、自宅の一室を「私設記録室」として開放し始めた。街の隅に佇む小さな部屋に、古書や日記、家族アルバム、詩の断片が並べられていく。
そこには、「国家記録」から削除された誰かの、かすかな痕跡があった。
来訪者は少なかった。けれど時折、「こんな話を、聞いたことがある」と語る人がいた。亡くなった姉の話。存在しなかったことにされた父の話。教科書には載っていない、もう一つの歴史。
幸太郎は、それらすべてをノートに書き記していった。ページをめくるたび、かつてあの図書館で聞いた少女の声が、微かに聞こえる気がした。
《……ねえ、記録して。君だけが、私たちを残せるの》
了