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第4話 うまいようにはいかないものだ

Aスタジオで舞台【赤ずきん】のオーディションが行われていた。


本格的な大きなセットの中におばあちゃんの部屋とされるインテリア、大きなふわふわのベッドが置かれていた。


赤ずきん役の動物でもない人間でもない妖精のマージェが別件で行われたオーディションで選ばれたらしい。


この狼役オーディションで、赤ずきん役として演じてくれるようだ。


マネージャーとされる羊の男性にうちわで仰がれていた。横にはコーヒーのカップがある。優雅が雰囲気を醸し出していた。


お姫様のような対応なのか。

ちょっと鼻につく。


アシェルはこのオーディションの段取りが書かれたプリントを読んで、指定の席に座った。



「このたびはお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。早速、舞台【赤ずきん】の狼役 オーディションを開催します。進行させていただくのは 私、ワイマットが担当いたします。よろしくお願いします」


  ADのような立ち姿のネズミのワイマットは軽くお辞儀した。


 「また、今回の審査員でありますプロデューサーのジェマンドさんです」


 ジェマンドは名前を呼ばれて耳をキュッと動かした。

 席から立ち上がった。


「審査員のジェマンドです。今回、応募が5人も集まっており、大変こちらとしても嬉しいです。募集をかけてもなかなか嫌われ役の狼は不人気ですので……最後までよろしくお願いします」


「では、応募者の方々の自己紹介をお願いします。えー、それでは、左から……はい、ロックさんからお願いします」


 ワイマットは、左から順番にということで狼のロックという青年から指名した。


「はい! ロックと申します。年齢は25歳。ローランド地方から来ました。映画、ドラマ、舞台には出演経験あります。これまでの経験を活かして、赤ずきんの狼役を挑みたいと思います」


 ロックは、額の部分が少し青くなっていて周りの色は白かった。両耳が少し大きめで顔立ちもはっきりしている。テレビや映画の出演経験もあり、メディアの露出も多い。

 大手事務所に所属している。人当たりも良く、評判は上々だった。


 審査員のジェマンドは、手首につけていたハイテクなウォッチのボタンを押して、ロックのエントリーシートを液晶画面にうつし空中に表示させた。


 アシェルが持っているものの古い型だった。マイクロチップになる前の機械だ。


「はい。ご紹介ありがとうございます。前もっていただいていましたエントリーシートを拝見しました。かなり実績のあるんですね。経験も豊富ということで。本日、渡しましたアンケートにも【赤ずきん】の狼役ということで希望ですね」


