死にかかっている若者がいる。
「悲しい」と私は思う。
この若者は元気だったころ、とてもきれいな絵を描いていた。
遠近法的というよりはむしろ平面的であるけれども、色彩豊かで目に焼きつく、みんなの印象に残る絵を得意としていた。
23作目を発表した後、ガンがわかった。末期だった。
闘病生活は大変だった。美しかった容貌は醜く変わってしまった。
25作目を描いているとき、ベッドから起き上がれなくなった。
私はこの若者の人生がいいものだったと思いたい。
しかし、そうなってしまうと、誰の人生もいいものになってしまって、私の人生の肯定にもなってしまう。
24作目の「祈り」という絵を、私はきれいだと思う。世間もかなり注目している。
これはもしガンにかかっていなかったら描けなかったものだろう。
しかしこの絵はとても悲しい絵だ。
というのも、そこに描かれた顔は昔のこの若者にそっくりだからだ。
要するに、現在の肯定では決してなかったから。若者は生きたかったに違いない。
私は絶望した気分で病室を後にする。
とはいえ、作品の権利をすべてもらえる契約書にサインをもらったから、懐は暖かい。