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第十話 『鷹の眼』

「念力……? こんな超能力じみたユニークスキルもあるのかよっ」

「いきなさいっ、発射!」

「ア、アレンさん、わたしの後ろにっ」

「だが……」


 引き剥がされた建材の質量による盾は、そのまま質量による矛としても転用できる。

 宙に浮くいくつもの塊が、一様にアレンたちに向かって弾丸のごとく射出された。それも放物線を描く、多角度からの猛襲だ。

 盾一枚ですべてをしのぎ切るのは難しい。

 得意の状況把握でそれを理解していながらも、ほかに打つ手があるわけでもなく、アレンは銀の大盾を構えたミカンの後ろへ滑り込む。ついでとばかりに発砲。狙いは瓦礫の塊のひとつで、三度立て続けに同じ位置に着弾させることで集合を解き、ばらばらにしてみせた。


「焼け石に水か……! ミカン、回復アイテムのポーションは準備してあるか? ないなら俺のを渡す!」 


 しかしおよそ七つ、残った瓦礫の塊が向かってくるのをミカンの背中越しに捉え、アレンは歯噛みする。


「だ、大丈夫です。防ぎきってみせます……! 『イージスプロトコル』——展開っ!」


 声とともに、ミカンが盾のふちを地面に打ち付ける。すると、ミカンたちを覆うように、前方に半球形の青みがかったシールドが展開された。

 ミカンのユニークスキルだ。SPを引き換えに、一定の耐久値を有する半透明の防壁を出現させる。

 広範囲の防壁は無事、あらゆる角度から飛来する塊を防ぎきった。


「や、やりました……!」

「おおっ、やるなミカン! じゃ、耳塞ぐぞ」

「え?」


 脅威が過ぎれば、後は制圧に移るのみ。

 盾を構えたミカンの肩越しにアレンは顔を出すと、左手でミカンの耳を抑えてやりながら、右手で慎重に狙いを定めて引き金を絞る。


「わっ!?」


 耳元で銃声が鳴り、ミカンはびくりと体を震わせる。鼓膜を守るため、アレンは片手でなるべく音を軽減させたのだった。


「きゃあっ!?」

「若葉!!」


 弾丸は少女のすぐそばを通り、路地の壁を穿つ。もっともその弾痕も弾丸も、加えて言えば若葉がそのユニークスキルでえぐり取った壁面の損壊も、時間が経過すれば何事もなかったかのように消えてしまうだろうが。

 少女がひるんでいる隙に、アレンはミカンのそばから飛び出ると、矢のように駆け肉薄する。

 しかし、弾丸が直撃したわけではない。若葉はすぐに剣を構え直してアレンを迎撃しようとし、さらに妹を傷つけさせまいと、マツにいと呼ばれた青年もナイフを持ち直して向かってきている。

 その両者の動向を——アレンの『鷹の眼』は完全に掌握していた。


(子どもまで三メートル、青年はその一メートル後ろ。両者右利き、俺が右から近づけば角度的にナイフは振るいづらくなる。まさか妹ごと斬るわけもない。少女の腰は引けている、武器こそおっかないが危険度は低い。道幅からできる動きは限られているが、壁面がユニークスキルでえぐられた影響でミニマップの表記よりはわずかに幅が広く取られている部分もあり暗がりで見落とすことや衝撃で崩れる可能性を考慮すると壁を使う動きは得策ではなく——)


 精査された情報から適切な動きを導き出す。そのプロセスはあまりに高速で、思考はろくに言語化されてさえいない。ただ情報を得てそれを処理し結論を出して実行に移す。

 そして今のアレンの小躯しょうくは皮肉にも敏捷性に優れ、機先を制しイニシアチブを取るのに長けていた。


「こ……来ないで!」

「させるか!」


 若葉に近づき銃を向ける——ふりをして、それを止めようと腕を伸ばす青年の方へと向き直る。


「——!?」


 妹を守ろうとするあまり自分の身を気にかけられなかった、家族愛が彼の敗因だ。

 素早く背後に回り込む。青年もアレンが標的を変えたことを察知し、とっさにナイフを振るうと、アレンの腕に刃が食い込んだ。

 だが、そもそもの話、ただの店売りのナイフなどこのキメラではさして意味もない。

 殺傷力は低い。

 心臓に深々と突き刺したところで、一切の外傷は発生しないのだ。

 もちろん痛みによるショック死というのは十分ありえるだろうが、HPへのダメージという面では、素材や形などではなくアイテムごとに定められた数値のみが意味を持つ。


「俺の勝ちだ。武器を捨てろ」


 腕を伝う痛苦くらいであれば、一切を封殺できる。

 目減りするHPバーを視界の端で捉えつつ、アレンは後ろから青年の首に手を回し、引き寄せた上でこめかみにキングスレイヤーの銃口を突きつけた。ただ立っているだけでは身長的に届きづらいので、青年を反り身にさせた形だ。


