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第九話 『プレイヤーキラーの兄妹』

 アレンの朝は遅い。


「ん……」


 街の南側、ただし最も治安のいい<和平の会>ギルドハウス周辺からはやや外れた部分に位置する、人目を隠れるようにひっそり居を構えた小さな宿。

 黄金の鉄の塊亭、と言った。妙な名ではあったが、PKプレイヤーキラーKキラーのアレンにとっては万が一のPKプレイヤーキラーの報復を考慮し、なるべく位置を特定されづらい場所に宿を取りたかった。その観点から、ここは都合がいい。


「……あぁ、朝か。ふわぁ」


 その一室で、窓から差す光に照らされつつ、アレンは目を覚ました。

 朝と言いつつ、ほとんど昼間に差し掛かった時間帯だ。しかしこの時間に目を覚ます転移者プレイヤーは全体で見ればそう珍しくなかった。

 なぜならゲーマーとは大半が夜行性だからである。

 アレンもまた例に漏れず、夜型人間だった。

 いかにも朝に起きましたよという態度でむくりと身を起こし、硬さにも慣れたベッドからふてぶてしく降りる。それから支度を整えると部屋を出て、食堂を兼ねた広間に出た。


「あ、おはよ。いい朝だな」

「もう全然真っ昼間ですけど……?」


 そこでは、とっくの前に起きていたミカンが手持ち無沙汰に席に着いていた。

 昨夜、偶然にも助けた少女。片目が隠れるほど長い前髪で顔を隠すようにうつむく彼女は、強くなるべくアレンのそばにいることを決めた。そのため、同じ宿に移ってきたのだった。

 アレンは向かいに座り、まだ眠気を引きずって上体をテーブルに投げ出す。


「ミカンは早起きだな。俺がねぼすけの自覚はあるけど、やっぱPKを探す都合上夜中に活動することになるからなぁ」

「い、いつもあんなことをしてるんですよね? だったら……仕方がないとは思います」

「そうだ、なんか食べたか? ここ、ご飯も結構いけるんだよ。NPCのお婆さんが作ってるんだけど……飯を調理して出されると、なんだかNPC相手でも感慨じみたものを覚えるから不思議だよなぁ」

「あ……わかります。わ、わたしも初日、NPCのおじさんにぶつかってへこへこ謝ってたら、ほかの転移者プレイヤーに笑われました。えへへ……」

「そのエピソード言うほど共通項あるか?」


 なにを以って『わかります』と言ったのか。なんだかミカンは昨日話していた時よりも緊張しているように見えた。

 寝る前なんかは、結構打ち解けてきたと思ったのに。

 そんなアレンの視線に気づいてか、ミカンはうつむきがちに視線をそらしながら、申し訳なさそうに言う。


「す、すいません……その、一日経つと対人経験値がリセットされちゃって……」

「なんだその性質は」


 アレンはただ率直に、面倒な女だと思った。



 日が落ちるのを待ち、二人は行動を始める。

 今夜もアレンはPK狩りだ。善良な転移者プレイヤーを脅かす者らを利用し、糧とする。

 ミカンはそれについてくる形。アレンとしては、せっかく助けた彼女を危機に晒すような真似はしたくなかったのだが、その危機に直面して乗り越えられるようになるのが彼女の願いなのだった。


「いいか、無理はするなよ。それと俺のそばを離れるな」

「は、はい。大丈夫です、わたしはボーナスウェポンが大盾ですから」


 数多の星に見下ろされ、二人は夜の街へと繰り出した。

 あえて暗く人気ひとけのない道を選び、自ら袋小路に足を踏み入れる。罠を張る狩人の、まさにその罠の中へ飛び込んでいくのだ。


「暗いです......アレンさん、よくそんなに早足に進めますね」

「ユーティリティでミニマップを出して、視界の端に固定してる。これなら壁の位置はまず間違えないから、足元なんかに注意を割くだけでいい。まあ建物内まではわかんないし、過信もできないけど」

「か、簡単に言いますね。マップを見るのと進むのと足元に注意するの、全部いっぺんにやってるんですか......?」

「慣れたもんだよ。それとも、ペースを落とすか?」

「い、いえっ。わたしは後ろからついて行ってるだけですから......大丈夫です。それにアレンさんの方がちっこいですし」

「ちっこい? あ? 今身長バカにした?」

「ほ、ほほ歩幅の話です! 歩幅の!」

「なぁんだ歩幅かぁ......」


 うまく誤魔化すことに成功し、ミカンはバレないようにほっと安堵の息を吐く。アレンはキュートな見た目になってしまったことを内心で結構気にしていた。

 先導する金髪碧眼の子どもは人形のように端正で四肢も細く、後につく長い前髪の少女はある種対照的に実った体で、自信なさげな猫背でそそくさと細道を歩く。たまになにもない場所でつまずいてこけそうになっている。

 はたから見れば、不思議な取り合わせではあった。

 明らかに年下の少女が、大きな方を案内しているようでもある。姉妹と言うには髪や目の色が違いすぎるが、それもこの暗さでは視認しづらいうえ、そもそもキメラではその辺りはアテにならない。

