「今日も疲れた。」
定時上がりで会社を出てから、お気に入りお店でカフェオレを飲む。
安月給だけど自分の時間が取れるから、今の生活はさほど嫌では無い。
白石も、見てる分には目の保養なんだけどな、とか思いつつバームクーヘンをかじる。
鞄にずっと入ってる、読みかけのビジネス書は読み出してから1ヶ月も経つのに最初の10ページ以降の内容は知らない。
そもそも、この本も何で買ったのか。
思い出して、また腹が立った。
(白石め!)
昼休みに同僚と、白石が話題の本は一通り目を通してるらしいって噂話してたときだ。
わたしがうっかり「社会人になってから本なんて読んでない」って言った時、アイツがたまたま通りかかって、私のこと珍獣でも見つけたような目で見たからだ。
ちっちゃな声で「えっ?」って言ったのも聞き逃さなかった。
ムキになって、その日の帰りに買ったのがこの本。
一番売れてるビジネス書ってポップに書いてあったけど、ちっとも面白くない。
バームクーヘンの残りを口に放り込み、カフェオレを飲み干す。
外に出ると、もう辺りは薄暗かった。
私は、寒さに首をすくめる。
家への道を歩いていると、公園の脇辺りで聞き覚えのある声がした。
「ほら、怖くないでちゅよ。こっちでちゅよ……」
何処の変態だ、とおもってスマホの緊急通報を立ち上げたまま、そっと様子を伺う。
「いいこでちゅね……」
茂みの裏側に、しゃがんだ男の背中が見えた。
私は、その華奢な姿に向かって、ドスの効いた声を出した。
「何やってんだ、テメエ!」
振り返った男の顔を見て、私は立ち尽くした。
「……白石……かちょー」
白石は血の気の引いた顔で私を見つめている。
彼の手元にはミルクがあった。そして毛玉……ではなく、子汚い猫が彼のことを威嚇している。
「あ、あの、何やってるんですか」
「何も」
白石課長は私から目を反らして立ち上がると、膝のホコリを払い歩き出そうとした。