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第10話

「最後?」

「この図書館、もうすぐ完全消去されるの。ライブラ・ノワールごとね。今日が、その最終日」

 少女の言葉と同時に、図書館の奥から異音が響いた。機械のうなり声。床下からせり上がる、異形の人影。

 それは、人ではなかった。

 黒いマントのような外套をまとい、顔という顔が無数の電子眼で構成されている。記録削除者――「アーカイバー」と呼ばれる存在。彼らは、政府の記憶維持装置であり、検閲の自動執行人だった。

「君は危険だ、八坂幸太郎。優生管理において予測不能な変数。君の血統、精神抵抗指数、そして読解力わいずれも削除対象に該当する」

「ふざけるな」

 幸太郎は思わず叫び、床に落ちていた一冊の書物を手に取った。中身は、崩れた記録と、赤ん坊を抱く母の白黒写真。確かにそこに家族が写っていた。どんな法律が、それをなかったことにできるというのか。

「人間は記録を消されても、生きた痕跡を残すんだ。おまえたちに、それを消す権利なんてない」

 だが、アーカイバーは冷徹に腕を掲げる。光が空間を歪め、図書館の壁が崩れていく。書棚が焼け、ページが風に舞い、文字が煙のように消えていく。

 幸太郎は、少女に視線を向けた。

「君まで、消えるのか?」

 少女は微笑み、首を横に振った。

「私は消える。でも、君が記録するなら、また別のかたちで残れる。私たちの記憶は、書くことで未来に残せるの」

 その言葉を聞いた瞬間、幸太郎は咄嗟に、バッグに詰め込んでいたアナログの記録媒体、旧式の万年筆とノートを取り出した。火花が散るなか、幸太郎はノートに震える手で書き始めた。

《彼女の名は――もう覚えていない。だが、確かにそこにいた。》

《この図書館で、私は誰かを思い出した。記録されなかった命のことを。》

《これはその記録である――》

 図書館が、崩れ落ちた。

 次の瞬間、幸太郎は、目を覚ました。

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