 ただとにかく、どうやら獲物としてのお眼鏡には適ったらしかった。

 突き当たりが見えたころ、それを待っていたかのように、背後の横道から人影が現れ出す。


「わっ……ア、アレンさん、後ろです。ふ、ふたりもいます! どうしましょうっ。......アレンさん?」

「かかった......」


 我知らず、アレンの口角がほのかに吊り上がる。

 狩りの時間だ。それも、罠を踏み抜き狩人をこそ狩る、命を賭した闘争。


「て——手を上げろ! 抵抗はするなよ。SPさえ差し出せば、命までは取らない」


 振り向いたアレンのあおい目に映ったのは、ナイフを手にした青年だった。

 その刃物の飾りけのなさ、素朴さから、ボーナスウェポンのたぐいではないと直感する。アレンやミカンの衣服なんかと同じ、耐久値を持つ店売りのものだ。

 そして青年の後ろには、庇うようにされた、けれどアレンたちを必死な敵意で見つめる少女の姿もあった。


(……この男。わざわざ店売りの武器を使うってことは、ボーナスウェポンがハズレだったか、それとも紛失したか。あるいは——手の内を隠しているか)


 極めて冷静に、アレンは状況を分析する。

 三つ目の可能性は限りなく低かったが、刃物を向けられている以上はアレンも警戒を欠くことはできない。なにせ、今はアレンもミカンを守らなければならない立場だ。


「来い。『キングスレイヤー』」

「……!? じゅ、銃……!? お、おい! 下手な真似はよせ、黙ってSPを——」

「マツにい、危ないっ!!」

「——うぐっ!?」


 アレンは迷わずインベントリから黄金のリボルバー銃を取り出し、発砲した。

 肩に着弾。狙い通り、青年は突然の痛みにナイフを取り落とした。


「こ……こいつ、いきなり撃ちやがった。くそ」

「大丈夫!? マツにい!」

「騒ぐな若葉。くそいてえけど、キメラじゃ傷は生まれない。それより、やるぞ」

「うん……! よくもマツにいを! 『ホーリーグラディウス』!」


 若葉と呼ばれたショートの髪の少女が、不釣り合いな西洋剣をその手に呼び出す。

 その剣の刀身は暗闇の中でもそうとわかるほどに純白で、ともすれば輝いているようでさえあった。


「白い剣……派手だな。ボーナスウェポンか」

「マツにいを傷つけるやつは、許さないんだから」

「やめておけ。ボーナスウェポンを向けられたら、相手が幼かろうが手加減はできないぞ。なにしろ銃だ、引き金をどう絞ろうが弾の威力は変わらない」

「なによ……子ども扱いして! あんたの方がちっこいじゃないの!!」

「——!?」


 想定外の切り返しにアレンは虚をつかれ、言葉を失う。

 年下の子ども相手に普通に舌戦で押し切られつつあった。


「俺の方が……ちっこい」

「こ、殺してやる……殺してやる! あんたらふたりとも、SP持ってるんでしょ!?」

「よせ、若葉。お前は手を汚すな、おれが……」

「やだ! おにいちゃんにばっかり、苦労なんてさせたくない……! 殺してやるんだ! こんなの——ただのゲームなんだから!」

「ひ、ひぃ……っ」


 向けられる白刃にミカンが後ずさる。

 本当にただのゲームなら、命を死の恐怖に晒されることなどない。同様に、命を手に掛ける嫌悪感にも。

 おそらくは困窮し、やむにやまれずPKに身を落としたのだろう。アレンは油断なく銃口を向けたままではあったが、心の内で同情した。


(だが、こんなことはもう終わりだ……)


 キメラの中でも餓死はする。衣食住は必要で、そのためにはSPが要る。

 しかし——忘れてはならないのが、SPは貨幣としても用いられるが、それだけではない。

 その謎めいたポイントは、ボーナスウェポンと並んで転移者プレイヤーへと与えられた、もうひとつの力の行使においても消費される。


「もう誰にも、マツにいを傷つけさせない……! 『物体支配オブジェクトコントロール』!!」


——すなわち、ユニークスキル。

 瞬間、ぼろりと崩れて剥がれ落ちる路地の壁面を目にしながら、アレンは己の軽率さを呪った。

 困窮してPKに身を落とそうが、ユニークスキルを行使する程度のSPは残していてもおかしくない。こんなことはこれまでにも何度かあったことだ。

 だというのに、警戒を欠いていた。あの目立つ西洋剣はアレンのキングスレイヤーと違い、子どもが十全に操るには少々大きすぎる。だから距離さえ置いていれば安全だ……そう侮っていた。


「クソ! なんだこのスキルは……!?」


 自身の判断を後悔しつつ、アレンはさして狙いもつけず発砲する。とにかくスキルを妨害しなければ。

 路地に銃声が轟き、そして間をおかず硬い着弾音。人体を貫くことはなく、瓦礫の集合体によって阻まれた。

 瓦礫はさっきまで壁として左右にそびえていたレンガや石の建材だ。それが目に見えない力によって剥ぎ取られ、いくつもの塊として集合、ないし成形されて、若葉を守る盾として宙に浮いていた。

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