「う……く、くそ」

「そっちの子ども、お前もだ。インベントリにしまえってことじゃないぞ、地面に置け」

「わ、若葉……おれのことはいい、そのホーリーグラディウスで……」

「早く捨てろ。大好きなお兄ちゃんの頭部をぶっ飛ばされたくなければな」

「アレンさん、その言い方めっちゃ悪役ぽいですっ」


 言葉尻にさっき言い負けた恨みがこもっていた。


「待ってっ。わかった……わかったから、マツにいにひどいことしないで!」


 かくして、アレンたちを襲ってきた二人組の兄妹は、無力化された。

 戦意を喪失したと見て、アレンも腕をほどいて銃を離す。

 しばらくして落ち着いたところで、話を聞くことにした。

 聞けば、やはり二人も好き好んでこのような凶行に及んだわけではなかった。


「おれは田宮松葉。こっちは妹の若葉だ。……謝って済むようなことじゃないが、申し訳ない」


 アレンが話すよう促すと、まず青年は深々と頭を下げた。遅れて、隣の少女もぺこりと頭を垂れる。

 それぞれ、頭上には『Matsu』『Harvest』と浮かんでいた。


「……ここじゃIDで呼び合うのがルールだ。マツにハーベスト、お前らは自分から好んでPKをやってる連中とは違うようだ。なにがあった?」

「わ、わたしが悪いの。わたしが、マツにいをゼタスケール・オンラインに誘ったせいで……ほんとはいつもゲームなんてやらないのに、MMO好きのわたしに合わせて……」

「きっかけはもう関係ないことだ。おれたちはもともと、兄妹ふたりで力を合わせて狩りをして、なんとかやってきてたんだが——」

「ギルドには所属しなかったのか?」

「——それは。まあ、そうだ……」


 マツはどこか言葉を濁すようにして、視線をそらした。

 アレンが怪訝に思っていると、妹の田宮若葉——ハーベストが、泣き出しそうな声で言う。


「それもわたしのせいなの。最初は、どこか大きなところに入れてもらおうとしたんだけど……わたしが小さいから、子どもを入れる余裕はないって、断られちゃって」


——俺も似たようなものだ。

 アレンは口には出さず、そう思ってうなずいた。

 突然こんな世界に放り込まれ、転移者プレイヤーたちに余裕がないのは当然と言える。ギルドメンバーに三十人の定員もある以上、子どもだからと加入を拒否したとて、彼らを責めるのは酷というものだろう。


「ああ、今にして思えば、おれは失敗ばかりだ。あの時意固地にならず、もっと小さなギルドにでも頼み込んで入れてもらえばよかったんだ」

「そ、そんなこと言わないでよマツにい! 決めたじゃん、誰にも頼らず兄妹ふたりでやっていこうって! それに、うまくいってたじゃん——あいつらに襲われるまでは!」

「あいつら?」

「……。<アーミン>」

「——え?」


 苦々しいことを思い返すかのように、重苦しい口調でマツはその名を告げる。


「そんな名前だって知ったのは、後のことだ。三日前……おれたちはPKギルドに襲われた。幸い命までは取られなかったが、そこでSPをすべて奪われ、頼る相手もいないおれたちは……」

「ま、待って……ください。アーミンって……」

「知っているのか? きみは。あの三人組のことを」

「さん、にん」


 ミカンは顔色を変えて、信じられないと服の裾をぎゅっとにぎる。

 その反応を見て、アレンは今さらにそのギルドの名のことを思い出した。

<アーミン>——そう、ミカンが所属していたというギルドだ。モンスターを怖がってしまうせいでタンク役をこなせず、追放の憂き目に遭った。


(人数も確か、ミカンを入れて四人って話だった……一致するな。だが、ミカンがいた時点ではPKギルドなんかじゃなかったはずだ)


 当惑するミカンだったが、それに気づかずマツは話を進める。


「アイテムも無事だったのは、手間を嫌ったのか、慈悲だったのか、それとも単にそこまで気が回らなかったのか。ともかく、SPを失ったおれたちに残された選択肢は多くなかった」

「——。もしかして、マツ。お前がボーナスウェポンを出さなかったのは」

「ああ。売ったんだ」


 ハーベストが、涙をこらえるためかぎゅっと目を閉じた。

 ボーナスウェポンを手放すなど、臓器を売り飛ばすのと大差がない。ボーナスウェポンとユニークスキルはともに、この世界で生きていくには欠かせないすべだ。

 そしてユニークスキルは使用にSPを消費する。消費量は様々だが、普通は30から50程度だ。

 そのことを思うと、SPを消費せず扱えるボーナスウェポンは、まさに多くの転移者プレイヤーにとって生命線と言える。


「NPCがやってる普通のショップじゃ売れないが、運よく……いや、運がよければボーナスウェポンを売る羽目にはならないか。とにかく、アイテム屋をやってるカズラって女に街で出会って、無理を言って買い取ってもらった」

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