「はい。もちろんです。応募していたものにぜひとも出演したいという気持ちをこめて○をつけました」


 ジェマンドは納得したように頷いていた。


「うんうん。わかりました。では、早速模擬試験ということで赤ずきん役のマージェさんと一緒に出演していただきませんか? ワイマットさん、台本、ありますか?」


「はい、すぐ準備できます」


「そしたら、すぐ始めましょう」


ロックは、台本を渡されるとすぐに狼役を自分の中に憑依させてブツブツと呪文を唱えるようにセリフを覚えた。


「準備はいいですか? 見せ場のおばあさんの姿になった狼のところを赤ずきんと演じていただきます」


 ワイマットをカメラにカチンコを向けて準備をした。


「アクション!!」


 という声かけとともにカチンコを鳴らした。狼役のロックはベッドの上に寝ていておばあさんの着ていたパジャマを着ていた。赤ずきんはその横まで近寄っていく。


「あら。おばあさん、なんて大きな耳ね」


「それはね。遠くからでもお前の声が聞こえるようにだよ」


「あらら。耳もだけど、なんてギョロギョロした目だね」


「それはね、お前の顔が見えるようにこんな目をしてるんだよ」


「あーら、耳も目も変だけど、大きなお口になってるわ」


「それはね……」


ロックは体を大きく見せた。


「お前を大きな口で丸飲みするためだ」


「がぁおおおおお」


 ロックは腹の底から悪魔が出たような恐ろしい声で叫んだ。


「カット!!」


ワイマットはカチンコを叩いた。


「お疲れ様でした」


「ありがとうございました。とても、力の入った演技で狼らしさが出ていたと思います。さすがは経験者ですね」


「お褒めの言葉、光栄です」


 深々とお辞儀した。


「では、次の方どうぞ」


ワイマットの指示で順番に同じように軽く面接をした後、模擬試験を受けるという流れができていた。


 2人目はスマッシュという狼だった。全体的に白の毛で薄茶色のそばかすが目立ち、耳が大きめのちょっと恥ずかしがり屋の性格だった。

 小さい声で自己紹介していたが、本番の演技でハキハキしていた。


 3人目はアレックスという狼だった。全体的に毛色が薄青色で丸メガネをつけて知的、おしゃれにパーマをあてる気の強い性格だった。

 自己紹介も圧のある大きな声で話していた。 

 演技はどこかぶっきらぼうになっていた。 


 4人目はウルという狼だった。毛色は黒でもさもさの髪をしている人間でいうところのオタク気質、自信がなさげでモジモジしている。自己紹介も演技も全てに自信がなく、やる気があるのかないのかのような態度だった。


 5人目はアシェル。

 この物語の主人公。鼻は高めで、耳小さめ。声が通る声だが相手と話すとおどおどしてしまうのがいつも落とされる原因。コミュニケーションも好きではない。自己紹介はイントネーションが バラバラだったが

 どうにかこなせた。肝心の演技は本気でやってるはずなのに気持ちが伝わらずこちらも緊張のあまりイントネーションを崩してしまう。


「カット!! お疲れ様でした」


「アシェルさんでしたっけ。声はとても良い声で聴き心地はいいんですけど演技になると緊張なんですかね。イントネーションがガタガタで……」


「あ、すいません。練習ではうまくいくんですけど、本番になるとどうしても……」


「この世界は本番が命だからね」


「あー……ですよね」


 なんとも言えない表情をするアシェル。



「それでは、このオーディションの結果は1週間後、選ばれた方にお電話を差し上げます。電話がなかった方はごめんなさい。またの応募をお待ちしております。よろしくお願いします。本日はお忙しい中、ありがとうございました」


 ワイマットはお開きということで応募者に出口を案内した。


 トボトボと歩いているとプロデューサーのジェマンドは、

 ロックを追いかけ、何かを話している。


 明らかに悪い話ではなさそうで、ロックの表情が明るくなるのがわかる。


 1週間後なんて勿体ぶってないですぐに結果は出てるんじゃないのかとアシェルは、舌打ちをした。


 近くを歩く、スマッシュとアレックスは話しているのが聞こえた。


「なぁ、聞いた? アンケートに答えたのに俺が出演できるって。どうにか首がつながったよ。安心したわ」


「マジか。俺もさっき、言われたよ。俺は【おおかみと7匹のこやぎ】の出演が決まったよ。スマッシュは何にしたの?」


「俺は、【3匹のこぶた】だってさ。てか【赤ずきん】って募集してたけど、どこかに出演できるならどこでもいいよなぁ。」


「確かに。配役があるだけ救いだわ」


 そう言いながら、2人は出口に向かっていた。それを聞いたアシェルは、人見知りが激しいウルに話しかけた。


「なぁ」


「え、あ、あ、どうしました?」


「何に出演決まったんだ?」


「わ、私ですか……えっと、さっき言われたのは【オオカミ少年】です。私、あまり話せないので、いや、全く話せないのでとりあえず羊追いかける役だと聞いて良かったって思ってます」


 両手をモジモジといじりながら答えるウル。アシェルは納得できなかった。結局は誰がやるか始めから決まっていたようだ。


 募集していた赤ずきんはロックがやることになった。

 目に見えてわかった。自分はなんのためにこれに応募したんだろう。


 アシェルは答えがわかる返事をただ黙って待っているのは苦痛だと感じた。


 すぐに答えを聞こうとロックと談笑しているプロデューサーのジェマンドに近寄った。



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